9話「再会」
7月31日水曜日。22時56分。
「明日さ、遅れていっても大丈夫?」
「おけ」
「まさか、、、デートか!」
「違うって。寄るところがあるだけ」
「ほんと? どこ行くの?」
「繋にはひみつー」
「やっぱデートだ!」
「香織って意外とアクティブなのね」
「そんなんじゃないって」
「がんばって」
「だから違うって。神様社寄るだけだから!」
「神様社!? 初デートでしょ? それってどうなの?」
「本人たちがいいなら、僕たちが口を挟むようなことじゃないんじゃないかな?」
「本当に違うから! そんな気遣いいらないから!」
「楽しんでこい」
「違うからね? お昼過ぎくらいには行くからね?」
スクロールで画面が動くのはそこまでだ。
「絶対みんな茶化してるでしょ」
携帯から目線を上げると青空を背にそびえ立つ、立派な鳥居がある。その先は一本道。
神門が開け放たれているから視線は遮られず、本殿まで見渡せる。
左右に鮮やかな緑が生い茂る表参道を進み、まっすぐ本殿を目指した。
夏休みと言えど世間的には平日。意外なことに神門前の広間、本殿前の広場それぞれにそれなりの人が見受けられた。
地下鉄を降りてすぐにあるこの神様社は、公園や動物園が隣接していて、街中とは思えないほど自然が多い。
「あ、リスだ」
木陰からちょこっと顔を出した。
耳を傾ければ風が葉っぱを揺らす音や、鳥の鳴き声。視線を上げれば、背の高い木々に切り取られた青い空。白い雲がまったり流れている。
誰かと一緒では味わえない一人の虚しさというか、物寂しさが私は割と好きだった。
歩いていると、ピコんっと携帯が不意になった。メッセージだ。
中身は「あとで写真みせてね!」っと個人チャットに。差出人は言うまでもなく繋で、本当にデートだと思っているみたいだ。
仕方がないから「いいよ」っと返信して、本殿まで続く桜並木の風景をパシャり。なんの写真かは言ってないもんね。
それと他に一件、珍しく兼継からも個人チャットが来ている。
「真奈美とやらに会えたらアジトに連れてきても構わないぞ」とだけ。
要件なんて一言も話してなかったのになんでわかったのかは置いといて。これが繋との差だ。
兼継にお礼を返信して、今日の目的、真奈美の捜索を再開する。
真奈美に会いたい理由は仲間にしたいって言うのもあるけど、それとは別に聞きたいことがあるから。でも連絡先を知らないどころか、約束の一つもしていない。
ただ北乃神宮なら真奈美が探しているものがあるかもしれないとアドバイスしたから来てみただけだ。会える可能性の方が低い。と思った矢先だった。
「香織!」
聞こえた声に振り返ると、まさかと思いながらも本当に、真奈美がそこにいた。
「真奈美! 久しぶり!」
「お久しぶりです!」
丁寧にお辞儀をした彼女の後ろから、もう一人女の人が歩み寄って来るのが見えた。
「真奈美さん、そちらのお方はお知り合いですか?」
私とさほど変わらない身長なのに、なんと形容したらいいか難しい風格がある。今まであったどの人とも違う。言うなれば、格式が高い。
来ている和服がとても似合っているのと同時に、否が応でもあることが気に掛かる。
「はい! 先ほどお話しました香織です!」
「そうでしたか。可愛らしいお方ですね」
そう言って私に顔を向けた女性の瞳は、光を取り込んでなどいなかった。
目に光が宿っていないとかじゃなくて、本当に光を見ていない。瞼が、開いていない。
「申し遅れました、私、神道系宗教法人『天の声』の代表をしております。天音奏と申します。よろしくお願いしますね」
なんと、本当に一般人じゃない。要人だ。
「い、一色香織です」
「先ほど真奈美さんからお伺いしておりました。宗教にお詳しいお方とお知り合いになられたと」
ちょっと真奈美? 私、全然詳しくないんだけど。
視線を配るとすごく嬉しそうな表情をしている。
「それにしても真奈美さん、お話の最中唐突に、その場を離れられるのは控えられた方がよいでしょう」
「はぅ……も、もうしわけありませんでした」
優しい表情と声で「いいんですよ」と告げると、首だけ後ろに向ける。
「迎えの者が来たようですね。これからお客様とお会いする予定がありますので、私は失礼いたします」
洗練された一礼のあと、「少しのおもてなしもできない無礼をお許し下さい」っと添えて振り返った。
迎えの人が来ると言っていたが、その姿は見えない。気を、遣わせてしまったのだろうか。
「あ、あの!」
振り返った女性に、私はこう、口走っていた。
「ご迷惑でなければ、私がお送りいたしましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが迎えの者がもうそこまで来ておりますので」
落ち着いた所作で微笑んだその人の瞳は、やっぱり光を見ないままだった。
やがて巫女装束の女性が一人、走って来きて瞼が閉じたままのその人の手を取り歩き出した。
「大丈夫ですよ? 奏様は目が見えないわけではありませんので」
二人の背中を見送っていた私に、真奈美が言った。
「そうなの?」
「奏様は音の世界を持っておられるので、見るよりも聞く方が鮮明に世界を捉えられるのだそうです」
さっき迎えの人が見える前から、来ることがわかっていた。足音が聞こえていたとでも言うの?
