第2話 交換条件
「とりあえず、私についてこい。」
金髪碧眼の美女はそれだけ言うと、森の中を歩き始めた。置いていかれまいと、慌てて少年は後を追う。
とても人が歩くための道とは思えないような生い茂る木々の中をしばらく歩くと目の前に小さな家が現れた。その時既に少年の息は少し上がっていたが、美女は疲れたそぶりも見せていなかった。
「あの……ここはあなたの家なのでしょうか?」
「そうだ。……というか、なぜこれしきの移動でそんな疲れているんだ。」
「記憶はないですか、普段あまり運動していなかったのかも知れません」
「……魔力が強いからといって身体の鍛錬を怠るのは感心しないな。」
そう言いながら、美女が家の鍵を開けて中に入った。
____魔力???
急に普段聞き慣れない単語が聞こえてきた。
訝しみながらも美女に続いて扉の中に入ると、そこには外から見た小さな部屋とは思えないほど広い部屋が広がっていた。
「な、なんでこんな広いんだ?」
家の中を見渡し唖然とする少年を気にもとめず、美女は左手を右袖の中に入れると一本の木の棒を取り出した。先っぽにかけて細くなっているその棒を軽く振るそぶりを見せると少年の後ろでひとりでに扉が閉じガチャリと鍵が閉まった。
少年は驚きつつも、これまでの会話と自分が見た光景の事実を確認する。
「あなたはもしかして……魔法使いなんですか?」
「私はエルフだが……まあ魔法が使えると言う意味では魔法使いとも言うな。」
「すごい。魔法なんてほんとに存在したんだ……」
少年は表情を輝かせて楽しそうに言った。
美女はそれを怪訝な顔で見つめながら問いかける。
「まさか、魔法についても記憶を失っているのか?
お前はそれほどの魔力を持っているのに……」
「魔力ってなんですか?
僕は魔法なんて使ったことないし、そんなもの現実にあるものではないと思っていますけど……」
状況が分からず困惑する少年の台詞に美女は少し考え込んでいた。
考えがまとまったのか、しばらくすると美女は部屋にあった一人がけのソファにかけ、困惑する少年を正面の大きなソファに座るように促した。
「……わかった。
お前の記憶を確認しながら、この国や魔法についても説明してやる。」
美女は名をエミリーと名乗った。
尖った耳と人よりも長寿と言う特徴をもつ、妖精族だと言う。(年齢は聞いたら怒られそうだ、と少年は思い確認していない。)
少年が倒れていたこの森は「恐惨の森」という、非常に危険な魔物が多くすむ森で地元の人々もあまり近づかない森らしい。少年がなぜそんなとこにいたのかエミリーに聞かれたが、記憶のない少年自身にもそれはわからなかった。なお、エミリーはこの森の守り人として入り口で人々が無闇に入らないよう守っているらしい。エミリーは魔除けの聖紋を持ち歩いているため、魔物が近づいてこないという。
(自分が無事だったのは運が良かったのかもしれない。)
少年は身震いしつつ、自分の幸運をありがたく感じた。
「ところで、魔法ってどんなものなんですか?
僕はそんなものお伽話でしか知らないんですが、所謂___杖を振って、呪文を唱えれば思う通りになるもの?
」
「……まあ、そんなようなものだ。」
エミリーによると、魔法は人や妖精といった知的生物が使用できるという。
そして、その魔法の威力は使用者の持つ魔力に依存すると言う。少年はその魔力というものが、一般的な人よりも遥かに多いらしい。
「魔力が多いと言うのは、この世界ではそのまま権力の強さにつながる。もしかしたらお前は、どこかの貴族の子供なのかもしれないな。
一応、行方不明届がでていないか確認しておこう。
それから、ちょっとこのソファに寝転んでみてくれ。」
初対面の相手の前で寝転び隙をみせるのは不用心かもしれないが、記憶のない少年は言う通りにするしかない思い、言われた通りにソファに寝転んだ。
「目を閉じて、ゆっくり息を吐いて、、」
目を閉じて息を吐く。
上でエミリーがなにかを唱えているのが聞こえる。
音が止むと同時に、目の奥に光を感じた。
「……よし、目を開けてみろ。
なにか、思い出したりしたか?」
目を開けて起き上がる。
しかし、少年の記憶には何の変化もなかった。
「すみません、、特に何も」
「ふむ……やはり、単純な記憶喪失ではないようだ。原因追求も難しそうだな。
しかたない。ひとまず、ここで暮らせ。」
「そんなこと、ご迷惑では……?」
記憶のない少年にとってはありがたいことではあるが、見ず知らずの異性(種族は違うようだが)と生活するなんて良いのだろうかと、遠慮してしまう。
「勘違いするなよ。
もちろん雑用はしてもらうし、この国のルールや基礎魔法ぐらいは覚えてもらうつもりだ。
そして、そのお前のその人並外れた魔力は私も気になるし、調べたいこともある。
一方でお前は、記憶はないが私の元で安全に生活できる。
どうだ?お互いにとって、悪い条件ではないだろう?」
少年の気持ちを汲み取ってくれたのか、わざわざ正当な理由までつけてメアリーは少年を勧誘した。
ここまでされては引き下がるわけにもいかない。
美しい妖精の優しさに感動しつつ少年がよろしくお願いしますというと、メアリーは悪戯っぽく笑い杖を一振りした。
すると、少年の目の前でバラバラと音を立てて掃除用具が降ってきた。
「それじゃ、トイレ掃除からよろしくな。」
それだけ言うとまた杖を振り、その場から姿を消した。
(……ていうか、そんな魔法使えるなら掃除だって魔法でできるのでは?)
少年はまるで意地悪な継母に騙されたかのようだと思ったが、安全な家を与えてもらっているのだからこれくらいはしょうがないと、諦めて掃除に取り掛かった。