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第8話

「あ……」

 それは盲点だった。というか、どうしてそんな当たり前のことを思い付かなかったんだろう。たぶんあれだ、この世界で初めて植物を育てられたことが嬉しすぎて、ジョブやスキルのことなんてすっかり頭から抜け落ちていたんだと思う。

「でもなにを作ればいいのかな?」

「そうねぇ。材料は土だから……」

 パッと思い浮かぶのは、陶芸作品だ。固くなれと願えば焼く工程は省略できると思う。食器や花瓶を作ってみてもいいけれど、あんまり興味がそそられないというか……。とりあえず先ほどお試しで作った土偶を見せると、三人とも微妙な顔になった。

「ま、まぁ五才児だもんな」

「可愛らしい魔物ね! えっ、そうじゃない?」

「コーネルも僕の弟だと分かって安心しました……」

 エディお兄ちゃんから、同情と憐れみが混ざったような生暖かい視線が送られてくる。分かってるよ、ボクの美術センスが壊滅的なのは。

「そうだ。スコップならどうです?」

 スコップ? スコップって、土を掘る道具の?

 お兄ちゃんの提案に首をかしげていると、パパは成る程とポンと手を打った。

「あぁ、アレを見本に作ればいい。シンプルな形だし、真似る練習をするには丁度良いだろう」

 アレというのがなんの話か分からず、完全に置いてけぼりになってしまう。困惑するボクをよそに、パパは家の方へと戻ると、木箱を持って帰ってきた。

「……スコップだね、うん」

 パパが木箱の中から取り出したのは、まぎれもなくスコップだった。前世と同じ形、幼稚園児が砂場で遊ぶときに使うような可愛らしいサイズのものだ。

 なんでこんなものを持っているのだと聞いてみれば、ボク以外の三人は互いに顔を見合わせてから、同時に視線を逸らした。え、なんなのそのリアクション。

 と思っていたら、パパが気まずそうに事情を話してくれた。なんでもこれは、あの商人から購入した魔道具らしい。

「あー、なるほど」

 ……うん、察しちゃった。完全にニセモノだろうね、コレ。道理で変な空気になったわけだよ。そして侯爵たちがボクたち家族を馬鹿にしていた理由にも納得だ。普通に用心深い性格だったら、こんなことにはならなかっただろうに。

 元凶はこの人か……とジト目で見上げると、パパは胸を押さえた。

「うっ、五才児にまで責められるとは……」

「とっ、とにかく! コーネルに試してもらいましょう!」

 エディお兄ちゃんは誤魔化すような口調でそう言うと、ボクにスコップを手渡した。魔導具(?)とはいえ、柄に装飾がある以外は普通のスコップだ。これぐらいならいけるか?

粘土遊び(クレイクラフト)!」

 両手で泥をすくうイメージでスキルを発動させると、小さな手にこんもりとした山ができた。もっと量を増やしてみようかとも思ったんだけれど、身体から力が抜けていくような感覚があったのでストップした。スキル発動にも制限があるのかな?

 これは要検証だなと考えつつ、次は固さの調節。紙粘土ぐらいの柔らかさにしてやれば、程良く成形しやすくなった。

「おぉ、すごいな。そんなこともできるのか」

「パパも触ってみる?」

「いいのか?」

 お団子ぐらいの大きさにちぎって渡してみる。だけど……。

「おおっ、モチモチとしていて気持ちがいいぞ! まるで黒パンの生地みたいだ」

「気に入ってくれたのは嬉しいけれど食べないでよね、パパ」

 楽しそうに粘土で遊ぶパパを横目に、ボクは目の前にあるスコップと同じ形になるよう、グニグニと伸ばしていく。すると次第に手の中にあった泥の山は形を変えていき……スコップへと生まれ変わった!

「おぉ~、やるじゃないかネル!」

「凄いわネルちゃん」

「えぇ、十分に上手ですよ!」

「えへへ……」

 三者三様の反応でボクを褒め称える。ふふん。どうだ見たか! これがボクの粘土遊びスキルの実力だ!

 ……本当は見本よりもかなり不格好な見た目だけど、このクオリティで許されるのが五才児の特権だ。それにしっかり固くしたので、土を掘るという用途はしっかり果たせそう。だから細かいことはいいのだ、うん。

「よーし、じゃあさっそく試してみるか!」

「せっかくなら、この魔道具と一緒に掘ってみましょう」

「お、いいな。父さんにまかせろ」

 ということでパパが代表してやることになった。

 ボクが作ったスコップと、魔道具のスコップを左右の手にそれぞれ握りしめ、これらを同時に地面に突き立てるという実験だ。

 もし魔道具が本物なら、地面に触れた瞬間に弾かれることはないんだけれど……はたしてどうなるか。

 パパは両手のスコップを振り上げると――それを地面に突き刺した!

「……へ?」

「凄いわネルちゃん!」

「あちゃあ……」

 結果と周りのギャラリーの反応は両極端だった。右手にあったコーネル製のスコップは深々と地面に埋まっているのに対し、左手の魔道具は無残にも柄の部分から真っ二つに折れてしまっていた。

 半ば予想通りではあるけれど、残念ながら魔道具の効果は発動しなかった。つまりなんでも掘れるという魔道具は真っ赤な嘘だったわけで……。

「だ、大丈夫?」

 パパがあまりのショックに地面へ倒れたかと思えば、寝そべったままシクシクと泣き始めてしまった。いい年した大人が……と思わなくもないけれど、こればっかりは仕方ないか。

「もう放っておいてくれ……どうせ俺は駄目な父親なんだ……」

「しっかりしてくださいよ父上。魔道具のことで落ち込むよりも、今はコーネルの作ったスコップの性能に注目すべきでしょう?」

「え……?」

「土の形を変えられるのは、スキルが使えるコーネルだけ。ですが工作したものならば、父上でも土が掘れたんですよ?」

 エディお兄ちゃんの言葉に、ボクもハッとした。

 実はスキルを使った畑作りで悩んでいたポイントがあった。それはいくらスキルがあったところで、体力のないこの幼児体型では広大な畑なんて作れないという点だ。だけどボクが直接スキルで掘らなくても良いってことは、その難題が解決できたってわけで。

 しかもパパが掘った土を見てみると、ちゃんと柔らかいまま。ということはボクが農具を作って誰かがそれで耕せば、この土地でも十分に農業ができるってことだよね!?

