迷子2
毎日更新とは?
フスフス
ふと目を開ける。湿った身体と、消えかけた焚き火。そんなに眠っていた訳ではないらしい。
背後から小枝を踏む音が聞こえる。ゆっくりうつ伏せになり、顔を上げる。
「っ…!」
でかい。熊だ。でかい。初めて見た。
フスフス、フス
嗅ぎながらゆっくりと近付いてくる。やばい。怖い。寒さと恐怖で脚が震える。走ったら逃げれるのか。
「…ぁ…」
掠れて声も出ない。何か無いか。急に動くと襲い掛かってきそうだから、ゆっくり後ずさる。リュックは持っていけるか…。
グウグウ
?熊の鳴き声?こんな間抜けな感じなのか。くそっ。爪が顔が牙があの身体のデカさが全て怖い。静かに、音がしないようジッパーを開ける。ジジ、ジジ、お腹がすいただろう、私もだ2つともくれてやる。
フッと熊との間におにぎりを投げる。なんの具か忘れた。お願いだから食いついてくれ。
フスフス
じっと頭を下げたまま見つめる。食え、食え食え。咥えた!瞬間反対方向へ走り出す。消え掛かった焚き火を踏みつけ火花が散る。幸いか月明かりで辺りが見える。傾斜を滑りながら転がりながら走る。
グオオッ
「っくそ!」
そう遠くないところから咆哮が聞こえる。2つじゃダメか!くそっ!私が住んでいたところは熊が棲息していないと言われていた。あんなやつ動物園で転がってるくらいしか見たことがない。
ドスドス
振り返る余裕がないくらい音が近い!やられる!なんでだよ!なんだよここ!脚がもつれる!くそっ!
グオォ!
「あっつ…!」
左から衝撃を受け倒れ込む。くっそあっつい!
「あぁ…っ!」
もう追い付かれたのか…!くそ痛いっ!左肩が痛い!腕がくっついてるのかどうでもいい、右腕だけで後ずさる。電車に轢かれて森で目覚めて熊に殺されるってなんだそれ。
グオオオッ!!!
立ち上がり咆哮を上げ、トドメとばかりに爪を振り下ろす。ここで終わりか、1回目の時とどっちが痛いんでしょうね!右腕で土を掴み駆け出す。まだ諦めない!まだたった数時間しか生きてない!このまま逃げ切って朝までやり過ごして!街探せばどうにかなる!にげっ
「るっ!!?」
足が空を切る。後ろをよく見てなかった、崖か!熊っ!お前も落ちろ!振り返ると空ぶった熊と目が合う。ギリギリのところで踏みとどまったヤツが辺りを見渡し何処かへ走り出すのが見えたと同時に全身が地面に叩きつけられる。
「ぐあっっ!」
左肩が衝撃で千切れたかと思った。まだ生きてる。大した高さの崖じゃなかったか。左肩を支えながら立ち上がる。痛い、痛い、あいつの走る音が聞こえる。もう走れない。逃げきれない。このままじゃっ…!
パァーン
グオオン!!!!!
伸びた音と叫び声が聞こえた。
声の方向を向くと、熊が苦しんでいる。
ジャキ、チャッとリロードの音が聞こえる。
パァーン
グウゥ!
ジャキ、チャッ
身体に当たって怯んだのか、熊が逃げ帰って行く。銃で死なないって訳が分からないが、とにかく助かった。助かったと思った瞬間脚の力が抜ける。
「助かったぁ……」
パキリ、パキリ、と小枝を踏みしめ近付く音に話し掛ける。
「すみません、助けていただいてありがとうございます。もう死ぬかと思って…」
よく見えなかった音の主は、月明かりに照らされて綺麗に輝くブロンドだった。まずい言葉が通じるか、え、ここ海外?
「日が沈んでから出歩くなんて命知らずね、どこから来たの?」
銃を構えられ落ち着いた声で質問される。よかった言葉が通じる。
「ここがどこか分からないんですが、目覚めたら森の中で。熊に襲われて…」
ここで目覚めてからの経緯を簡単に伝える。電車に轢かれたことは伏せるが、何故か気がつくと森の中にいたこと、ケータイも圏外で救助を呼ぼうにもどうしようも出来なかったことを話す。せめてこの肩の治療を出来ないか、と。
「なるほどね…」
銃を降ろしてくれた。よかった、とりあえず警戒は解いてくれたらしい。このまま安全なところまで連れて行ってくれるだろうか。
「立てる?」
首を傾げて聞いてくる。
「た、立てます!っつ!」
立ち上がった瞬間左肩に痛みが走る。安心したからか今更ながらめちゃくちゃ痛い。
「うちがすぐ近くにあるから治療しましょう。歩ける?」
「大丈夫です…お願いします…」
痛む肩を押さえながらお姉さんの後についていく。結構血が出てる気がしていたので怖かったが、家は本当に近くだった。自分でもまだ意識がしっかりしている気がする。そんなに大怪我じゃないのかもしれない。ただ、早く治療して休みたい。
「ここよ」
案内されたのはログハウス風の小さな家だった。部屋の角に小さな暖炉がある。どこかで見たような暖かい家だ。隙間風が吹き、歩くと床が軋む。それでも野晒しよりはましだ。ガタガタの椅子に座るよう促されたのでリュックを床に置いて恐る恐る腰掛ける。よく見るとリュックの肩紐が千切れかけていた。
「服脱げる?」
言われた通り脱ごうと試行錯誤してみたが、引き攣って痛みで変な声が出る。
「いいいぃっ…すみません、引っ張ってもらえませんか…」
「うん」
デニムのちょっと厚めのジャケットだったので後ろから脱がせてもらった。それだけでもめちゃくちゃ痛い。
「シャツは切るわね?あぁ、ジャケットが硬いからそこまで深い傷じゃないわ。ただ少し縫った方がいいわね」
その後麻酔無しの拷問のような治療を受け、着替えさせてもらった。
「とにかくゆっくり休んで。明日詳しい話しをしましょう。ここには貴女の他にも渡ってきた人がいるから、色々聞いてみたらいいわ」
極度の疲れと緊張と痛みで話半分も聞けていないが、鎮痛剤だけ流し込んで固いベッドで横になる。明日、ちゃんとお礼を言おう。
吸い込まれるようにして眠りについた。