04 陰キャ女子・鈴木鏡花の正体は…⁉
「その……擢君。これって、どこに置けばいいのかな?」
「多分、そこの棚でいいと思うけど」
擢は資料室の窓側の棚を指さした。
鏡花は小さい段ボールを、そこに置く。
擢は重いため息を吐いた。
放課後の時間帯。
大半の人は帰宅している中、擢は彼女と一緒に作業をしていたのだ。
一緒に作業するなら、アイリのような美少女の方がよかったと思う。
そんな子、こんな平凡な学校にいるわけがない。
そもそも、この学校に通っている美少女は、陽キャの幾留と色々な意味で繋がっているのだ。
故に一癖も二癖もある女の子ばかり。
まあ、学校に通っている八割が、陽キャ女子の芹沢月渚みたいな奴という事。
楽しくもないし。
いつも陽キャにはからかわれ、居場所すらもないのだ。
早く帰りたい。
校舎内にいるだけでも、息がつまってしまいそうだ。
それにしても不幸すぎる。
クラスの資料整理委員会に所属するなんて。
その委員会活動は、忙しい担任教師の代わりに何かをやるというのがメインになってくる。授業で必要なものをホッチキスで止めたり、何かの資料を指示通り制作したりと。面倒なので、誰もやりたがらない。
幾留が勝手に擢を推薦したのだ。
しかも、隣の席の鏡花も、あの陽キャらに選ばれたのである。
絶望的すぎる……。
鏡花は、おとなしい方だ。陽キャ女子らのように人によって性格を変えるというわけでもない。暴言を吐いて、他人を貶めるような子でもなかった。
確かに陰キャ女子かもしれないが、一緒にいる分は、なぜか、心が少しだけ安らぐのだ。
ネットアイドルのアイリと一緒にいるわけでもないのに、その彼女が近くにいるような感覚に陥る。
不思議な思いを胸に、擢は棚の整理をしている鏡花をまじまじと見てしまう。
「……な、なに……そんなにじろじろ見て。は、恥ずかしいんだけど」
「え、ご、ごめん。そんなつもりじゃないよ」
擢は咄嗟に視線をそらす。
なんで好きでもない子を見ているのだろうか?
自分でもわからなかった。
擢は一度深呼吸をして、再び、鏡花を見る。
確かに、彼女はいつも通りの陰キャ女子だ。
でも、陽キャらが言うように、ブスという感じもしない。
自分の目が他の人と違うだけなのか、価値観が異なっているのかは不明である。
瞳を見れば、宝石のような綺麗なのだ。
そんな子が、ブスと思われているのは、少し納得がいかなかった。
「擢君」
「……」
「擢君?」
「え、な、なに?」
「私、上の棚の方に荷物を置くから、脚立を抑えてくれる?」
「脚立? え、いいけど。そういう作業なら、僕がやるけど?」
「でも、擢君。疲れ切った顔をしているよ? 大丈夫?」
「そうかな」
今は鏡がないので、確認のしようがなかった。
「疲れているのに、力仕事はやめた方がいいよ」
「でもさ。鏡花さんは大丈夫なの? その段ボール結構重いんじゃない?」
「大丈夫だから……」
鏡花はボソッと小さく囁き、折り畳み式の脚立を上り始めた。
しょうがない、脚立を抑えておくか。
擢は彼女の言う通りのことをやった。
「擢君。そこにある段ボールをとってくれない?」
「これか?」
擢がテーブルに置かれていた段ボールを手にし、上を向くと――
鏡花のスカートの中が見えてしまったのだ。
「え⁉」
あ……。
今気づいた。
擢が脚立を抑えていたら、必然的に見えてしまうのは当然だった。
少し疲れがたまっていて、そこまで頭が回らなかったのだ。
彼女のパンツはピンク色。
アイリの髪の色合いと同じ、濃くないほど淡い桃色である。
陰キャ女子という割には、相当派手な下着をしていると思ってしまう。
