07 おい、オタク。罰ゲームの一環だ、あのブスとやって見せろよ!
「おい、オタク」
校舎内の一角。
授業間の休み時間に、クラスの陽キャ、幾留に呼び出されていた。
普段授業をしているような場所ではなく、比較的静かな空き教室前の廊下である。
幾留は擢を追い詰めるように、因縁を吹っかけてくるのだ。
「なあ、この頃、あの陰キャのブスとはどうだ? うまくいってるのか?」
相変わらず、幾留は口が悪い。
容姿は良くても、内面が乱雑なのだ。
「普通だと思うけど?」
「普通か? まあ、あのブスと付き合ってる時点で凄いけどな。俺は絶対に、あんなクソみたいな陰キャ女子と死んでも付き合いたくはないけどさ」
「……」
次から出てくる辛辣な言葉のオンパレードに、擢は言葉を失った。
よくも他人を下に見れると思ったのだ。
そもそも、鏡花はブスでも陰キャでもない。
本当はネットアイドルの中で一番の美少女なのだ。
彼女の本当の姿を見たこともないくせに、言いたい放題の彼に心底イラっとした。
幾留の方を見やるのだが、視線を合わせてしまうと、やはり、怖気づいてしまう。
まだ、小心者だと、自分でも思ってしまった。
「なあ、ブスと一緒にいて、何か楽しいのか?」
「それは……君が付き合うように指示を出してきたんじゃないか……」
擢は消えそうな声でボソッとだけ、口にした。
「あ?」
「んッ……」
幾留の強い眼光に睨まれてしまい、体が硬直してしまう。
何も発言できなくなった。
「ふんッ、まあ、いいけどさ。けどさ、昨日見た時は、そんなにつまらなそうな感じではなかったよな?」
「そうかな?」
「お前、ブス専なのか?」
「そうじゃないけど」
「……」
まじまじと見られてしまう。
「だったら教室で、あの陰キャにブスだと大声で言ってみろよ」
「え、な、なんで⁉」
擢は一歩、いや二歩ほど後ずさりした。
予想外の要望に、動揺してしまう。
「さ、さすがに、それは……ひどすぎるような」
「あ? ひどい? お前みたいな、陰キャの存在の方がひどいんだよ」
「え、ど、どういうこと⁉」
「口調は変だし、ボソボソ話すし、存在自体が気に入らないんだよ。けどな、お前みたいな陰キャを何とか受け入れようとして、罰ゲームとかに誘ってんだよ。わかってんのか? お前、自分と立場とかさ」
「……」
擢は言葉を出せなかった。
確かに、学生生活において、陰キャの立場は限りなく弱いのだ。
本来であれば、無視される人もいる。
むしろ、無視されたいと思ってしまうほど、幾留の存在が好きにはなれなかった。
「けどな。一番よくないのは、お前がミロワールのアイリを好きだということなんだよ」
「なんか、ごめん……」
擢は申し訳なく、頭を下げた。
「そういうのが嫌なんだよ。お前みたいな奴がさ。アイリを好きになるなよな。もっとも、早いところ、お前にはアイリのファンをやめてほしいんだがな。そもそも、あの美少女アイリが、お前みたいな奴を好きになるわけないだろ?」
擢はさらにおとなしくなる。
顔色が悪くなってきた。
アイリのもう一つの姿は、幾留がブスだとか、陰キャとか罵っている相手――鈴木鏡花なのだ。
本当だったら、そのことを言ってやりたい。
けど、そんなことを言ったら、色々な問題になる。
アイリはストーカー被害とかを受けている身であり、これ以上問題を増やしたくないのも理由の一つ。
擢は悔し気に顔をしかめ、強く口元をしめた。
学校では鏡花がアイリである情報を誰にも伝えてはならない。それが、彼女と今、一緒にいる時の約束である。
「まあ、ブスって、クラスで言わせるのもつまんないしな。そうだな。あの陰キャ女子とキスをしてみろよ」
