一家揃って掌の上
それから買い出しに出た父さんを見送ってナナ先生のところに戻る。
「ロッド君、先程お父様がお出かけになられましたがお買い物でしょうか?」
「そうですよ。歓迎会の準備です。」
「そういうことでしたら私も荷物持ちぐらいはさせていただきたかったのですが...」
いくら見た目が若いからって57歳の女の人に荷物持ちなんかさせられないよ...
でもそのまま伝えるのは流石にマズいし失礼...だよね?
「大丈夫ですよ先生。父さんは見た目以上に力持ちですし、冷却炉にもまだ食材は結構ありますから。」
冷却炉っていうのは家の外にある箱みたいな装置で、中はすごく冷たい。
食材を保存するために使ってるけど冷たすぎて何でもかんでもカチンコチンに凍っちゃうから微妙に使いにくいんだよね...
魔力カートリッジっていうので動いてるらしくて、この前歴史の授業で習った話だと、300年前にはこういう生活魔道具が発明されてほとんど形を変えずに今も使われているんだっけ。
「そう、ですか?ですが甘えてしまうのもやはり気分が落ち着かないですし、魔術を使えば速く済ませられると思いますよ?」
「先生。魔術についてちょっと相談なんですけど、僕が魔術の指導を受けていることと先生が魔術師ってことはウチとこの町の教会の司祭やシスター以外には秘密にしておいて欲しいんです。」
「それは...なぜでしょうか?」
「いやー、俺も理由はわからないんです。司祭のおじさんと両親がそう言ってるからそうしてるんですよ。ちなみに先生は母さんの商売相手ってことにするらしいです。近所の人に聞かれたらそう答えておいてください。詳しいこと母さんが帰ってきてから聞いてください。」
「...わかりました。あとは御両親にお伺いしますね。」
さっきまでにこやかだった先生の顔の眉間にちょっと皺が寄ってる。
あんまり納得できなかったのかな?でも俺はこれ以上の説明はできないし... 話題を変えよう。
「そうだ先生。俺の魔力ってどんな感じなんですか?ちゃんと魔術師になれます?」
「ふふ、やっぱり気になりますよね?では、少し確認してみましょうか。」
先生の顔が優しい笑顔に戻って俺の頭に手を置いてきた。
な、何これ...?先生が触っているのは俺の頭なのに全身を撫でられてるみたいだ...
結構くすぐったいかも。と思ったら時々肌寒さも感じる。
「あ、あの、先生?ちょっと冷えてきたんですけど...」
「ふむ、そういう感覚ですか...」
ウンウンと先生が頷く。
「なるほど...ロッド君はきっといい魔術師になれますよ。私がついていますから。うふふ、楽しみになってきました。」
先生は笑ってたけど、俺にはなんとなく無理をしているように見えた。
ガチャッ
玄関が開いた音がした。
先生には居間で待っててもらうように言って俺が出迎えに行くと
「あれ?父さんもう帰ってきたの?はや―――」
「ただいまーロッド。もう先生はいらっしゃっているかしら?」
帰ってきたのはまだ仕事中のはずの母さんだった。
「え、母さんどうしたの?帰ってくるの速すぎない?仕事は?」
「お父さんが心配だからに決まってるじゃない。あの人が先生をちゃんとおもてなしできるか気になり過ぎて仕事どころじゃなかったの。私の秘書に事情を説明して早上がりしてきたわ。」
「俺もいるからそんなに心配しなくて大丈夫なのに。ちなみに肝心の父さんは俺に先生の対応を丸投げして買い出しに行ったよ。」
「あ、あの人ったらほんと...」
「それは後で本人にね。先生もいるからとにかく挨拶したら?」
「...ええ、そうしましょう。」
ということで居間にいる先生に母さんを紹介。
「先生、母さんが帰ってきたので紹介しますね。ニーナ=ナターンです。」
「初めまして。ロッドの母、ニーナ=ナターンです。手狭な家でご不便だとは思いますが、どうかご容赦ください。息子のこと、よろしくお願いします。」
これは仕事モードの挨拶だ。
「初めまして。この度ご子息の指導をさせていただくことになりました、ナナティエラ=アニムカルスです。私のことはどうぞナナとお呼びください。それと手狭だなんてとんでもない。このような素敵な家で厄介になれること、嬉しく思っております。」
先生も玄関で挨拶した時と違っていかにもできる大人のやり取りって感じ。ご子息なんて呼ばれるの初めてだよ。
「そう仰っていただけて幸いです。ところで、先生はその...おいくつなのでしょうか?」
あーあ、やっぱり聴くと思った。
先生の方を見るとちょっと意地悪そうに笑って俺に顔を向けてきた。
「うふ、ふふふふ。ロッド君、お母様に説明してもらえますか?」
ええー...俺なの?意外と人が悪いなあ。
「母さん、先生はその、57歳だって。息子さんとお孫さんもいるらしいよ。」
「............」
完全に固まってる。感情が読めないな...
「母さん?おーい、大丈夫?」
母さんは視線だけ俺の方に向けてからまた先生を見つめる。眼力つよっ。
「先生、後程2人きりでお話できますか?夕飯の後に私の部屋で。」
母さん、瞬きしてないよ。怖いって。
「はい、こちらこそ是非!これから同じ家で暮らすのですから、親睦を深めたいですね!」
先生も母さんの視線の鋭さを感じてるはずなのに、余裕の表情だ。
これが年上の余裕ってやつ?まあ喧嘩とかするわけじゃないんだから俺は何も突っ込まないよ。
それにしてもナナ先生って、いい人だとは思うけどなんというか、読めないな...