勇者の剣の視点で見た世界の小話(伝説の始まり
俺は
事故に巻き込まれた
そして
現実の世界から異世界に転生した
俺は
勇者の剣になった
突然ですまないが、どうやら俺は『勇者の剣』になっているようだった
街の中央にある広場の、噴水の前にある台座に上向きに刺さった剣が俺
「勇者の剣」という札を付けられ、今まさに新しい持ち主に選ばれようとしていた
俺の周囲に集まってきているのは、この世界の住人と思しき獣人の人々
犬、猫、ライオン、リザードなど、いろんな獣人が集まり、近づかないように張られたロープの向こうからこちらを珍しそうに眺め、何かの言語でわいわい言っていた
人間の姿がないのが気になったが、勇者に選ばれた奴と世界を周るから人間も見つかることだろう
目のかわりとなる視界の感覚で周囲を感知してみる
周囲の状況からして、どうやら今日はお祭りのようだった
「みなさまお待たせいたしました!今回のメインイベント、勇者になろう選手権の開催です!」
マイクを持った犬顔の男が大声でしゃべりだした
ていうか、一応でも勇者の剣なのにお祭りのイベント扱いなのか俺
「ここにありますは村長の家の地下から見つかってから10年モノの勇者の剣!
今年もまたここに佇む勇者の剣とかけまして、先日ゴミ箱で拾ったエロ本と説きます
そのこころは、どちらも抜けません」
お客からブーイングと笑いが広がり、そしてツッコミの何かが飛んできた
それぞれの種族の価値観の違いが反応の違いとなっているのがわかった
ていうか、一応でも勇者の剣なのに親父ギャグに使われるレベルの扱いなのか俺?
下ネタ騒ぎがひと段落したあと、選手入場が行われた
観客から広がるヤジと歓声
規制線の向こうから屈強な男たちが並んで近づいてきた
一番手は『本日最強の男(自称)』
その顔はライオン、ボディはムッキムキで、格ゲーに出てきたら飛び道具系の何かを撃ちそうなマッチョだ
ライオン顔は雄たけびを上げながら自分の顔に何かの粉をかけると、そのまま勇者の剣の柄に手をかけ台座から引き抜く体勢になる
丸太のように太い腕には血管が浮き上がり準備万端だ
トラみたいな顔した取り巻きと思われる連中が歓声を上げながら「イッキ」「イッキ」とコールする
飲み会かコレ?
「はじめっ!」
「ふぐんんんんんんんんぬぬぬぬんうぬぬぬぬっ!!!ああああああっ!!!」
ライオン顔の男が剣を引き抜こうとするも、勇者の剣は微動だにしない
俺的には何も感じないし持ち上げられた感覚もない
何もなさ過ぎて、指があったら鼻くそほじってるレベル
「そこまで」
犬顔の司会が終了のコールをした
「いやー、ざんねんでしたねぇ、こ・と・し・もw。来年の挑戦を、期待しないでお待ちしております」
言い方!w
元が猫と犬の種族だから喧嘩しているのか?と勘ぐってみたが、下品なネタを披露して責任者に殴られたのか、彼の頭にはいつの間にかたんこぶが作られていた
ただの腹いせか
気持ちはわかる
ただ、彼はもう一回殴られたほうがいいな
次は爬虫類系の種族と思われるマッチョが参戦
光の反射で美しく輝く鱗をまとった
『きらめく上腕二頭筋の貴公子(自称)』が挑戦するも
「ふんぬうううううううううううううううっ!!!グォベロッ」
気合い入れ過ぎて昼飯を吐き出した時点で失格となった
きたねぇな
帰れ!