「おっ……? そ、そういうことか!」

 その説明を聞いた途端、パパはケロッと復活した。そしてボクが作ったスコップをあらためて手に取ると、まじまじと見始めた。

「どうしたの?」

「うーむ、これはやはり」

 しばらくの間うんうん言いながらあれこれと観察していると、その目が急にクワッと開かれる。

「……このスコップには魔力が込められている。なんとも不思議だが、魔道具と同じ効果があるのはそういう理由のようだ」

「えっ!? 本当ですか!?」

 驚いたような声を上げるエディお兄ちゃんに、パパは大きく頷いた。そしてボクを抱き上げると、まるで自分のことのように嬉しそうに笑った。

「凄いじゃないかネル! 魔道具まで生みだしちまうとは、お前は本当に天才だな!」

 いや、それは言い過ぎだと思うんだけど……。だってただ粘土で作っただけだよ?

 でもそんなボクの心の声は届かず、パパは「よーし!」と腕まくりをした。

「お前の作った魔道スコップで耕してみよう」

 パパが向かったのはヒマワリ畑の隣だ。なにもない荒地でクラウチングスタートみたいに身をかがめたと思ったら、右手に持ったスコップで掘りながら走り始めた。

「うおぉおおおお!」

 掘る、といえばそれまでなんだけど、そのスピードが尋常じゃなかった。パパの手元は残像しか見えず、走り去ったあとには土煙が舞い上がっていく。やがて視界が戻ってくると、そこにはふかふかの土が敷き詰められた畑が広がっていた。

 いや、そうはならんやろ……。

 だけどそんな光景を目の当たりにして、ボクたちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「ふぅ、こんなものか」

 しばらくすると、パパは額の汗を拭いながらやり切った顔でこちらに戻ってきた。

「凄いなこれは。本当になんでも掘れるぞ!」

 そうかもしれないけれど、いくらなんでもやりすぎでしょ!?

 ボクが呆れたように見つめる中、ママだけがパパすごーいと手をパチパチさせている。いや、呑気か。エディお兄ちゃんなんて、空を見上げて現実逃避を始めちゃったよ?

「そうだ、この芋もついでに植えてみるか?」

 芋!? 種芋があるの!?

「ちょっ、パパ! どこにあるのっ、見せて! はやく!」

「お、落ち着けネル! 俺のズボンを引っ張るな!」

 おっと、あぶない。新たな植物の種があると聞いて、思わず興奮してしまった。五才児らしからぬ言動は控えねば。

「父上、ですがその芋は……」

「騙されたってことはもう理解したよ。でもネルは普通のヒマワリの種を蒔いたんだろう? ならこれが普通のジャガイモの種芋でも、奇跡が起きるかもしれないじゃないか」

 パパは木箱からひと欠片の種芋をヒョイと摘まみ上げると、ボクにそっと手渡してくれた。植えて良いってこと? そうだよね?

 勝手にそう判断したボクは畑の片隅に穴を掘り、種芋を埋めた。

「さぁて、どうなるかな」

「わくわくするね、パパ!」

 すっかり童心に返ったボクは、パパと一緒に埋めた種芋の前にしゃがみ込んだ。

 するとヒマワリのときと同じく、すぐに変化が現れた。地面が地割れのように小さく裂けたあと、そこから深緑色のゴワゴワした葉っぱが飛び出してくる。

「父上、これはジャガイモの芽なんですか?」

「ん? あぁ、エディは見たことがなかったか」

 お兄ちゃんが不思議がっているのは、普段キッチンでジャガイモを放置していると出てくる、ピンク色の触手みたいな芽をイメージしているからだろう。だけど間違いない、これがジャガイモの芽。種芋として植えると、こうしてちゃんと緑色の芽が出てくるのだ。

「へぇ……あれ、コーネルはあんまり驚かないんだな?」

「え? そ、そんなことないよ?」

 あっ、しまった。ボクは前世で何度も育てていたから、つい見慣れた反応をしちゃった。

「それより見てみんな、どんどんおっきくなっているわ!」

 ママの声で畑の方に目を向けると、ジャガイモの芽がぐんぐん成長していた。

 しかも成長具合がヒマワリの比じゃない。あっという間にボクの身長を追い越してしまった。成長はとどまることを知らず、さらに大きくなって……さすがにちょっと大きすぎない?

「こ、これは凄いな……」

「えぇ……本当に奇跡ですね」

 もうこれはジャガイモの茎というより木の幹だ。五メートル近くまで成長したジャガイモの若木を、パパとエディお兄ちゃんは呆然と見上げている。

 だけどボクは別のことが気になっていた。この植物、風も吹いていないのに枝が勝手に動いてないか? それになんだか地面が小刻みに揺れているような……。

 ボクは口をあんぐりと開けながら、木(?)を見上げた。

 なんだあれ。葉っぱの下に顔のようなものまでついている。コブの部分がまるで目蓋みたいだ。もっと近くで見てみようか――、

「う、うわぁぁぁ!」

 一歩を踏み出した瞬間、コブの部分がグリンと動いた。

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