1話「ことはと言葉とお買い物」
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1章は少し長いですが、面白いはずなので、どうぞ楽しんで頂けますと幸いです!
それでは!
夏休みが始まって数日後のこと、私は大型のショッピングモール、通称『ファクトリー』に来ていた。
「待たせてしまったわね」
今日は4人で買い物をする予定なのだ。私と兼継、胡桃とそして──
「え、えーっと……」
私は、いや私達は、困惑していた。
「どちらさまでしょうか?」
急に見覚えのない女性が走って来たかと思えば、開口一番頭を下げてきたのだ。
綺麗な黒の長髪を揺らす、大人っぽい落ち着いた服装の人だ。走ってる時でさえ気品があった。こんな綺麗な人、少なくとも私の知り合いにはいない。
「この姿では初めてね。香織さん、それに兼継も」
その口ぶりは、胡桃の知り合いか。でもなんで兼継は呼び捨てなんだろうって、思ってたら胡桃が「ことは」とだけ呟いた。
「え!? ことはなの!?」
「ええ」
顔も声も全然違う。
そこでようやく思い至った。あれはそう、兼継と再会してアジトに連行されたあの日の事だ。
「ってなわけで改めてだが、新人が入った」
兼継と再会してから私は、また崩れかけのアジトに赴いていた。
新人というのは、私とことはのこと。
私はなんだかんだあって一緒に行動してたとは言え、正式に兼継の仲間だったわけじゃなかったしね。
半分無くなった黒板の前に兼継と三人で並んで、ソファーに座る胡桃と繋、脇に立っている西鶴と向かい合っている。
なんか転校生の気分だ。
「まず一人目、」
兼継から手のひらを向けられた。紹介は私かららしい。
「改めてなんだけど、一色香織、高二です。よろしくね」
「繋と同い年なんだね、香織ちゃん」
「ね! めっちゃ嬉しい! よろしくー」
私も少し嬉しくて、「よろしくー」って繋にだけ返した。
兼継と西鶴は年上だし、胡桃は一つ下。歳が同じなのは繋だけだもんね。
「で、二人目だ」
手のひらが私からことはに移った。
「えーっと……私、誰なんでしょうか?」
「あーまぁ、二楷堂ことはって、この前死んだことになってるしねー。三楷堂でいいんじゃない?」
すごく投げやりなことを言う繋だけど、それならまるで一楷堂がいたみたいだ。
「今後は音楽をメインに活動していくんだよね、なら詩人の詩にことはの葉をとってと詩葉。なんてどうだい?」
「おぉー」
即興なのに、西鶴はセンスがいいな。
「ならウチは、詩人の詩に音で詩音。なんてどうよ?」
悪くはないけどさ、繋。なんでわざわざ対抗してきたの?
「道垣戸……似てる」
えっと、二階堂に? いやでもなぜ苗字だけ?
「辻垣内って苗字もあるよな」
兼継に至っては提案じゃないよね、それ。
で、やっぱりこの流れで視線が集まるのは、私だ。
「……じゃあ、道垣戸詩葉かな」
「よし! 決まりだな」
「うん!」
「だね」
「……よかった」
「え? そんな適当でいいの?」
なんでかみんな頷いてるけど、本人は納得してるのだろうか。なんて私の心配はまったくもって無用なものだった。
「わかりました。二楷堂ことは改め、堂垣戸詩葉で、お願いします」
「私が言うのもだけどさ、ほんとにいいの?」
「はい、いいと思います」
「そ、そう……」
本人がそう言うなら、これ以上私に言うことはないけど。
「じゃあ決まりだ、改めてよろしくな、詩葉」
「よろしくお願いします」
確かネットの情報によると16歳で、学年で言えば胡桃と同じか。
二人ともどことなくファンシーな感じがするし、相性良さそうな気がする。
「顔と声……変える?」
それって書き変えるってことだよね。胡桃からすればそれすらもデータ、書き替えられるんだ。でも想像するとちょっと痛そう。
「うん。お願いします」
「あとで……部屋、来て」
「はい!」
あれから本当に容姿を書き変えたらしい。
二階堂ことはの死を偽装したことで世間は彼女を、もういないものとして捉えている。それでも偽装に気がついて彼女の世界を目的に近づいてくる人がいないと断言はできないだろう。
慎重を期すなら、死を偽装するだけでも顔を書き変えるだけでも足りないといったところかな。
「マジで詩葉なのか?」
テレビで活躍するくらいだから前から容姿は整っていたんだけど、前より大人っぽい顔つきになってる。声も低めで、身長も、なにより胸も成長している。同じ高校生には思えない。なんて羨ましい。
「そんなに違うかしら?」
「ま、まぁな……」
