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第10話

 コーネルの誕生日から数週間が過ぎ、契約の期日が目前に迫っていたころ。

 国内の様々な都市や街では、ジャガー男爵領で生まれた“ある物”が噂になっていた。

「おい、聞いたか? ついにアレがこの街にも入荷したってよ!」

「らしいな! 運よく仕入れた商店には、すでに長蛇の列ができているらしいぜ」

「マジかよっ!? くぅ~、俺も食べてみたいぜっ!」

 ボリューム感良し、味よし。そして男爵領でしか栽培されていないという希少性。さらには領内で商人を志望する若者が現れたことを起爆剤として、販売ルートが続々と開拓されるようになった。

 おかげで男爵領の芋は『ジャガー男爵芋』として瞬く間に知れ渡っていったのである。その評判はとどまる所を知らず、いつしか噂は王都まで届くことに。

「もうご存知ですかな? 例の男爵領産ジャガイモの美味さを」

「あぁ、美食にうるさいウチの妻も大絶賛していたよ!」

「それだけじゃない。他にも健康に良いとか美容に効くなんて、いろいろと話題になっているらしいですぞ?」

 そんな噂を聞きつけ、ついには貴族や富裕層までもがこぞって入荷を心待ちにするようになった。

 国内が騒めく一方で、話題の中心である男爵領ではちょっとした変化が起きていた。


 気持ちの良い青空の下。男爵家は一家総出で畑仕事に精をだしていた。

「いやぁ、自然と触れ合うのがこんなにも気持ちがいいとは!」

 ジャガー家の長男、エディはその整った顔立ちを土で汚しつつも、すっきりとした笑顔を見せた。麦わら帽子を被り、コーネル謹製の刃がついたクワで畑仕事に精を出す姿はすっかり堂に入っている。

 あれほど青白かった肌も今では程良く日焼けしており、肉付きもいくらか改善されたのか、以前のような不健康さはどこにも感じられない。

「でも本当に不思議だよな。あのジャガイモを食べて以来、どんどん力が漲っている気がする……」

 父親のグレンが、畑のジャガイモたちを見渡しながら感慨深げに言った。……といっても、ジャガー男爵芋は苗というより“樹”なので、植林場と言った方が正しいかもしれない。

 ちなみに魔物化してしまう問題はすでに対策済みである。コーネルは魔物化するまでの過程を研究し、変化が開始するまでの時間を正確に把握した。そして魔物になる前に収穫してしまえば良い、というなんとも単純な結論に行き着いた。

 もちろんイレギュラーが起きてもいいように、ジャガイモを育成する畑は一部の区画と限定し、必ず戦える者が監視するというルールを設けた。

 そうした安全第一を徹底したおかげもあって、あれから一度も魔物化は起きていない。というより、男爵領以外では魔物化の兆候すら観測できなかった。

「ここまで順調にいったのは、密売しようとした悪人さんたちのおかげだね……」

 畑の片隅で種芋を埋める作業をしていたコーネルは、二人に聞こえないよう小声で呟いた。

 ジャガー男爵芋に商機を見出した目敏い者たちが、こっそり種芋を持ち出して領外での育成を試みたのだ。しかしどれもが失敗。まともに育てることすら叶わなかった。このすべてを拒絶する大地だからこそ、この不思議なジャガイモは育つらしい。

 そういう経緯もあって、ジャガー男爵芋の希少性と売れ行きが爆上がりしたのだから、コーネルは密売者たちに感謝こそあれど怒りはしていなかった。

「父上、あらためて謝らせてください」

「おいおい。どうしたんだ、急に」

 エディは土で汚れた手を払うと、グレンの前に立った。そして勢いよく頭を下げた。

「いえ、僕もようやく父の偉大さに気づいたというか……今更感はありますが」

 エディにはずっと後悔していることがあった。それは幼少期から父親に反抗的だったことだ。自分が不遇なのは親や環境のせいだと思い込み、父の言うことを聞かず現実から逃げ続けた。

 貴族として領民の見本となるべく努力する彼を尊敬するべきだったのに、その逆を行ってしまった。

 だが今は違う。この男爵領での生活を通して、エディは父親の努力と苦労を知った。どれほど自分の愚かで甘ったれた子供だったかを、よくよく理解したのだ。そして同時に、父グレンという人間の素晴らしさにも気づいたのである。

「父上、今まで本当にすみませんでした!」

 エディは再び頭を下げた。するとグレンは息子の頭に手を置きながら微笑んだ。

「まったくお前は……謝る必要なんかねぇよ。子供が親に反抗するのは当たり前なんだからな」

「父上……」

「それにな、俺もお前と同じだった。いや、もっと酷かったかもな。だからお前が俺に反発する気持ちは分かるんだ」

 グレンはエディを畑の端まで連れていき、そこで腰を下ろした。そしてジャガイモの葉を撫でながら語り始めた。

「実はな……俺は農民が嫌いだったんだ」

「えっ!?」

 まさか父親からそんな告白を受けるとは思わず、エディは驚きの声を上げた。グレンはいつも率先してクワを持ち、領民たちと共に農業を復活させようと悪戦苦闘していたのだ。そんな姿はエディの目にも好ましく映っていた。

