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鬼火 タナラの魔法使い  作者: つかばアオ
第3章「少年と魔女」
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 ある日のことだ。午前と午後、今日一日ふたりに外出の予定はない。


「おじさん、どうしたんだろ?」


「タイラー?」


 彼は玄関を前にして、立ち止まっている。一枚の扉に手を伸ばそうとはしないで、開閉の具合でも調べるように眺めていた。


「今日のおじさん、すこし変だとは思わなかったか?」彼は視線を下におろす。


「変?」


「朝からさ。そう、なんというか」


 タイラーは朝食時を思い出して、順にその後を振り返った。記憶が曖昧な部分が多いのかもしれない。今朝の出来事にしては、塗り潰したかのような箇所が度を超えて目立ち、くわえて時間の流れがはやく感じる。


「余裕がないって言うのかな」


「余裕がない?」エマは首を傾げた。「エマ、わからない」


 ううん、とタイラーは唸る。「つまり、急いでるってことかな」


「急いでる」


 エマはそう言うと、下を向いた。今朝の彼のようすを浮かべている。赤毛が揺れる。


「どこかいった」


「狩りにいくには、はやく出ていったよな。銃を持っていたから狩りなんだろうけど。昨日、準備していたように見えたし」


「じじ、ずっと静か」


「だからかもな。ジュナさんが来てから、空気が重たくて。こうして変に意識してしまうのかも。いつもと一緒だったと思うと、いまならそんな気がしてくるし」


 ソラが鳴いている。翼を広げて華麗に飛行し、エマの頭の上にとまった。


「ソラはどう思う?」タイラーはなんとなく問いかける。


 高い音が、家のなかに響く。その嬉しそうな一声は、竜の活発さをよく表していた。


「わからないか」


 ソラにはむずかしいか。タイラーは思う。それらしい返答ではなかった。だけど、そんなふうに言っているように見えてしまうのは、なんでだろう? 日常を通して、言葉が通じていると思える時と、そうではないと思える時がある。気持ちが伝わっていると思える時があれば、(人の言葉を話せないというのに)ソラの気持ちがわかる時がある。


 彼は自分より背の高い扉に目をやる。


「村から離れたところに行ったのかもしれないな」


「村から離れたとこ。どこ?」


「だいたいは行く場所は決まっているって、昔、聞いたことがある。だから、それよりもさらに遠い場所じゃないかな。それ以上に森の奥深く行く理由はわからないけど。たぶん。おじさんから、『町に行く』って話は聞いた覚えがないし。エマは、『町に行くとか』、おじさんからなにか聞いたか?」


「エマ、知らない。エマ、きいてない」


「そうだよな」


「ぴゅー」とソラが鳴く。しらない、といってる。


 タイラーはこのやり取りがおかしく感じてしまう。おもわずわずかな笑みが出てしまった。扉に背を向けると歩き出す。居間を目指した。


「少しまえに、おじさん、町に仕事があったよな」


 タイラーは雨の日のことを思い出した。すると、どこからか雨音が聞こえてくる。「もし今日も、町に仕事があるんだとしたら、帰りが遅くなるのかも。でも、なにも聞いてないということは、そうじゃないんだろうな」


 エマは後ろをついてくるだけでなにも言わなかった。うん、とも言わない。


 あの日は雨が降っていた。大量の雨だ。雨具を用意していた。


「やっぱ場所を変えて、村からずっと離れた場所にいるのかも」


「じじ、悪い子」


「そうだな。たしかにそうだ。村から離れるのは危ないから駄目なのに」


 彼は(音の原因でも探すかのように)部屋中を見回したあと、窓から空の色を確かめた。そこには小さな雨粒さえ降っていない。大きな雲はあるが、天気が崩れているようには見えなかった。庭では、幸せそうに白色の花が左右に揺れている。


