悪役道場
ただ強くありたかった。
それだけで過ごしてきた、勇者育成校での6年間。
だが、俺の望みは叶わなかった。
「今年度の代表勇者は、レオナルド!!」
歓声の中、名前を呼ばれて高々と拳をあげるアイツと、下を向き唇を噛み締める俺。約束を果たせなかった申し訳なさ。そして、彼の隣に立つであろう彼女を思い、悔しさが胸に込み上げる。
世に蔓延る『魔王』と言う名の魔物を狩るために、俺たち『聖剣』スキルを持つ男達は、この勇者育成校に招集される。
そこでトップ、代表勇者に選ばれた者を中核とし、パーティを立ち上げて討伐に向かう。
そのパーティメンバーも既に決まっていて、騎士学校の最優秀者、魔法学校の主席、そして…
「本年度の聖女に選ばれたのは、エマさんです。皆様、拍手でお送りください。」
聖学校から選出される、聖女。
本年度の聖女であり、いつか勇者と聖女として旅立とうと誓い合った、俺の幼馴染でもある彼女は、少し寂しそうにこちらを見て、それから笑顔で壇上に上がった。
次々と壇上に登る、選ばれし者達。情けなさにそれを見ることも出来ず、俺は会場を去った。
☆(シリアスさんも退場しました。)☆
空を眺めながら街を歩く。ずっと目標としていた勇者になれなかった俺は、これから先の事を考える必要が出てきたのだ。
村に帰って畑を耕すか、フリーのハンターになって魔物退治をするか、それとも。
「勇者パーティの補佐に入るしか、エマと一緒にいる方法はない、かぁ。」
だが、補佐パーティの仕事は、勇者の為に雑魚を蹴散らすか、後方支援しか出来ない。エマと一緒に戦うなんて事が出来るとは思えない。
「どうすっかなぁ……ん?」
ヒラヒラと舞い落ちてきた一枚のチラシ、思わず拾ってしまったが、どうせ大したものじゃないだろうと内容を読む。
「悪役道場…?」
『悪役とは、主役を輝かせる為に絶体不可欠な者たちです! 当道場に通えば、密かに主役達を助ける、一人前の悪役になれる事は間違いなし! さあ、あなたも、私達と一緒に立派な悪役を目指しましょう!
場所は ーー」
なんとまたふざけた内容のチラシだ。クシャっと丸めて、放り捨てようとしたとき、俺の頭には天啓が舞い降りた。
「悪役になれば、エマを輝かせる事が出来る…?」
丸めたチラシを広げ、場所を食い入るように見る。
だが俺は気づいていなかったのだ。俺に対する主役とは、勇者レオナルドである事を。
「ここが、悪役道場か。」
王都内にある、立派な門構えの道場。中からは威勢の良い掛け声が響いている。
さて、どうやって声を掛けようかと思っていると、後ろから声をかけられ、大きく肩を揺らしてしまう。
「もしや、入門希望ですかな?」
声をかけて来たのは、いかにも威厳のありそうな老人だった。
「あ、はい。取り敢えず見学してみようかと思いまして。」
「結構結構。ふむ、何かお辛い事があったとみえる。もしくは人生に迷っているのですかな? そんな方には特に向いていますよ、悪役と言うのは。」
どうぞ、と言う老人について、門を潜る。すれ違いざまに会釈をする人達に、老人が立場のある人間だと知る。
「ここでは基本を教えて、その後でその人その人に向いた指導を行なっています。まずは、基本クラスを見ていきましょう。」
基本クラスに到着すると、そこでは、椅子に座った人、そしてもう一人がそれを蹴倒して居る所に遭遇した。
「テメーみたいな無能は、俺のパーティにいらないんだよ!」
「ごはっ!!」
胸にくる言葉に、思わずむせる。どうしましたか? と聞く老人に、大丈夫と告げながら質問する。
「あの、あれは一体何をしているんでしょう?」
「はい、あれは『ざまあ系追放』の練習ですね。無能だと思って追放した者が実は有能で、それに気付かなかった自分こそが無能だった、と言う、盤面をひっくり返されるタイプの悪役です。」
なるほど、たしかにそう言われてから見れば、蹴倒して居る人は、醜悪な顔を作っている。しかし、
「それは、悪役と言うよりも、ただのチンピラか乱暴者では?」
「いいえ、今の時代に沿った、立派な悪役ですよ。ただ、直ぐに状況をひっくり返されるので、主役を輝かせる期間も短くなりますが。」
それでは次へ、と言われ、ここを後にする。微妙に納得がいってないが、本職の言う事なので間違いは無いのだろう。
次の場所では、二人の男と一人の女が言い争いをしているようだった。
「なんだお前、気づいてなかったのか? コイツはもう俺の女なんだよ!」
「ふふん、アンタみたいなお荷物と違って、彼は凄いんだから。もちろん、夜もね?」
「がっふう!!」
あまりにピンポイントな言葉に、胸を押さえて膝をつく。どうしましたか? と聞く老人に、大丈夫と告げながら質問する。
「あ、あれはどう言う…?」
「あれは『寝取り系性悪』の練習ですね。恋人や幼馴染、或いは主役に好意を抱いていた者を奪って、後に復讐されて悲惨な末路を辿るタイプの悪役です。」
なるほど、言われてみればどことなく、悪役側の二人は、頭の軽そうな表情を浮かべている。
「しかし、それってただの間男と浮気女ですよね? しかも主役が復讐って……。」
「いえいえ、これもまた、今の時代に迎合された立派な悪役ですよ。主役には新たな出会いを与え、やや恒常的に輝かせる事が出来ます。復讐による、一時のスッキリ感も人気の一つですね。」
俺は首を傾げながらも無理やりに納得し、次に向かうという老人についていく事にした。
しかし、ここって、本当に大丈夫か?