人で溢れているわけではないにしろ、この辺りだけでも数十人はいる。その中で自分を迎えに来た人間の足跡を聞き分けられると。そういうことだろうか。
「いくら耳が良くても見えないと不便じゃない?」
「すごいのですよ、奏様は! 天気や気温、時間、月の満ち欠け、方位なんかも全部、音として聞き分けられるんです。目を閉じたままお一人でありとあらゆることができてしまうんです」
「すごいね。すごいんだけどさ、真奈美」
「はい、どうされました?」
「その話、私が聞いても大丈夫なの?」
普通、世界の話なんてそう大っぴらにすることでもないだろう。
「あっ! どうなのでしょうか? 特段秘密と言われたことはありませんが」
「ならよかったよ」
「それよりも、香織。またお会いできて嬉しいです! どうしてこちらにいらしたのですか?」
あ、そうそう。本来の目的を忘れてしまっていた。
「真奈美を探していたの。まさか本当に会えるとは思わなかったけど」
「私ですか? 嬉しいです! 私もまた香織に会いたいって思っていましたから」
なんていうか、そんな面と向かって言われると、眩しい。
真奈美は純粋にそう思ってくれてるんだろうけど、こっちは下心が大半だ。
「そ、そう。それはよかったよ」
「そうです! 実は私、まだここのお参りを済ませてなくて、良ければご一緒にどうですか?」
私は何かの宗教を信仰しているわけではないけれど、鳥居を潜っておきながら何もしないというのも、それはそれで失礼か。
「うん、じゃあ私もお参りしておこうかな」
真奈美の誘いに乗ることにした。話はそのついででも問題ないし。
「ありがとうございます! では行きましょう!」
るんるん髪と肩を上下させながら少し前を麻奈美は歩いて行く。
「ところで麻奈美は、どうしてここに?」
「香織が教えてくれたからですよ」
くるんと翻って満面の笑みを浮かべる。
私よりよっぽど可愛らしい。
「あの日、香織と分かれてから一度ここに寄ってみたんです。するとです! なんとアゲ様がここに現れると仰ったんです!」
現れる?
なんだか未来を見通しているかのような言い方に聞こえるのは、きっとアカシックレコードのせいだろう。
未来を見通すって言うより、予感がするってことかな?
麻奈美の話だとアゲ様は狐の神様。いくら神様といえど、未来を見通すなんてできるとは思えないんだけどな。
「なのでそれから毎日通ってるんです」
それはまたご苦労な。
「まだ現れてないの?」
「のようですね」
再びくるんっと回って前を向くと、また本殿に向けて歩き出す。
未来を予知する神様とアカシックレコード。なんとなく胸に嫌な感覚が渦巻いた。
陽気に揺れる後ろ姿。
麻奈美は何か知っているのだろうか。ちょうどいい。私が麻奈美を探していたもう一つの理由がそれなんだから。
「麻奈美って、神様と話せるんだよね?」
「はい、できますが、急なお話ですね?」
「あのさ、アカシックレコードって知ってる?」
神様なら、アカシックレコードについて何か知っているかもしれない。
あるいは然立姉妹の世界を打ち破るヒントのようなものが得られるかもしれない。
麻奈美を探していた一番の理由は、そんなことだった。
「あるかいっくでこーど? ですか?」
惜しい!
というか古風なデコードって何?
「アカシックレコードだよ。都市伝説の一つなんだけど———」
「¥:=[€+%°〆+・」
説明の途中で麻奈美の方から口を開いだんだけど、彼女がなんで言ったのか、それがまったくわからなかった。
声は聞こえるんだけど、私が知ってる言語のどれにも当てはまらない。詩葉なら見えただろうか。
「……アゲ様はご存じのようです」
2、3度何か呟いたあと、ようやく聞き取れた言葉だった。
もしかして、さっきからアゲ様と話していたのだろうか。
「なんて言ってるの?」
「ご存知のようなのですが、ただ一言、関わらない方がいいっと」
「……どうして?」
「それを渇望したところで望むような結末には至らぬ。と」
それってやっぱり未来が見えてるってことだよね。
質直人から告げられた未来と変わらない結末を、アゲ様も見ているのかもしれない。
昔から、神様は信託として未来に起こる出来事を人間に伝えるという。
もしもそれが本当なら、神様はなぜ未来のことを知り得ているのだろうか。単に、この世界に自由意思などないと、そう言っているに過ぎないのだろうか。
「……アゲ様は未来のことがわかるの?」
「はい、神様ですので」
声にいつもの元気が感じ取れないのは、申し訳なさを感じているからだろうか。
麻奈美が気にすることでもないのに。
「そっか、ありがとね」
「……いいえ」
私はとりわけ気にかけてなかったけれど、少し気まずい雰囲気になってしまった。
麻奈美には、「気にしてないよ」って伝えたけれど、結局お参りが済むまでそれを払拭することができなくて、ほとんど話せなかった。
「お付き合い下さり、ありがとうございました」
「うんん。私もそのつもりだったし」
なんて思ってもないことがすらりと口から抜けた。
「それならよかったです。それで、このあとはどちらへ?」
「友達と会う約束をしてるの」
「そうでしたか、ではまた。どこかでお会いできるといいですね」
「会えるといいじゃなくてさ、またあおっ?」
ポケットからスマホを取り出して見せると、麻奈美はなにやらわたわたし始めた。
「連絡先、交換したくない?」
「い、いいえ! ただ携帯、持っていないんです……」
「そ、そうなんだ……」
連絡先を交換できないのは残念だけど、携帯持たない人だっているよね。しょうがない。
「じゃあさ! 麻奈美この後暇?」
「時間でしたら空いていますが?」
「今日会う友達がね、覚醒者なんだ、良かったら麻奈美も紹介したいなって」
「あっ、あぅ……」
子犬みたいな声を出してから、またあたふたし始める。
「嫌なら無理にとは言わないんだけど……」
「す、すみません! 行ってみたいのです! ですが……そういうのは禁止されてまして……」
「えっと……誰に?」
「い、いいえ! 天の声のしきたりなんです」
天の声ってさっきの天音奏って人が代表の?