擢が態勢を崩したことで、脚立が不安定になる。
そして、上の方で作業をしていた彼女が倒れこんでくるのだ。
こ、これって……。やばいんじゃ……。
擢は察した。
もう態勢を戻せないと。
ドン――ッ、
重い音が資料室全体に響き渡る。
少しだけ、部屋が揺れたような気がした。
尻餅をつき、床に倒れこんでいる擢の体には、抱きしめるような形で鏡花が倒れこんでいたのだ。
「イテテテ……」
「んん……はッ、ご、ごめんなさい。擢君、本当にごめんね」
彼女は咄嗟に距離をとる。
「い、いいよ。そんなに気にしなくても、い、テテテ……んッ」
擢は体が痛くて動かせなかった。
先ほどの急に倒れたことで、体に強い衝撃が走ってしまったことが原因だろう。
「大丈夫じゃないでしょ?」
「た、多分……」
「もう、どうして? そういう嘘をつくの?」
「え?」
その彼女の声は似ている。
ネットアイドルのアイリとだ。
アニメに登場しそうなキャラクターに似た可愛らしい口調。
聞き間違えなどではない。
毎日のように、彼女の動画を見ているからだ。
「痛いなら、素直に言ってよね」
「……⁉」
ど、どういうことだ⁉
擢は心の中で、疑問が生じ始める。
普段の鏡花なら、ボソボソと申し訳なさげに話すのに。今の彼女はそんな陰キャのような話し方ではなかった。
一人の女の子としても、この学校に通っている、どんな美少女よりも魅力的な存在。
擢が思い求めていた彼女――ネットアイドルのアイリの姿がそこにはあったのだ。
鏡花は前髪を上げ、光り輝く瞳が明るみなっている。
「私のせいで、ごめんね。こんなことになってしまって」
「え、う、うん……⁉」
擢は動揺し、心臓の鼓動が高まり、冷静さを保つことなどできなかったのだ。
「き、君って……アイリ⁉」
「そうだけど」
「な、なんで、君が、こ、こ、こんなパッとしない学校に⁉」
「パッとしないって、結構失礼なこと言うのね、君」
「ご、ごめん」
擢は尻餅をついたまま俯き、顔を上げることなんて出来なかった。
「ねえ、立てる?」
制服姿のアイリが、手を差し伸べてくれたのだ。
擢はそんな彼女のスカートを見る。
今思えば、自分が最も好きな女の子のパンツを見たということになる。
嬉しい気持ちが湧き上がってくるのだ。
ど、どうすれば……。
「はい、手を出して。早く、立って」
「う、うん」
今でも信じられない。
罰ゲームとして付き合うことになった彼女が、実はネット上で話題沸騰中のアイドルだったなんて。
擢は痛む腰を左手で摩り、アイリから掴まれた右手を引っ張られ、立ち上がる。
「痛くない? 私が摩ってあげよっか? というか、保健室の方がいいよね?」
「え、いや、その……え⁉」
今でも信じられない。
活舌がおかしくなってくる。
視線も合わせることができず、慌てることしかできなかった。
「ね、行こ、保健室に」
「い、いいよ。その……アイリさんに摩ってもらうだけでいいよ……」
「それでいいの? どこか怪我してたら、後々困るよ?」
「そ、そうだね。けど、その……」
擢は緊張しすぎて、次の言葉が出てこない。
「そんなに緊張しないでよ」
アイリは擢の右手を両手でしっかりと掴む。
そして、彼女はなんの前置きもなく、キスしてきたのだ。
男女の唇同士が重なった。
恋愛というのは、何の前触れもなくやってくる。
と、擢はキスしている際、感じていた。
「擢、大丈夫? 少しは落ち着いたかな?」
ゆっくりと唇が離れる。
アイリのはにかむ笑顔で、擢の心は揺らいでいく。
これから、学校生活どうなってしまうのだろうか。
擢は色々な意味で、感情の高ぶりを抑えられなくなっていた。