「劣り続けた俺は、貴様を殺す為だけにこの力を手に入れた…、最早俺に恐れるものなど何も無い、貴様を殺し、仲間も全て殺してやる……!」
「いやそんな事思ってもねぇよ!?」
あまりにタイムリーな言葉に思わずつっこんでしまう。どうしましたか? と聞く老人に、大丈夫だと告げながら質問する。
「あれは、復讐者的な悪役ですか?」
「そうです。より詳しく言えば、身の程知らずな者が、正当な評価を受けた者に嫉妬し、自らの破滅すら厭わず力を手に入れて、覚醒した主役にアッサリと倒されるタイプの悪役です。主役の強化イベントの一つですね。主役の強さはこれからも残り続けるので、かなり恒常的に主役を輝かせる事が出来ます。中盤のテコ入れにもよく使われていますよ。」
「え、アッサリと倒されるんですか!? あんな登場の仕方で!? かなり強キャラ感出てますけど……。」
「それが今の時代の悪役というものですよ。さて、ここまでご覧になってどうですか? 入門の有無は是非は決まりましたかな?」
そう言われて少し考える。何というか、俺の思っていた悪役とは随分と違っていて、まだ混乱している。
この疑問もぶつけてみれば何か分かるかもしれないと思い、質問を続ける。
「俺は、悪役と言うのはもっとこう、陳腐なセリフになりますが、真に主役の倒すべき敵となるような、例えば、部下は悪役の為に命すら惜しみませんよね? そう言うカリスマ性があり、実力を備え、敵に容赦なく、身内に寛容で、品性、知性を兼ね備え、主役を苦しめながらも、どこか成長を期待しているような、そう言うものかと思っていたので、少し混乱しています。」
「もう遅い。」
「えっ!?」
「いや失敬、今流行の言葉をつい。たしかに、貴方の言うような悪役がいた事もありました。しかし、最早時代遅れ! むしろ、そう言う悪役は主役になってしまった方が宜しい。何故ならば…」
老人の突然の大声と真剣な表情に、俺は思わず息を飲み、続きを促す。
「何故、ならば…?」
「現代の主役の多くは、メンタルが弱いからです。特別な力を手に入れなければウジウジするばかり、美女や美少女がいなければ人助けすらせず、自分より強い敵に出会うと、倒す算段を立てるでもなく、仲間を逃すでもなく、まず初めに逃げる事を考えます。そして、備わった特別な力を頼って、僅かな代償を大袈裟に騒ぎ立て、何の成長もないまま打倒してしまう。そう言う主役ばかりなのですよ。」
そう言って悔しそうに顔を歪める老人。
「更には、それで悪役が主役を完全に喰ってしまい、スピンオフなどで主役になってしまう事もあります。それは既に悪役ではありません。悪役主人公です。」
「たしかに、そうなってしまえば完全に悪役の領分を脱してしまいますね。てか主役のメンタルどうなってんだ…。」
「主役を圧倒し、苦難を与え、時に共闘し、時に恋に落ち、しかし最後にはやはり打倒される。それこそが悪役の本懐だと思うのですがいやはや、時代には勝てぬと言う事なのでしょうなぁ。」
「ご苦労を、なさっているんですね。」
「いえ、今では私がそれを与える立場になってしまっているのですから、ただの年寄りのボヤキだと思ってくだされば。それで、どうされますか? 入門、なさってみますか?」
俺は心を決めて、握手の為に手を差し出した。未だに納得できない事は多いが、この老人から教えを受けてみたいと思ったのだ。
「……宜しいのですか? 貴方は、もっと格式高い悪役を期待していたようですが。」
「それは期待していましたが、今は単純に、貴方の教えを受けてみたいだけです。」
「ありがとう、ございます。必ずや貴方を、立派な悪役へと導いて見せましょう。」
「宜しくお願いします、師範。」
これが、俺が悪役の道を目指し始めた、第一歩である。
ーーしばらくの後。
「レオナルド! テメーは追放だ!」
「な、なにを言っているんだケイオス! 勇者パーティから、勇者を追放なんて!」
「ハッ、中途半端な肉体能力に、騎士の足元にも及ばない剣技、魔法使いみたいに魔力が多いわけでもない。守りの部分では俺とエマばかりが働いてんだ、お前がこのパーティーにいる意味なんてねーんだよ!」
「し、しかし…、そうだ、皆んなは、皆んなは納得しているのか!?」
「はは、お前に味方する奴なんていねーよ、なぜなら、コイツら皆んな、もう既に俺の女なんだよ!」
「そんな、エマさん? ビクトリア? アンジュ?」
「分かったらとっとと出ていきやがれ、俺たちはこれからお楽しみだから、よおっ!!」
ーー更に時は経ち。
「僕は、あの人に教えを受けて変わった。君を倒すための力、闇の力を受け入れる事によって、勇者をも超える力を手に入れたんだ! 君に勝ち、かつての仲間たちをも倒させてもらう! 覚悟はいいか!!」
「その語り口お前も入門したのかよ!!」
「教えは変だが師範は良い人だった!」
「めっちゃ分かる!」
激しい死闘から、二人は和解こそしなかったが互いを認め合い。この後、世界は光と闇の両勇者によって、守られていくことになる。
悪役を目指すものよ、悪役道場では皆様の入門をお待ちしています。
結構読み直したつもりなんですけど、内容がよくわからんかったって人は感想にでも書いてください! オナシャス!