長い髪を耳にかけ直す。それだけの仕草に気品がある。こう言ってはなんだけど、以前の面影は少しもない。
「これからはボーカロイドとかロック系の歌をやっていきたいの。この容姿はその方向性に合ってると思うのだけれど」
本人の医う通り似合っているから、今の詩葉が歌ってる姿を想像してみても、かなりかっこいい。だけどだよ。
「すごくいいとは思う。いいとは思うんだけど……」
一番気になってるのは見た目じゃないんだよ。
「……へん?」
「いや、なんて言うかさ……」
不思議そうな顔。
「性格、変わった?」
以前っていうか昨日までちょっとおどおどしてたのに、今はなんていうか自信に満ち溢れてる。
「ええ。これからは、このキャラでいくつもりよ?」
いや、人の性格ってそう簡単には変わらないでしょ。
「役作りのは慣れているもの」
やばい。声に出てしまっていたらしい。
「……そうだよね」
あの振る舞いってまさか演技だったのかな。っていうか、お芝居できて歌えてギターも弾けて、この容姿でこのスタイル。不公平がすぎる気がする。
痛くないなら、胸だけでも大きくしてもらおうかな。
「それよりも、今日はよろしくね」
詩葉は歩き出すと、「まずは家具を見たいわ。3階から見て行きましょう」っと先陣を切った。
私はまだ状況を飲み込めていないけれど、そう。今日は詩葉の付き添いでここに来たのだ。
二楷堂ことは(にかいどうことは)が亡くなったことで、堂垣戸詩葉は、以前住んでいたマンションに加え生活必需品から家具まですべてを失ってしまった。
今後はアジトの地下で生活するらしく、それに伴って必要なものを買いに来たのだ。
「今更だが、本当にあそこの地下で生活するつもりなのか?」
詩葉の後ろに続きながら、兼継は尋ねる。
「ええ、地下なら多少音を出しても周りの迷惑にはならないでしょ? それにアジト周辺には人も住んでないからちょうどいいわ」
最近知ったのだが、あの崩れかけの建物は兼継の所有物らしく、取り壊す予定もないとのこと。本人は違うところに住んでるみたいだけど、なんであんな建物を持っているのかは不明だ。
聞いても教えてもらえなかったし。
「ならいいんだが」
「そう。なら話を戻すけれど、家具の次は服とリネン類。それから生活必需品をいくつか。あとはエレキギターだけど、楽器屋さんは行きつけのお店があるの。少し遠いいけれど、どうしてもそこがいいわ」
「お昼……」
「そうだったわ、ランチはパスタがいいよね? なら──」
兼継はまだ気に掛かっているようだったが、詩葉の心はもう決まっているみたいだ。それに想像通り、胡桃と上手くやっているみたい。
すごく生き生きしてるし、楽しそう。
「よし、これなら今日行きたいところは大方回れそうね、早速行きましょうか」
悪い気はしないんだけど、今日はなんだか長い一日になりそうだ。
「飲み物買ってくるが、何か飲むか?」
家具屋でベットと椅子、机を買った後、ランジェリーショップへ。その他必要な諸々を買い終えると、時間はお昼ちょっと手前。
これから楽器を見るため場所を移動するのだが、その前に屋外テラスで休憩をとることにした。
「私、ミルクコーヒー」
ちょうど私も喉が渇いていたので、兼継のお言葉に甘えることにした。
「私は水でいいわ。胡桃は?」
「モンスター」
幼い顔つきだからか、可愛い感じの服装がとてもよく似合っているのだけれど、それでも胡桃はエナジードリンク派なのね。
「エナジードリンク好きなんだ……」
「ん!」
肩から下げたバックにワンポイントで入っているフリルがとてもかわいいのだけれど、それでも胡桃はエナジードリンク好きなのね。
「了解、ちょっと行ってくる」
「……」
兼継がその場を離れると、胡桃も無言のままそのあとを追った。
お手洗いかな。私は別にいいや。
詩葉も残ったから、ふと予期せず二人になってしまった。
どうしよう、なんか気まずい。
ベンチに腰を下ろすでも、手すりに体を預けるでもなく、その場に立ち尽くす。
「ねぇ、香織さん」
詩葉から話しかけてくれて嬉しいんだけど、こんな大人っぽい人からさん付けされると、なんか違和感を覚える。
「呼び捨てでいいよ。あと、敬語も」
「そう、私もその方が気が楽だわ」
髪の毛を耳にかけ直す仕草で、ふわっと甘い香りがした。
「先日の件、ありがとうね。まだちゃんとお礼を言えていなかったから」
「私、大したことしてないよ?」
実際、当日にちょっと顔を出しただけだ。
「そんなことないわ。香織がいなかったらうまく事が運んでなかったって、繋が言っていたそうよ」
ってことはそれを詩葉に言ったのは胡桃ってことか。
「買い被りだよ」
