第7話 魔法学校入学式典
制服専門店の入り口で一悶着の後、改めて店内に入ると気難しそうな店主と見られるおじいさんがちらりとリンクとソフィアを一瞥した。
「……こっちに来い。」
二人が要件を言う前に、店主が呼び寄せた。リンクとソフィアは顔を見合わせつつも、言われた通りにリンクが先を歩いてカウンター越しの店主の前に立つ。
店主は手元の新聞に目を落としたままリンクを見ることもなく杖を振るった。
すると、店主の前にある机の筆が一人に動き、さらさらとリンクのサイズを紙に記載していった。続けてソフィアの前でも同様に杖を振るう。
ぺらりとページが捲られ、次の紙に筆が走ろうとしたとき_____
「み、見ないで!」とソフィアがあわててリンクの目を隠した。
流石に異性に自分の服のサイズを把握されるのは嫌だろうと納得しつつ、リンクはペンの走る音が止むまで目を瞑っていた。
サイズの書かれた紙を確認すると、店主は無言で店の裏から制服とローブを持ってきた。
教科書等は学校の寮に直接送ってくれたが、流石に入学時に着用する制服とローブはその場で渡すのだろう。
相変わらず無愛想な店主は二人に制服とローブを持たせると、何も言わずに用が済んだらさっさと帰ってくれと言う視線を送ってきた。長居する必要もない二人は、お金を払って足早に店を後にした。
「よし、これで必要なものは買えたね。」
一仕事終えたかのように息をついたソフィアが言った。
異性が苦手なソフィアにとっては、無愛想な店主のいる空間は気が重かったのだろう。
「うん、学校生活が楽しみだ。」
入学の準備も終わり、いよいよ始まる魔法学校での生活にリンクは気持ちを高鳴らせていた。
「……ここが学校なのか?」
駅を降りた先に見えた壮大な建物に、リンクは思わずそう言わずにはいられなかった。
それはとてもじゃないが一目で学校と思えるものではなく、もはや宮殿と言われても違和感を感じない造りの建物だった。
入り口の大きな門の上に「王立アルバート魔法高等学校」と書かれてるため、リンクはかろうじて学校であると認識できた。
「うん。ここはこの国で一番の魔法学校だから……。
この国の貴族や王族の子息も通うこともあるから、すごい立派なの。」
リンクの言葉に横にいたソフィアが答えた。
門の周りにはリンク達同様に新入生と見られる真新しいローブを身につけた少年少女とその親族と見られる人々がいた。ソフィアの父であるゴードンも当初は来る予定だったが、急遽外せない仕事が入ってしまったため今日は不在である。
(入学の式典にもこれないだなんて、王宮に勤めるのはなかなか大変なんだな)
リンクは当初そう思ったが、実際の式典には生徒しか参加できないと聞いたため仕事が優先されることにも納得した。ソフィア自身も、そこは仕事だからしょうがないと割り切っているようだった。
「それにしても、まるでお祭りみたいだね。
式典も楽しみだな。」
「うん、式典は競技場でやるみたい」
校門をくぐり抜けた先で受け取った入学案内を確認しつつソフィアが答えた。案内の通りに進んでいくと、校舎の横にある競技場にたどり着いた。
競技場の前では案内人と書かれた腕章をつけた上級生らしい生徒が新入生を待機室に案内していた。その案内に従い、リンクとソフィアも新入生の待機室に入っていく。
待機室の中にはすでに多くの新入生がいた。
一人で縮こまっているものや、既に周りの人達と楽しげに会話しているものなど、様相は様々だった。大勢の人にソフィアは少し怯え、リンクの後ろで袖を掴んだ。
「大丈夫?無理しないでね。」
「だ、大丈夫……
私、ここで、じ、自分を変えるって決めたから……が、がんばる」
消え入りそうな声で宣言するソフィアに、リンクは緊張しない魔法をかけておくか確認するのはやめておいた。
待機室が新入生で溢れそうになった時、急にアナウンスが始まった。
「それでは!!!
みなさん待望の、新入生の入場です!