次は耳がとがったエルフっぽい、誰が見ても無理だなと思う優男
だが意外と、魔力の高さこそが勇者の素質として剣が抜けるようになるかもしれな
「もうだめだ」
優男はタイムアップ前に諦めた
手の皮がむけたんだなきっと、かわいそうにw
「やはり参加することに意義があるよね」
現実世界のオリンピック精神がこんなとこで聞けるとは思わなかったわ
つーか、奴の語りに対して女性(メスケモ?)から響く黄色い歓声になんかムカついた
一瞬でもかわいそうと思って損したわ
異世界でもイケメンはモテるんだな、クッソ
「まったくイケメンはよぉ!クッソ」
俺の心の声を代弁しながらやってきた次の挑戦者は、筋骨隆々の低身長マッチョ
他の世界なら「ドワーフ」と呼ばれるかもしれないが、この世界では何と呼ばれるかはしらん
あと、どうでもいいけど酒くっさ
飲んだ状態で抜くんじゃねぇよ
こっちは伝説の勇者のけ
「ふううううんんんんぬううううううううううううっ!!!」
だーかーらー(怒
だが、いくら力を込めても全く抜けない剣(俺)
焦っても無情にも過ぎ去っていく時間
「グォベロッ」
そして、まき散らされるゲ
またかよ!
さっきのトカゲ男といいコイツといい、この世界のマッチョは吐くのが常識なのか?そうなのか?
それ以前に、吐くほど飲み食いしてから全力出すな馬鹿筋肉!
足があったら逃げたいわ
さて次は
おお!
天を指すツンツン頭、伝説の鎧っぽい装備を身にまとい、数人の旅の仲間を引き連れた人物
犬の顔であることを除けば、見た目がいかにも勇者っぽいのが台座の前に来た
そうか、ついに、ついに俺の無双伝説はここから始まるのか
「転生したら勇者の剣になって無双した件」という物語を作れと神は言っているに違いない
さぁ早く抜いてくれ、お前のその手で!
「ふんぬうううううううううううああああああがががあああああああっ」
勇者風の男は気合いを入れると全力で、台座から俺を引き抜き始めた
膨れ上がる筋肉、血走る目、気合いの入った雄たけび
奴は、格が違う!
そうだ、物語はここから始まるのだ!
全編数万ページにおよぶ俺らの伝説の物語は世界をめぐり、その雄姿はこの異世界で未来永劫語り継がれることにな
「はいそこまで」
「いやー、やっぱムリだったわ」
彼はそういうと「だろうなーw」と苦笑いする仲間たちのいる見物席に向かって、照れくさそうに戻っていった
は?
まてまてまてまて!
あきらめるの早すぎだろ!
つーか、よく見たら勇者っぽい恰好をしただけのコスプレ野郎じゃないか!
筋力ないから必死になってただけか!
腰痛覚悟だろ?やりすぎだろ!何やってんだお前!加減しろ馬鹿!
もういい
次は?次!いってみよう!
「えー、今年も勇者の剣を引き抜ける勇者は登場しなかったので、この剣は次回持ち越しという事で」
微妙にうまい言い方をしやがって、まて、どこへ連れていくつもりだ
司会の終了宣言と同時に、どこかから現れたマッチョ数名が台座ごと俺を持ち上げ移動させた
おーれーはーゆーうーしゃーのーけーんーなーんーだーぞーーーーー
俺は叫び声をあげながら抵抗するも、その声は誰にも届くことなく
どこかの家の地下倉庫に仕舞われることとなった
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その夜、猫のような顔をした一人の老人が、薄暗いランタンをもって俺の前に来た
そして俺をまじまじと眺めながら言った
「うむ、魔王の奴、今年もまだ眠ってるようじゃな」
うん?どういうことだ?
「魔王がいなければ勇者も必要なかろう」
ああ、そういうことか
魔王復活のリトマス試験紙にされているんだな俺
でもそれだと、俺はいつまでこのままで?
「という訳じゃ勇者よ。遠いところからすまんかったな」
老人はそう言うと、持っていた杖で俺を、勇者の剣の柄を軽く小突いた
直後、剣から抜け出す感覚とともに、俺は気を失った
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気が付いた俺は病院のベッドにいた
差し込む日の光
聞こえてくるラジオ体操の音
そして、向けた視線の先にはこちらを見ている看護師の姿
「先生、患者さんの意識が戻りました」
ああそうか、俺は
異世界から戻った俺は思った
毎年ぶっかけられてんのか、あの剣?
ほぼ罰ゲームじゃねぇか(汗
あと、あのライオン顔のマッチョが顔にかけてた粉
たぶんマタタビだろうな(汗