 暇を持て余すように、上空を眺め続ける。


「タイラー」


 エマが呼んだ。彼女は急かすような言い方をする。


「うん? なんだ?」


「かくれんぼ」


「かくれんぼ?」


「かくれんぼ、したい」


 昼にもなっていない。昼食には早すぎる。今日はとくに予定は無い。タイラーは断る理由はなかった。少し前なら、そんな気分ではないと誘いを断っていたかもしれないが。


「かくれんぼか。今日はとくに用事はないし。いいぞ。前の続きだな」


「ソラもやる?」


「ぴゃー」


 エマは首を傾けて、天井にでも問いかけるように見上げている。彼女は頭を動かしたわけだ。よってソラは落ちないように位置をずらす。その様子からでは、彼女が上にいる相手を実際に見えているのかはあやしい。


「雨の日以来だな。親役はだれがする? 俺がしようか」


 タイラーはクローゼットでの記憶がよみがえる。あの場所は暗くて、狭かった。乾いた衣服の匂いと木の匂いがした。板がぎいぎいと音を立て、あとからソラがやってきた。


「エマがやる」


 彼女は強く言葉にする。風にも負けないぐらい。勢いがあり、主張していた。


「エマが? 前もエマだったのに、今回もエマでいいのか?」


 どうして、そんなに親役がやりたいのだろう。彼は思うと、彼女の頬に手を当てる。髪の毛がへばりついていた。


 変なのって思ってしまうけど、あんがい隠れることよりも、親役をやりたいと思う人もいるのかな? 見つけるほうが楽しいって。さあ、みんなを探すぞと。


「エマがやる」彼女は隠れるつもりはないようで張り切っている。


「たしかエマって隠れるのがいやなんだっけ?」


「隠れるのイヤ。みつける。タイラー、見つける」


「そっか。ううんまあ、いいけど。前はすぐに見つかったし。だから、今度こそは、見つからないようにしないとな。俺は隠れるほうがうまいんだから」


「エマ、タイラーみつけた」


 それは調子が悪かっただけ。彼は彼女に向けては言わないで、心のなかで思った。あの時はソラも一緒だった。もうすこし工夫していれば、うまく隠れることができたはず。


 


 そうしてエマが数を数えだしたのは、居間の窓際に移動したあとのことだった。彼女はこのあいだ「かくれんぼ」をした時のように、窓の向こう側をじっと眺めながら声に出している。(もちろん)目を瞑っているわけではない。目立った動きも見せず、ただただ窓際に立ち、空を見上げていた。だから「あの日」と比べると、あえていうなら異なるのは天気ぐらいだろう。屋根から落ちていく雨粒を数えているように見えた背中が、今度は白い雲でも数えているように見える。その目で、彼女はその大きさを測っている。


 そしてどこからか聞こえてくるのはカエルの鳴き声でもないだろう。では、晴れた空の下で耳に聞こえてくるのは。


 ゆっくり数えるんだよな。時々、数が戻ってるけど。タイラーは日の光で輝く赤毛を見ながら思った。あの調子で、あの日もずっと、外を眺めていたのだろうか。


 彼はさっそく始まった「かくれんぼ」にやる気を起こし、行動を開始する。そう簡単には見つかるわけにはいかなかった。


 すると、ソラが鳴いた。廊下で響く、元気な発声だった。


「ソラ、さっきも言ったようにかくれんぼだ。どうすればいいか、わかってるよな」


「ぴー」


「兵士はまだ森のなかにたくさんいる。ソラは知らないだろうけど、前にも、エマと一緒に家に帰ってたら、武器を持った人が森にいるのを見た。あの人たちは村の周りを歩き回っているらしいけど、いつこの家に来るかはわからない。おじさんが言っていただろう? だから、練習だ」


 ソラは首をすこしだけ傾ける。


「あの人たちは、俺たちを守るためにやって来ている。長老が言ってるように悪い人ではないんだよ。まあ、正確に言うと、俺たちと言うより、町の人たちのためなのかな? いやもっとおおきく国のためか。おじさんはそう言ってた。死食鬼は単体でも危険だが、集まるとさらに危ないからって」


 ソラは返事でもするように鳴く。いくぶん擦れたような音だった。


「タナラ村を襲った大きな群れ、それを排除するために国も動くことになるらしい。俺たちの村みたいなことには、ならないために。町は人が多いから、そう滅多に襲われることがないらしいけど、小さな村だとどうしても人が少ないから、時々襲われることがあるんだって」


