第1話 最初の出会い
そよそよと、暖かい風が頬に当たる。息を吸うと、微かに土の匂いを感じる。遠くからは鳥のさえずりが聞こえる。まるで森の中にいるかのようだ。しかし、家のベッドで寝てるはずなのになぜそんなことを感じるのだろう。微睡んでいた頭が急に冴えて、じわじわと意識が現実に戻ってくる。
(状況を確認しよう。)
少年はゆっくりと目を開けた。
その細められた黒い瞳の先には、青と白のコントラストが広がっていた。それは紛れもなく空だった。
一際強い風が吹くと、遠くの木から鳥の大群が飛び立つ。ふと、手のひらに伝わる感触から少年は自分が草の上で寝ていることに気がついた。これは夢の中なのかもしれないと、朝露に濡れた指先で頬をつねる。途端、わずかに頬が濡れて馴染みのある痛みが広がった。
少年はようやく自分が現実世界にいると認識した。が、そう認識したところでなぜ森の中にいるのかは思い出せない。いくら考えども、少年の頭には何も浮かばない。それどころか、自分の名前するわからなかった。
(そうか。僕には記憶がないんだ。)
それが分かったところで、どうすることもできない。記憶がないからか悲観的にはならなかったが、特に何かをしたいとも思えない。どうしたものかと、手の甲に止まった蝶をながめる。とりあえずもう一度眠ってしまおうか。再び瞼を閉じかけた時、カサカサとなにかが茂みをかき分ける音が耳に入った。穏やかな時間が流れていたが、そもそもここは森のようだ。獣がいても不思議ではない。
少年は二度寝を諦め立ち上がった。いざという時は逃げるしかない。覚悟を決めて走りだそうとしたとき、茂みが再び激しく揺れ何かが突然現れた。
びくっと少し体を警戒させるも、恐る恐る咄嗟に瞑った目を開きその何かが現れた茂みを確認する。
____そこには、1人の女性が立っていた。
少年は流れるような金髪と透き通る白い肌からのぞく青色の瞳についつい目を奪われる。まるでさっき見上げた空を閉じ込めたようだと。対して女性は、戸惑いの表情で少年を見つめていた。
しばらくの間互いに無言で見つめ合っていたが、覚悟を決めた表情に変わった女性がゆっくりと口を開いた。
「……お前は何者だ?」
「何者……と言われましても…
僕は一体、何者なんだろう」
「は?」
よくわからないけど隠し立てすることもないだろうと、少年は思っているままのことを話す。
「すみません。どうやら僕には記憶がないみたいなんです。」
にこっと愛想笑いを浮かべて言うと、今度は少し嫌そうな表情を浮かべて少年を見返してきた。