「だってそうだろう? 貴族は領民から税を取って贅沢な生活を送っているのに、農民は毎日汗水流して働き、その見返りはほんの少しだ」

「それは……たしかに」

「農民生まれだった俺はずっと不公平だと思っていたんだ。だから成人になったとき、俺は実家を飛び出した」

 グレンが冒険者を始めたのもそれがきっかけだった。だがなんの因果か、こうして彼は貴族としてこの地に帰ってきた。

「もともと俺はこの世界樹の麓にあった村に住んでいてな。当時は枯れゆく土地なんてさっさと捨てちまえって馬鹿にしていたんだが……やっぱり故郷ってのは捨てられないもんなんだな」

「父上……」

 グレンは自嘲気味に笑った。だがエディには分かる気がした。きっと彼は死ぬまでここの民として生きていく覚悟をしたのだと。たとえどれだけ冷遇されようとも、領民のために力を尽くすと決めたのだと。

 そんな父の想いを知った今だからこそ、エディは強く思うのだ。父グレンという人間の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいと。そしてこの男爵領のジャガイモを世に広めていきたいと。

「僕はもう逃げません。たとえ避けられぬ壁があったとして、それこそコーネルのように穴を掘ってでも越えていきます」

「ははっ、それでこそ俺の息子だ。……がんばれよ」

「はい。いずれは僕も――」

 エディは父のようになりたいと言いかけて、飲み込んだ。あえて言葉にする必要もないと気付いたのだ。あとは自分の行動で示せばいい、目の前にいる男はそうしてきたのだから。

 感慨にふけっていると、いつのまにか傍に来ていた弟が、満面の笑みでエディを見上げていた。

「ボク、こうしてお兄ちゃんと一緒に過ごせて嬉しい!」

「コーネル……」

「みんながお腹いっぱいになれるように、畑仕事がんばろうね!」

「はい! 任せてください」

 最初はコーネルに嫉妬しかけていたエディも、今ではその弟を心から大切に思っている。たまにちょっと変わった言動をするけれど、それに目を瞑れば素直で天使のように可愛い。

 そしてそれは父グレンも同じ。二人は末っ子の頭をわしゃわしゃと何度も撫で回すのであった。


 ◆


 長く続いた男爵家の親子喧嘩に、ひとまずの決着がついたころ。隣領にあるモージャー侯爵邸では不穏な空気が漂っていた。

「こっ、こんなことがあってたまるか……っ!」

 ダンッ、という机を叩く音が執務室に響いた。

 ここは屋敷の主であるマニーノ=モージャー侯爵の趣味嗜好を凝らしに凝らした、いわば彼の城だ。派手好きな彼のために国内外から取り寄せた煌びやかな調度品が、部屋のいたるところに所狭しと置かれている。

 普段ならドワーフに特注させたマッサージ機能付きの椅子に座り、執務机に並べられた隣国の機械細工をニヤニヤと眺めている時間なのだが――今日の侯爵はすこぶる機嫌が悪い。その原因は、執務室に届けられた二つの木箱にあった。

「閣下の手厚いご支援により、男爵領で立派なジャガイモが育ちました――だと!? いったいなにが起きたっていうんだ!」

 侯爵は怒りに任せて、机の上にあった木箱を腕で薙ぎ払う。勢いよく吹っ飛んだ木箱から無数のジャガイモが飛び出し、ガラガラと床に転がっていく。木箱の中には手紙も同封されており、そこには丁寧な字でお礼が綴られていた。

 ――おかげさまでジャガイモの売れ行きも好調で、僅か一か月でお借りしていた額の金貨を返済することができました。“特別な種芋と道具”というお心遣いを頂き、感謝の極みでございます。

 僭越ながら男爵領で栽培されたジャガイモを同梱いたします。たいへん美味なる一品にございますので、閣下も是非ご賞味くださいませ。グレン=ジャガー男爵より。

「くそっ! 俺があんな手を使ったのも、男爵家を潰すためにやったんだぞ……それなのに」

 すべてはマニーノ侯爵とハラブリンが共謀した計画だった。

 もちろん発覚すれば大問題になる。だが隣領のジャガー男爵家はすでに潰れかけていた貧乏貴族だ。たとえ手を下さなくてもいずれは没落していただろう。だから多少強引な方法で“掃除”をしても罰は当たらないと高をくくっていたのだ。

 だがその計画もすべて水泡に帰した。男爵領産のジャガイモがとんでもない高値で取引され始め、一部の貴族の間でも噂になりつつあるという。そして知らぬ間に隣領の領民たちの暮らしは一変し、豊かさが戻っているらしい――そんな報告まで上がっている始末だ。

「くっ、悪運だけは強いということか。……おい、ハラブリン」

「えぇ。次はもっと確実な手でまいりましょう」

「現実はそんなに甘くないってことを思い知らせてやる。次こそは……ククク」

 モージャー侯爵は机の上に残っていたジャガイモのひとつを片手で握りつぶすと、あくどい笑みを浮かべるのであった。


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