第4話 異世界転生者
コポポ……と、紅茶を淹れる音が静かな部屋に響く。
この香りはなんだったかなと、匂いにつられてソフィアは目を覚ました。
「あ、起きた?」
ベットの横の椅子に座る少年が振り返り、ソフィアに優しく声をかけた。
「………えっと」
「ごめんね。さっき僕が自己紹介した時、どうやら無意識に魔法を使ってたらしくて、気を失わせてしまったみたいなんだ。
だからここ、二階の僕の部屋で寝かせていたんだ。」
ソフィアが失神したのち、リンクが無意識に魅了魔法を振りまいているということをメアリーに聞かされた。
これはどうやら天性のものらしく、普段から魔力の制御ができないリンクにはどうすることもできないものだった。
(しかし、女性を失神させてしまうなんて)
良い印象を与えてくれるのはありがたいが、被害者を出すのはさすがに問題がある。今後は気をつけないといけない、とリンクは肝に銘じていた。
一方で、ソフィアは状況をゆっくり思い出した。
(そうだ。お父さんに連れられてエミリーさんの家に来て、この少年と挨拶したんだった。).
なんとも情けないことに、恥ずかしがりやで父以外の異性と話すことが苦手なソフィアは少年______リンクの優しい魔力のこもった笑顔にあてられ、気を失ってしまったのだった。
すべてを思い出したソフィアがあわてて頭を下げた。
「いえいえ!む、むしろ私が……その、えっと、ご、ごめんなさい………」
「いえいえ、あなたは何も悪くなくて、魔力を制御できなかった僕のせいだから。」
またまた申し訳なさそうにリンクが答えた。
恥ずかしがり屋のソフィアには、魔法のせいだけでなく、リンクのその優しい笑顔にくらっときてしまったなんて口が裂けても言えることではなかった。
ソフィアは泣きそうになりながら視線を落とした。
「すみません……。
わ、私は、初めての人とお話しするのが苦手で…、その、し、失礼な態度をとってしまって、ごめんなさい……」
ソフィアの震える手を見たリンクは、先ほど入れた紅茶を持ち、ゆっくりと冷めたソファの手に握らせた。
「あったかい……」
「僕は失礼だなんて思わなかった。
それなら、何も問題ないよね?」
「え、えっと、でも、」
「でもは禁止!」
「え!」
「とりあえず、この紅茶飲んでみてほしいんだ。」
リンクは柔らかい目でソフィアの目を見つめる。
知らない人の目を見るなんてソフィアにはできないはずなのに、なぜがこの時はリンクの目をゆっくりと見返すことができた。
こくり、と一口紅茶を飲む。
すると、ソフィアの全身にまるで血が巡ったかのように温かさが広がった。
「?!!!」
驚きながらリンクを見ると、いたずらに成功した少年のように笑みを浮かべて告げた。
「これは僕が少し魔法をかけて入れた紅茶なんだ。
君の緊張がほぐれますようにって。
どう?うまくいったかな?
僕は魔力の調整が苦手で、普段の魔法はなかなか上手くいかなくって」
普段のソフィアならこのセリフが言い終わる前にリンクから目を逸らして布団に潜っていただろうが、今はそんなことをせずとも平常心で応えることができた。
「……はい、気分が落ち着きました。
知らない人の前なのに、焦る気持ちがなくなった気がします。」
「それは良かった!