「麻奈美も所属してたんだ」
そっか、奏さんと知り合いなのも納得だ。
「でも宗教とか全然関係ないんだけど、それでも駄目なの?」
「はい……正確に言うと、私は禁止されているんです」
「あ、修行中なんだっけ?」
「そうですが、それとは別なんです」
どうにも掴みにくい話に首を傾げそうになったところで、「どう話しましょうか」っと麻奈美が前置いた。
「私は神様の世界を持っています。ですが実のところ、神様の世界は、私で50代目になるんです」
「え? 50人目ってこと? 世界って遺伝とかするの?」
「遺伝、ではないですね。私達天の声は、御三家と一般信者からなる宗教法人でして、これでも全国各地に信仰して下さっている方々がいるんです。私はその御三家の一つ、神居家の娘になります」
待って、麻奈美って実は由緒正しい家柄の人だったの。
思わず目を見開いてしまったけれど、声はどうにか抑え込んだ。
麻奈美はそんな私に気づくこともなく、「奏様のお家、天音家も御三家の一つなんです」と因んだ。
「神様の世界は代々、御三家の中から一人が不規則に覚醒します。その50代目が私なんです」
「さっきの奏さんが代表って言ってたけど、麻奈美もそれなりに上の立場ってことになるよね、それ」
「そうみたいです」
苦く微笑んでみせる麻奈美には悪いけれど、奏さんのような威厳は感じられない。普通の女子高生みたいだ。
「この世に神様の世界の覚醒者が誕生するのは、神様のお声を、そのご意思を人々に伝え届けるためです。とても信じがたいお話ですが、その重要なお役目を私がやらなければなりません。悩める方々に進むべき道を示し導いていく。そのお役目をまっとするのが私の使命なんです」
神様の世界は神様の言葉を代弁するためにある。麻奈美のその言葉にちょっとだけ疑問が浮かんだ。
もし、麻奈美が二段階の覚醒に至れば、麻奈美の意思で神様を書き変えられるようになるのだろう。
神様さえも意のままに書き変える存在を、そんな神様さえ超える存在を、それでも人は、「人」と呼ぶのだろうか。
「……だから天の声信者以外への干渉は禁止ってところかな?」
「はい。本当は信者でない方に神様のお言葉を届けるのもいけないことなのですが」
難しい顔で、麻奈美は笑った。
つまるところそれは、アゲ様からアカシックレコードに関する情報を聞き、私に伝えたのもルールに反するということだろう。
根がお人好しだから、困っている人には誰彼構わず手を差し伸べてしまう。そしてそれを叶えられてしまう力が彼女にはあって、奏さんみたいな気高さがないのもそんな性格だからか。
いいやきっと、そんな彼女だからこそその力に、神様の世界に目醒めたのだろう。
そういうところ、私はどうにも嫌いになれそうにない。
「そうだったんだ。ごめんね、無理言ったみたいで」
「いいえ、気になさらないで下さい。私が選んだことですから!」
少しだけ慌てながら、「その代わりとは言いませんが」っと切り出した。
「明後日の夜、天の声主催の催しがこの神社で行われるのです! 良ければお越し下さい」
催し。それも8月上旬。舞台は神社。そうくるならばそれはもう———夏祭り。
せっかくだからみんなを誘って行くことにしよう。
「天の声ってことは、麻奈美も参加するの?」
「はい! ここに居合わせたのは偶然ですが、せっかくだからと奏様が」
「そっか、じゃあ私の友達も連れてくることにするよ」
「本当ですか!? それは楽しみです!」
そんな話を最後に、麻奈美とは別れた。
彼女と同じ時間を過ごすことができないのはとても残念だけれど、心はとても温まっていた。