新入生のみなさん、フィールドにどうぞ!!!」
大きな歓声とともに、待機室の扉が開いた。
言われた通り、新入生達は開いた扉からフィールドに歩き出す。
途端に盛大な音楽が流れ始める。
フィールドの周りは観客席で囲まれ、上級生と思しき生徒達が歓声をあげて新入生を迎え入れていた。
「す、すごい……」
周りを見渡しながらソフィアは呟いた。
リンク達も周りに合わせてフィールドの中央まで歩みを進めた。
「さて、今年の新入生はどんなものかな……」
「そういえば、イーステン家の次男がいるとか……」
「クラス分けが楽しみだな」
ざわざわと、観客席の上級生から新入生を試すような視線が送られていた。
新入生達はこれから何が始まるんだろうと不安と期待の混ざった表情を浮かべていたが、中には式典の内容を知っているのか落ち着いた表情を浮かべている新入生もいた。
(肝が座っているな……)
周りの表情を確認しつつ、リンクは落ち着いた表情をした新入生を何人か確認した。大方、貴族出身者などが家族から式典の内容を聞いているのだろう。
魔法学校なのだから、ただの式典をわざわざ人を集めてするわけでもないだろうと、リンクは周りを少し警戒していた。
「あ、あれ!」
同じく、不安からか周りを観察していたソフィアがリンクの袖を引っ張り、ある方向を見るように促した。
ソフィアの示す先には、先日街で遭遇したアーサーとエマがいた。やはり貴族だったのだろう。エマは笑顔、アーサーは無表情だが、二人は落ち着いて会話しているようだった。
「ど、どうする?声かけに行く?」
怯えながらソフィアはリンクに確認した。アーサーがまだ怖いのだろう。
「いや、いいよ。そろそろ始まるだろうし。」
リンクがそう答えた直後、フィールド正面の扉が開き二人の人物が現れた。
「静粛に!」
現れた人物の一人が鋭い眼を生徒達に向けそう告げると、一瞬で静寂が広がった。猛禽類のような眼で観察するように新入生を見渡す。
「私はこの学園の副校長を勤めるイーサン・スミスだ。
これより、新入生のクラス分けを行う。名前を呼ばれたものから、前に来て水晶に手をかざして魔力を測定する。
なお、魔力の量が多いものほどこの水晶は輝きを放つことになる。魔力量に応じて、A〜Eのクラスに分けて各バッチを与える。クラスを示すバッチは常にローブにつけておくこと。
以上だ。」
副校長と名乗った男、スミスは事務的に話した。
その横では、同時に現れたもう一人の人物____銀髪の女性が台座に乗せた水晶を用意していた。
水晶が用意されたのを横目で確認すると、スミスはぺらりと手に持った紙をめくった。
「それでは始める。
まず______
アーサー・イーステン」
「はい。」
「‼︎」
(まさか、早速アーサーが呼ばれるなんて。しかし、貴族とやらの魔力を確認するいい機会だな。)
やはり貴族だからかアーサーは有名人らしく、新入生だけでなく上級生も身を乗り出してその魔力を確認しようとしていた。
リンクも人混みを抜け前にでて、アーサーの魔力をしっかり見ようとした。ソフィアもそれにくっついてあわてて前にでる。
アーサーは緊張している表情も見せず、水晶に手をかざした。
すると、水晶は激しく光を放ち一瞬にしてフィールド中を覆った。
アーサーが水晶から手を離し、光が収まる。
「これってどうなの?すごいの?」
静まり返る会場で、こそこそとリンクはソフィアに尋ねるが、直後、沸き起こった歓声でリンクはその答えを理解した。
「さすが、イーステン家!!素晴らしい魔力だ!」
「新入生にして、なんて魔力だ!」
「いいぞアーサー!」
客席から歓声と野次が飛び交う。
少し遅れて、新入生の間でも驚きの歓声が広がる。
しかしアーサーはまるで何も聞こえていないかのように輝かしいAクラスのバッチを受け取ると表情を変えずに下がっていった。
「うん……すごい魔力だよ。
普通は魔力って、魔法を学んで徐々に増えていくものだから、入学当初であれだけの魔力があるのはなかなかないことだと思う」
さらに遅れてソフィアが、リンクの質問に答えたが、その回答はアーサーの優秀さを証明するだけのものだった。
その後も次々と新入生が呼ばれて魔力の測定が行われていったが、アーサー以上の光を放つものは現れなかった。
エマはかなりの光量だったが、アーサーには及ばず、といった魔力でAクラスのバッチを受け取っていた。
ソフィアの番では恐る恐る水晶に手をかざしていたが、結果はCクラスという所謂平均的なクラスのバッチを受け取っていた。
「Aクラスじゃないと、リンクと別々になっちゃうかも……」
少し落ち込んだ様子でソフィアはリンクの横に戻ってきた。
「クラスが違っても同じ学校にいるし、会えなくなるわけじゃないから気にすることないよ。」
ソフィアを宥めつつ、リンクは自分の番をドキドキしながら待っていた。
アーサーの魔力が高いのはなんとなく気にくわないが、自分の場合はどうなるんだろうとリンクは考えていた。
(エミリーの魔法で10分の1に抑えられてさらに杖で制御しているとはいえ、アーサーより少ないのはなんか嫌だな……)
少年らしい小さなプライドに気を取られて、リンクは肝心なことを忘れていた。
「次が最後の新入生だ。
……リンク・ブラウン。前へ。」
いつ呼ばれるだろうかわくわくしていたが、結局リンクが呼ばれたのは最後だった。きっと直前に入学手続きをしたからだろう。
自分の名前を呼ばれリンクは水晶の前に立つが、既に周囲はこの長ったらしい魔力測定に興味を失っていた。名門貴族達の測定は終わったし、もう見所もないと思っている上級生達は客席でなにやらお菓子を食べながら会話をしている。新入生達は自分のクラス分けが終わり、その仲間達とのおしゃべりに夢中だった。
結果、リンクの測定をまともに見ようとしているのは先生達を除くとソフィアとエマ、そしてアーサーだけだった。
「アーサーもやっぱり、リンクのこと気になるの?」
「別に、他にすることもないから見てるだけだ。」
「そう言いつつも、興味津々て感じだね。」
「___というか、魔力探知が得意なお前のほうがあいつに興味があるんだろ?」
アーサーの言葉にニヤリ、とエマは笑った。
「あ、バレた?