……でも、さっき自己紹介もしたんだしいつまでも知らない人なのは悲しいな。
僕のことはこれからリンクって呼んで。
もちろん、敬語も禁止で。」
リンクは紅茶をもつソフィアの手を自分の手で包み、目を合わせて言った。
「り、りんく、」
「うん、ソフィア。これからよろしくね。」
落ち着いたソフィアとリンクはお互いの身の上話をした。
ソフィアは初対面の人や父以外の異性と話すのが苦手であること、リンクは記憶喪失であることと、エミリーに森で拾われたことについて___。
なお、記憶喪失や森で倒れていた話は他の人にはするなとエミリーに言われていたが、何故だかソフィアには話してもいいだろうとリンクは思っていた。
「それは大変だったね…。
そういえば、エミリーさんが弟子をとったって噂は聞いていたけど、まさかリンクだったなんて。」
「ほんとにエミリーには感謝してるんだ。
こんな僕を拾ってくれたし。ただ______
「ただ?」
「……エミリーは僕について何かしら気づいていることはあるかもしれないけど、それを僕には知らせないようにしている気がするんだ。」
「……え? なんで?」
「わからない。でも、なんかそんな気がするんだ。」
ここ数日、エミリーに言われた通り雑用をしながら生活していくうちに気づいたことがあった。
基本的に家に届く手紙(ポストもないのになぜか朝になるとテーブルの上に現れる)の分類はリンクがやっているが、一部の手紙については触らせることもさせないように先にエミリーが抜き取っていた。
それはエミリーの部屋のゴミを回収した時に、見覚えのない封筒が捨てられていた時に気付いたことだった。
(全ての封筒に目を通しているはずなのに、こんな封筒は見覚えがない。)
流石に手紙事情をわざわざ口に出して問い詰めることはなかったが、そんなことが何度かあった。
また、自分について調べてくれているとはいうが、今のところ特に何も分かっていないと言う。
エミリーが優秀な魔法使いだと言う話は度々町の人々から聞いていたし、何もわからないのにこんな身元不明の少年を手元に置くのは些か不用心すぎる気もする。
(たしかに強い魔法使いなら自分の身ぐらい自分で守れるはずたけど…)
しかし、確証もなく居候の身のリンクは言われた通りに雑用をことしかできなかった。
魔法に興味を持っているのは確かだが、自分の失った記憶についても勿論知りたいし知らないといけないとリンクは思っていた。
「正直、君のお父さんには僕のことを話していたみたいだし、今も僕の記憶や魔力についての話をしているかもしれないと思っているんだ。
どうやら、僕の魔力は人より多いらしいから…」
「うーん…リンクでも悩むことあるんだね。
意外かも。
あ、ごめん、いい意味でね!」
2人で話すうちにリラックスしてきたのか、ソフィアも思ったことをつらつらと口にするようになっていた。
「いやいや、ごめんね。初対面でいきなり、こんなこと言ってしまって____」
つい気が緩んで、話しすぎてしまったとリンクは反省したが、うーん、と少し考え込んだソフィアは思いがけない提案をしてきた。
「そんなに気になるなら、下の会話聞いてみる?」
「え?」
それだけ言うとソフィアはベットから降りるとぴとっと、自分の耳を床に当てた。
「えっと、、それで聴こえるの?」
たしかに一階で会話をしているだろうが、2階の部屋から耳を覚ましたと体聞こえるはずがない。
「うん……実はね、これ、私の一族の持つ能力でね、生まれつき異常に耳がいいんだ。
普段は魔法で抑えて聞こえにくくなるようにしているんだけど、そのリミッターを外せばかなり遠くの音も聞こえるようになるの。
魔法を使うと多分下の二人にすぐバレちゃうんだけど、これは魔法じゃないから多分バレないと思う……。」
「そんな能力があるんだ……すごいね!」
「えへへ……、でも、これもうまく調節しないと人の身体中の音が聞こえてきちゃったりして……
だから知らない人の体の音とか聞こえちゃうから話すのも苦手なんだ……。」
「そうだったんだね」
「あ、でも!この能力のこと口外するのはダメだからね!
お父さんに言われてて…」
「うん。言わないよ。絶対に。
僕の記憶の話もほんとは内緒の話だから、お互い様だね」
「そっか…。そうだね」
二人だけの秘密ができたことで照れ臭そうに笑うソフィアだったが、急に顔をしかめた。
「あ……話聞こえてきたよ!リンク、聴覚共有魔法して」
「…わかった」
リンクは逸る鼓動を抑えつつ自分の耳に魔法をかけ、ソフィアの聴覚と共有させた。
「それはほんとなのか?」
「多分な。……断定はできないが。」
「そうか…。ということは、あの少年は_____」
「ああ。それは間違いないだろう。
現在は私の掛けた魔法で本来の魔力の10分の1以下に抑えているだけだ。
過去の文献からかつての仲間から…
様々な手段で探ったが、あのような強大な魔力を持つ生物はこの世界のどこにも存在した痕跡は一切なかった。
つまり_______
彼は異世界転生者ということだ。」
その言葉が聞こえた途端、リンクは目の前がぐにゃり、と歪んでいくのを感じた。