06 ここで、あの声を出すのはやめた方がいいよ…
学校近くにある街中。
徒歩でおおよそ二〇分程度である。
平日ということもあり、そこまで人がいるというわけではなかった。
擢は辺りを見、どこの店屋に入ろうか考え込んでいたのだ。
「た、擢君は、行きたい場所ってある?」
隣を一緒に歩いている鏡花は伺うように聞いてくる。
「え、今決めているところだけど」
あの場所って。
擢はとある店屋を発見した。
視界の先には、ネットアイドル専門店がある。
店の看板には、ネット配信している時の姿のアイドルの写真が載せられていた。
当然だが、ネットアイドル――、ミロワールのメンバー四人の写真もあったのだ。
二人は写真のあるところまで向かう。
「この店、新しくなったみたいだね」
「た、擢君は、普段からここに来るの?」
「普段からというか、休みの日には訪れることが多いかな」
「へえ、そうなんだ。もしかして……アイリさん目当て?」
「う、うん。僕は最初っからアイリさんを応援していたし。こ、これからもね」
「……」
「え? どうしたの?」
「んん、なんでもない。な、なんか、嬉しくて」
「そんなに?」
「うん。普通に応援してくれている人もいたけど、直接、そういうの言われたことなかったし」
「意外だね。都会にいた時は、イベントとかでファンの人と関わることとかなかったの?」
「私のグループは基本的に、そういうイベントはあまりやらないの。会場とかで歌ったり、演技したりとかはあるけど。ミロワールは、あくまでネットアイドルだし、ファンの人と直接かかわることは避けているの」
「そうなんだ。だから、いくら公式ホームページとか、掲示板とかを見ても、そういう情報が掲載されていなかったのか」
擢はようやく、その謎がわかったような気がした。
「もしかして、都会の方では、出会えるイベントがあると思ってたの?」
「うん。僕はどうしても会いたかったし。今までのお礼を伝えたかったからね」
擢は素直に口にする。
「でも、今はこうして一緒に居られているし、僕の一つ目の願いは叶った感じかな」
「……一つ目? 他にもあるの?」
「うん。でも、それはまだ無理そうかな?」
「……ねえ、どんな願いなの? 教えてくれない、かな?」
「え⁉ そ、それは言えないから」
「……どうして? 恥ずかしいの?」
「ま、まあ、そんな感じ。でも、後で言うよ」
「……でも、言ってみた方がいいんじゃないかな? もしかしたら、叶うかもしれないし」
目と鼻の先には、中学生の頃から想い続けていた人がいるのだ。
直接話せる機会が、存分にある。
少なくとも一か月ほど、陰キャの鏡花と一緒に付き合うことになっていた。
焦って、内面を口にする必要性はないと思う。
擢は頷き、隣にいる鏡花を見た。
「ど、どうしたの?」
「そろそろ、店に入ろうよ」
「う、うん」
鏡花は何を言われるのかドキッとしていたようだ。
頬を紅葉させ、一瞬、硬直していた。
数秒後、現状を把握したのか、軽く笑顔を見せてくれる。
「……ねえ、手を繋いだ方がいいかな?」
鏡花は恥ずかしそうに両手の指を絡ませていた。
「手を?」
「ご、ごめん。こんな私だとよくないよね?」
「いいよ。いくら見た目が陰キャであっても、アイリは、アイリだと思うし」
「う、うん」
擢は、手を差し伸べてあげたのだ。
「ねえ、その……一応付き合ってるわけだし、手を繋いでもいいんじゃないかな?」
「うん、そう、だよね。いいよね」
鏡花は手を握ってくれたのだ。
二人は気恥ずかしくなりながらも、店内に入る。
地元の街中にある、ネットアイドル専門店には、基本的にグッズが多く売られているのだ。
地域によって、若干販売されている商品が異なっていたりする。
擢は彼女と一緒に、店内を回ってみた。
店内の棚には、ミロワールのメンバーと関連するバッジや手帳、写真や手鏡などが陳列されているのだ。
今月から販売された商品もあり、擢は財布の中身を確認する。
「多分、大丈夫なはず」
パッと見た感じ、四千円ちょっと入ってあった。
「……た、擢君は何を買うの?」
「持っていないのを買うだけだよ」
「でも、手鏡とかって、必要なの?」
「僕は多分、使わないけど、売ってるなら一応持っておきたいし」
「そういうモノなの?」
「うん」
擢は頷く。
ファンである故、アイリと関係するものであれば、なんでも欲しくなる。
グッズは一種類あたり、千円近くするが、そんなに金額にはこだわらない。
今まで助けてもらった分と、これから助けてもらう分の先取りだと思えば、安いものだと思う。
「……わ、私がそれ買ってあげようか?」
「いいよ」
「いいからッ♡」
「え?」
一瞬、鏡花の口調が、アイリと同じになる。
「ん? あれ? さっき、アイリの声聞こえなかったか?」
「うん、俺も聞こえた」
「もしかして、この店に来ているとか?」
専門店にやってきているファンたちがざわめき始めていた。
数多くいるネットアイドルの中で、一番有名なアイドルグループのメンバーなのだ。
ファンやガチ勢とかであれば、声を耳にした瞬間、アイリだと気づいてもおかしくはない。
「ね、ねえ、ここで、アイリに戻るのはやめた方がいいよ」
擢は小声で彼女の耳元で囁く。
「いいじゃん。私たち、一応付き合ってるんだし」
「そうかもしれないけど……」
擢は焦る。
知名度の高い、彼女だからこそ、身バレしてしまう言動は慎んでほしい。
「ねえ、もっと、体を近づけたら、気づかれないと思うけど」
「ど、どういう理論?」
「私だけの理論♡」
アイリは臆することなく、擢の右腕に胸を当ててくる。
彼女のおっぱいの膨らみを直に感じられ、興奮してしまう。
他の一般客がいるのに、躊躇うことなどない。
「ねえ、擢♡ 私のはどうかな?」
「どうって……ここで、それは。いや、それより、アイリの声がするって言ってる人もいるし、その声で話すのはやめた方がいいよ」
「見せつけよっか♡」
「僕が困るんだけど」
「困らせてるの」
「……」
嬉しいけど、こんなところを他のファンに見られたら、公開処刑されてもおかしくないレベルだ。
ばれないことを願うしかないだろう。
彼女は何気に、弄り癖があるようだ。
「だったら、今日はもう帰ろうよ」
「ええ、もう少しいようよ」
「いや、本当にこのままだと、危ないって」
彼女を連れて、何とか、店の外に出ようとする。
え?
擢は絶句した。
その視線の先には、クラスメイト、佐々波幾留がいたからだ。
彼もミロワールのファンであり、擢の所有物であるアイリの水着写真を奪うほど。専門店を訪れるのもおかしいことではない。
「オタク。俺の言った通りに、本当に付き合ってんだな」
幾留に軽く笑われてしまった。
陰キャ同士のデートだと思い、心の中で馬鹿にしているのだろう。
「う、うん」
擢は面倒なことになりたくなかったので、頷く程度でその場を乗り越えようとする。
「そういや、この店で、ミロワールのアイリの声がするとかって、話題になってるけど。アイリを知らないか?」
「し、知らないけど」
擢はしらを切った。
幾留とはかかわりを持ちたくない。
早く逃げ出したいという一心での返答だった。
「そうか……」
なぜか、まじまじと見られているような気がする。
擢は、素性を隠したアイリと一緒に専門店を後にするのだった。