迷子1
1日1更新目標
むせ返るよう濃い土の匂い。
木々のざわめき。
湿度を含んだ重い空気。
「夢じゃなかった…」
目覚めると森にいた。
朝までは普通だった。いつも通り起き、いつも通り準備して、電車を待って、、、
そう、向かいのホームの電車と勘違いして乗ろうとして、
「っあああ…!」
胸もとを掻きむしる。息が止まる。私はあの痛みを覚えている。頭だけでなく身体も。
あの時、特急列車に飛び込み身体が持っていかれたはずだ。
「っ…はぁ…はぁ…はぁ…」
全身を弄る。あの感覚は何だったのか、全部くっついているのか。頭も腕も腹も脚も全てそのまま。
「生きてる…」
深く息を吸い込み、吐く。ここにいる。ならここはどこだ。濃い土の匂い、まばらに生える木。空は見える。薄赤く染まるのは日が沈む前?とにかく何か行動しないとまずい。背中にリュックはある。ケータイは…ポケットにあった。
「圏外だよな…」
息を深く吐き、重い身体を起こす。
「見渡す限り木か…」
360度木。ただそんなに太くもない。森、、、いや林か?いや、そんなのどうだっていい。どこかに道はあるのか、電波が届く場所はあるのか、考えることは沢山ある。
「とりあえず水場を探すんだよな…」
サバイバル知識なんてない。ネットで聞き齧ったくらい。だがもうすぐ夜が来る。無闇に動き回るよりもまずは火と水の確保か。
「燃やせるような枝はその辺に落ちてる。水ってどう探すんだっけ…」
リュックの中に何か入れていたか…?ジップを引っ張り開ける。このリュックも形がかっこいいから買ったものだ。もう3年ほど使っている。中がクッション地で仕切られていて、パソコンとかタブレットとかを入れておける。そんなものは持っても使う機会もないけど。
「コンビニ寄ったんだっけ」
毎朝コンビニで買う950mlのコーヒーとおにぎり2つ、タバコとライターと携帯灰皿、鎮痛剤、ファイルケース、それと仕事道具。
「まぁ、そんなもんか」
コーヒーでも無いよりはましかな。おにぎりもあるし。一口だけコーヒーを飲み、リュックに仕舞いこむ。少し、気持ちが落ち着いた気がした。立ち上がり、少し歩く。サクサク踏みしめる音がなんとも心地良い。辺り一帯は緩やかな傾斜になっていた。
「このまま降るか、登るか…。」
確か水は谷にあるんだよな。ならこのまま下った方が川に行き着く可能性は高い?ここが高い山なら上に行った方が上流があるんだっけ。いや登ったあと降る体力があるか、わからん。
「降るか。」
とにかく悩む時間はなさそうだ。空の色が濃くなってきている。枝を1本拾い折ってみる。パキッといい音が鳴る。これでいいはず。他の枝でも試すが、どれも小気味良い音で折れてくれる。
「乾燥した枝じゃないと燃えないはず」
軽く拾いながら歩くことにする。どれくらい必要なのかは分からないが、この先湿った枝ばかりで後戻りしなければならないくらいなら今拾ってた方がましか。
「あーーー腰痛っ」
この拾う作業なかなか腰にくる。とりあえずひと抱えほどの枝を集め地面を軽く足で均す。結局思ったよりも日が沈むのが早そうだったので水場は諦めた。それよりも汗でシャツが濡れていて寒い。歩いてかいた汗と、目覚めた時の汗。背中はリュックで守られたが、お尻は地面につけていたからか少し湿っている。
「とにかく火!」
ここの夜は寒いのか、何からしたらいいのか優先順位が分からず頭がこんがらがる。とにかく火を着ける、それから落ち着いて考えたらいい。
細い枝から重ねて、その上から少し太い枝を乗せる。リュックのケースから紙を取り出し丸めてライターで火を着ける。
「…これでいけるか…?」
自然と呼吸を止める。息が掛かったら火が消える気がして。
パチッと枝が鳴る。程無くして火が着いた。想像よりも簡単に燃えてくれたのが有難かった。
「ふう…」
腰をつけて空を仰ぐ。
「はあーーー…」
どっと疲れた。リュックに頭を乗せ、少し横になる。
「運動不足か…」
目を閉じると焚き火の暖かさとパチパチ爆ぜる音が聞こえる。少しだけ眠ろう。朝になってから考えたらいい。ここがどこだって、今は少し疲れた。