 彼は歩を進めて、その足を止めた。遊びが始まってから、全く動いていなかった。


「兵士のひと、もうすぐで村から出ていくみたい。いつになるかはよくわからないんだけど。だから、ちかいうちにあの人たちがいなくなったら、ソラも外に出ていけるようになるとおもう」


 ソラは頭を床に下ろして、すぐに持ち上げる。鳴いた。そして体温でも調節しているのか、身体を乾かすかのように翼を広げる。震えているというほどではないが、微かには動いているので、かたまった筋肉でも伸ばしているように見える。


「家は狭いか」タイラーは呟くように言った。


 ソラは大きく広げた翼を身体にしまうと、床を叩きつけるようにして跳ねる。冷たい床をその足で蹴った。彼の胸に向けて、飛び込む。


「おっと、なんだ?」


「ピュー」


「今回は一人で隠れなきゃ」


 ソラは頭を動かす。「返事」のようには見えない。温度をその皮膚で感じているようで、おそらく心の底から甘えている。


「練習なんだから」


 タイラーはそう言ってソラを床に下ろすと、「よし、隠れるぞ」と言う。そして彼は促した。同じ場所に隠れるのはダメだ。彼はそう思っていた。机の下でもいい。どこか高い場所でもいい。布の下でもよかった。とにかく身を隠す。彼は頑張ってほしかった。


 俺と一緒に行動していたら、そばにいない時、ソラはひとりで安全を見つけないといけない。やらないといけない。いつでもどこでも、助けに行けるならいいんだけど。


 ソラは床に下ろされる際、不満であると意見しているようで、翼を広げ、足を交互に動かして暴れた。ついでに聞き慣れない音まで出していた。よほど嫌なのか。床の上を少し歩いてから身体を捻り、「やっぱ駄目なの?」とでも言うように相手を見上げる。


 タイラーは態度を一貫する。彼は嬉しさ、愉快さはあれど受け入れはしなかった。




 もうすでに候補があり、隠れる場所は決まっていた。彼はソラと別れたあと、作戦を立てていく。家のなかで「隠れる」というと、立派な造りの大きな邸宅とかではない場合だいたいは限られている。探せばどこにでもありそうな一軒家、子供がひとり姿を消すのは多少の厳しさがあるとしても、そこには同時に面白さがある。家のなかというのは外で遊ぶのと違って、範囲が狭められ、それは参加する者のあいだで約束として決められている。この家でご飯を食べ、この家でお風呂に入り、この家で寝ている。その家が遊びの舞台となると、いつもよりもちょっとだけ見方が事あるごとに変わっていく。


 タイラーは三階には隠れない。それはエマが三階まで来るとは思わないからだ。秘密の部屋、彼女はそこに特別な理由がないと訪れたりはしないだろう。彼女は密かな階段を上がる前に、二階の部屋――物置にしている部屋――に入れないのだから。彼女は言っていた。「エマも悪い。ソラも悪い。タイラー、悪い。タイラー、悪い」好きなことをしがちな彼女、そんな彼女でも真面目なところがある。


 タイロンに怒られたくない。怒ると怖いのだ。


 彼が最終的に選んだ場所は、自分の部屋だった。あの日と一緒だ。


 まえはうるさかったから。それに、同じ場所に隠れているとは思わないだろ。


 どれだけ長く隠れることができるのか。見つかるのは、どうすることもできない。見つからないといけない。なぜならそれは、そういう遊びだからだ。


 タイラーは息を潜めて、かくれんぼに徹する。もうすでに始まっている。


 クローゼットは広くはない。温度が高くなり、暗いためだろうか。


 急に、彼は眠気に襲われる。


 彼は耐えることができない。じわじわと押し潰されるような感覚だった。


 彼は経験したことがないだろう。


 魔法だ。人の身体には毒だ。


 タイラーは意識が薄れるなか耳にする。それはソラの爪の音と鳴き声だった。






 あーあ、やっちゃった。ひでえありさま。





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