だって、初めて会った時から隠す気もなく魔力垂れ流してたんだもん。
気にならないわけないでしょ。
あ、リンクの測定始まるよ!」
アーサーの手を引きエマは前に身を乗り出した。
水晶の前に立ったリンクは手をかざそうとしてふと思い出した。
____そういえば、エミリーの魔法で抑えられている10分の1の魔力とはいえ、さらに杖で制御することでちょうど良くなるとか言っていたような。
てことは、ここで杖を介さず手で直に水晶に触れると制御されていない魔力が測定されてしまうのでは?
それって、なんか魔力量の異常とかで問題になったりしないだろうか_____
リンクは手をかざすことに不安を感じ、差し出した手をかざす手前で止めた。
それに気付いたスミスは怪訝な顔をしてリンクに声をかける。
「何をやっている。手をかざすだけだ。
さっさとしろ。」
そうは言われても、異世界転生や魔法やら色々調べごとをするのに学校で目立ちたくはないし、問題も起こしたくはない。
(大丈夫なのかな?これ。)
なんとか手をかざさずにこの場を納められないかと考えるが、良い策は浮かばなかった。
(どうしよう_____)
「大丈夫だ。ゆっくり手をかざして。」
突然、水晶の横に立つ銀髪の女性がリンクに声をかけた。
会場に現れてから今まで、一言も発しなかった彼女が話したことにリンクは驚いた。
すると、リンクの意思とは関係なく手が勝手に動き始めた。
「え、あれ、ちょっと待って_____」
リンクの声とは裏腹に手は動き続ける。
そして、ついに水晶の上にリンクの手がかざされて_____
瞬間、目の前が真っ白になるほどの眩い光がフィールドと観客席を越え、校舎にまで広がった____
(あ、これまずいかも!)
リンクはようやく自分の意思で動くようになった手を慌てて水晶の上からひっこめた。
眩い光が消える。
突然の出来事に一瞬静寂が訪れたが、すぐに会場はざわつき始めた。
「え、今、何が起きた?」
「これもしかして……新入生の魔力か?」
それまで誰も見ていなかったのに、急に会場中の視線が水晶の前に立つリンクに注がれる。
リンクは焦る気持ちを落ち着かせ、注目を集めるきっかけを作った張本人を問い詰めるように尋ねた。
「あなたは一体____」
「リンク・ブラウン。君はAクラスだ。
今後の活躍に期待しているよ。」
銀髪の女性がリンクの手にAクラスのバッチを握らせウィンクをした。
「待って_____」
リンクが答えを求めて女性に触れようとしたがその手は空振り、銀髪の女性は持ってきた水晶と共にその場から消え失せた。
ようやく状況を把握した会場から、割れんばかりの歓声があがる。
「すごいぞ新入生!」
「一般人なのになんてやつだ!!」
新入生達もありえない魔力を見せたリンクに賞賛の声を上げながら駆け寄ってきた。
「よくやった!一般人のミスターブラウン!」
「すごいよ君、何者なの?」
「よく見たら顔もイケてるな!」
「ちょっと、あの、落ち着いて……」
もみくちゃにされながらリンクはなんとか抜け出そうともがく。
ソフィアは集まる人だかりの外でリンクを助けだそうとしたが、興奮した新入生達の勢いに成す術もなく周りをうろうろすることしかできなかった。
「やっぱり、リンクは面白いやつだ!」
「………。」
目をキラキラと輝かせてリンクを見つめるエマと対照的に、アーサーは仏頂面でリンクから目を逸らした。
「以上で新入生の式典を終了する!
新入生はクラスごとに案内人の指示に従いガイダンスを受けること!以上!」
会場に溢れる歓声の中スミスは事務連絡だけ行うと、仕事は終わったといわんばかりに素早く杖を一振りし、その場から即座に姿を消した。
(目立たないつもりだったのに____)
初っ端から想定外の結果になったリンクの魔法学校生活が始まった。