「そ。なら、そういうことにしておくわ」
淡白ながら、声は笑っていた。
会話が途切れて、早く二人が戻ってこないかな、なんて思った。
よく晴れた日の昼下がり。視線の先、街中には大勢の人が行き交っている。
そういえば一つ、聞いてみたいことがあったんだ。
「気になってたんだけど、言葉の世界って、どんな風に見えてるの?」
詩葉は、私の言葉を最後まで聞いてから歩き出し、テラスの手すりの前で立ち止まる。両腕を組んで、手すりに乗せた。
「そうね。香織には、ちゃんと話しておこうかしら」
顔も合わせないまま「私以上に上手く使いこなせそうだし」なんて、歯に衣も着せずに言った。
「その信頼はありがたく受け取っておくよ」
「そうしてちょうだい」
振り返って今度は、手摺に背中を預け指を三本立てた。
「私には3つの言葉が見えるわ。もちろん全部書き変えることもできる」
2本の指を折りたたむ。
「一つ目は、話している言葉が見える。例えば、『今日はいい天気ね』と言えば、それが私には目で見える。そのまま文字に起こした状態で見えていると思ってくれていいわ。いわゆる、しゃべり言葉ってやつね」
言っていることの意味はわかる。わかるのに。
その状態をまったく想像できないでいる間に、指が一本伸び切った。
「二つ目は、書いてある言葉が見えるわ。書いてある言葉が見えるなんて言い方をすると、なんの変哲もなく感じるけれど、要は理解できると思ってくれればいいわ。本とかチラシとか、それが何語で書かれているのかわからなくとも、すっとその意味を理解できるの。書き言葉ってところかしら」
なにそれ。そんな世界があれば———
「英語のテストとか困らなくない?」
「退屈ね」
一番実用的で欲しい世界かも。
「三つ目、物が言葉として見えるわ。世界は言葉。その言葉通り、この世界にあるありとあらゆる物が言葉で見えるの。と言っても別に、文字だらけの世界を見ているわけじゃないけどね」
「いよいよよくわからないって」
そんなこと言われても、首をかしげるしかない。
「これに関しては説明のしようがないわ。そうね、りんごに、りんごと書いた付箋を貼るの。それと同じことを目に見える全部に対して行ってる状態。これなら事実上同じ状況を作れていると思うわ」
その説明で腑に落ちたのは、初めて会った時のこと。
「あの時書き換えたのはそこだったんだ」
「ええ。固有名詞が存在するものに関しては、私にその知識があれば、固有名詞で付箋が貼られている。柏木さんが私とオーナーを誤認したのは、私に貼ってあった二階堂ことはという付箋をオーナーに張り替えたから。つまり———」
それってあの日、詩葉が世界を書き変えたままにしていたら———
「全人類が、オーナーを二階堂ことはと呼ぶことになる」
「言ってることやばすぎなの、わかってる?」
詩葉は涼しい顔で「ええ」と髪を靡かせる。
全人類が共有している言葉というレッテルを、いとも容易く書き変えられる。
それはつまり、詩葉がオレンジを指差しながら、「今日からこれがりんごよ」なんて言えば、全人類がなんの疑問も抱かずそれに賛同させられる。
オレンジ色で酸っぱく、柑橘類に分類される果物がりんごである。そう答えることに違和感さえ覚えない世界にすることができる。
それも、彼女一人の裁量で。
それはもう、物語でも見ないような暴君、女帝だ。
「世界は言葉でできている。けれど、言葉が本質に至ることはないの」
なんの気なく、彼女はそう言ったが、それはつまりそう言うことだ。
オレンジ色で酸っぱく、柑橘類に分類される果物の呼称がりんごになっただけ。それ以外の全てはオレンジのまま、文字通りオレンジがりんごになることはないんだ。
「二階堂ことはは貴方だ。けれど、貴方が二階堂ことはであるとは限らない。言い得て妙だよ」
「たしかに」
詩葉も口を隠して笑った。
「一応伝えておくけれど、簡単に書き変えられるのは人の名前くらいよ?」
「りんごはオレンジにならないってこと?」
「できなくはないわ。けれど最低でも2ヶ月は欲しいわね」
「人の名前を書き変えるのと何が違うの? 果物の方が難しいなんて、普通逆な感じがする」
「書き変えについては、まだ詳しくは知らないのね」
世界を書き変えられるってこと以外に何かあるのだろうか。
「それって———」
「悪い、待たせたな」
尋ねようとしたところでちょうど、兼継と胡桃が帰ってきた。
「また今度、話しましょ」
心残りがありながらも、その時はそれ以上、世界についての話はできなかった。
ただ詩葉との距離がちょっと縮まった気がして、それだけで満足してしまった。