「え? キス⁉」
「ああ。それか、学校のどこかで、キスしている写真を撮って見せろ。それを、俺が学校のSNSに晒してやるからさ」
幾留は腹を抱えて笑っていた。
本当に人格が歪んでいると思う。
「お前できるよな?」
「……」
「できないのか? ブスと付き合ってる時点で評価してるつもりだけどさ」
「で、できると思う」
「は? 本当か? 本当にやるのか? まあ、あのブスとのキスは相当な地獄だろうがな」
「……で、でも、彼女は……鏡花さんは、そんなに……その、ブスではないよ」
「は?」
一瞬、空気の流れが変わった。
「お前、それ正気で言ってんのか?」
「う、うん」
「ふッ、お前凄いな」
また、幾留は腹を抱え、笑っていた。
そんなに他人のことについて嘲笑うなんてどうかしてる。
「まあ、いいや、楽しみに、いや、笑って待ってるさ。クラスの奴らと一緒にな」
擢はその言葉にだんだん腹が立ってきたのだ。
拳を握りしめ、殴りそうになった。
けど、そんなことをやってしまったら、どう考えても、先生から指摘されるのは、擢の方である。
俯きがちに一度深呼吸をして、内面から湧き上がってくる怒りを何とか抑えこんでいた。
「そうだ、それと、今週中にもう一度、お前を含めた罰ゲームをやるからさ。参加しろよ」
「え? ぼ、僕も⁉」
「当たり前だろ? そのための罰ゲームなんだしさ。毎週やると思えよ。罰ゲームは絶対だ。今、陰キャブス女子と付き合っているうえで、さらに罰要素を追加するからさ」
幾留の瞳は本当だ。
嘘をつくような言葉じゃない。
そもそも、彼が一度も嘘なんてついたことなんてないし。今後、さらに、陰キャである擢の立場が危うくなってくるだろう。
「まあ、頑張れよ」
幾留は背を向け、その場所から立ち去っていく。
どう考えても、幾留は陽キャ仲間と一緒にイカサマ行為をして、何が何でも擢を貶めるつもりだろう。
そんなの嫌だ。
けど、鏡花のことをブスだと言われるのももっと嫌だった。
彼女は本当に可愛らしいし、そんなに下に見られるような存在じゃない。
擢はそればかりが気になって、まだ、気持ちの整理ができなかった。
けど、そろそろ、三時限目の授業が始まる頃合いである。
早く教室に戻らないといけない。
と思い、廊下を後にし、その曲がり角らへんで誰かとぶつかってしまう。
「んんッ」
「きゃあ」
この声……。
「鏡花さん? 大丈夫?」
「う、うん」
たまたま接触したのは、鏡花だった。
なんで、こんなところに?
と、疑問を抱きつつ、擢は彼女の容姿を見やる。
「……さっき、幾留君が教室に戻っていたけど、あの人と何かあったの?」
「え? な、何もないよ」
擢は誤魔化すような口調になる。
「た、擢君、何か嫌なことされてない?」
「んん、全くそんなことないから」
擢は何も多くを語りたくなかった。
鏡花の姿をずっと見ていたら、幾留の言葉が蘇ってきて辛い。
幾留からの辛辣な言葉の数々に苛まれ、そのセリフを忘れようと思い、彼女に背を向け、走り出していく。
廊下を走り、教室に入ると、自身の席に腰を下ろしたのだ。
次の授業は国語である。
少しすると教室に入ってきた陰キャの鏡花が隣の席に座った。
「少し早いけど、授業始めるよ。席について」
教室の壇上前にいる国語の教師が皆を見て言う。
「ええ、まだだって。空気読めよ、先生―」
「はあ、面倒くさい」
「私、課題やってなかった。そうだ、幾留、課題ノート見せて♡」
幾留の近くにいた月渚が、可愛げのあるペットような感じに、彼に話しかけている声が聞こえてきたのだった。