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螺旋を描く魔術師 ~力こそパワーというのは時代遅れだ~  作者: 古賀ノコギリ
第1章 学院の洗礼
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怒り

「ベクターさん、ありがとうございます。一歩だけ、前に進めた気がします。」

「その一歩が大切なんだ。それを積み重ねることもね。僕の方から言っておいてなんだが、大丈夫か?」

「大丈夫です。ちゃんと自分で選びましたから。もしかしたらそう思い込んでるだけかもしれませんけど...でも、今は自分の意思だと信じています。」

「ならよかった。業務外サービスの甲斐があったよ......さて、話をハイオシェンツ家とのことに戻そう。先程奴らの悪意の矛先を君だけに向ければいいと言ったのは覚えているか?」


 そういえばそうだった。だいぶ話が逸れたから忘れかけていた。


「はい、覚えてます。でも俺にはやり方が思いつかなくて......。」

「問題ない。君にその覚悟があるのなら、作戦は僕が立てるよ。どうする?乗るか?」

「...あの、なんでそこまで肩入れしてくれるんですか?路地裏で見逃してくれたこといい、俺とベクターさんは今日会ったばかりですよね?それに今も素で話してるってことは当然これも業務外サービスってことですか?」


 ベクターさんはしばし目をつぶって考えている様子を見せる。やがて考えがまとまったのか、口を開いた。


「先程も言った通り、僕は君に興味がある。だがそれは君が一般家庭出身というのだけが理由じゃない。君に聞きたいことがあってね。路地裏での乱闘の時に相手の魔術を封じたんじゃないか?」


 ...マジかよ。何でわかった?ナスターシャと違って実際に見てたわけでもないのにわかるものなのか?どうしようか......。


「...それ、答えなかったら作戦は立ててくれなかったりします?」

「君は駆け引きが下手だな。残念だがその返しでは肯定しているようなものだぞ?まあ13歳の少年相手に腹の探り合いで負ける32歳というのも情けないが。」


 ダメか。顔に出やすいことといい、俺は嘘が下手糞だと流石に自覚した。


「駆け引きが下手というのは何も短所ばかりではないよ。私の考えている作戦にはむしろうってつけと言っていい。生の感情をむき出しにしてこそより高い効果が期待できる。」

「はあ、そうなんですか?...まあ、相談に乗ってもらった礼もありますし、絶対的に信頼できる人以外に教えないと約束してもらえるなら、種明かししますよ?」

「治安維持隊士として約束する。」


 ―――俺はベクターさんに "無限(エンドレス)" と俺の体質その他もろもろについて説明した。

 とは言っても流石に奥の手や秘密兵器については訊かれていないので何も言ってない。


「...面白い。面白いね、君は。実に個性的な魔術師だ。しかし放出タイプにそんな弱点があったとはね。君のやり方を他の感知タイプが真似できなくても、その魔力操作の原理を応用して放出タイプと渡り合うこともできるか...?」


 ベクターさんが考えに耽って独り言を始めた。ちなみに、普通の感知タイプもかなり練習すれば放出タイプとやり合える術をすでに開発しているが、これは魔術の発動そのものを防げるわけではない上に、相手に畳みかけられると受けきれないからあくまで "無限(エンドレス)" を破られた時の保険みたいなものだ。

 本当に万が一の時の術なので、そこまで追いつめられるぐらいならさっさと秘密兵器で何とかした方がいいとは思うが、普通の感知タイプにはそこは関係ないか。まあいざという時に使える術が多いに越したことはないだろう。


「あのー、それで作戦というのは?」

「ん?ああ、すまない。大変参考になる話だった。ありがとう。で、作戦だが、簡単に言うと明日の入学式で読むこの原稿、これを利用して宣戦布告するというものだ。ただ、この作戦を決行すれば敵はハイオシェンツ家だけでは済まなくなる。学院どころか国家権力にも喧嘩を売ることになりかねない。あの悪魔どもは怒り狂うだろう。そうすれば奴らの怒りの矛先は君に集中する。とはいえ奴らは狡猾だ。君のご家族が絶対に巻き込まれないとも言い切れない。だから明日の宣戦布告で魔術社会が荒れている間に手を打つ。で、具体的にどうするかだが――――」


◇ ◇ ◇


「ベクターさん、こんな作戦いつ用意したんですか?」

「君が乗ってくれると信じてたのさ。」

「いや今日会ったばかりでしょう...微妙に答えになってないし。」

「僕は自分の直感に自信があるんでね。」


 得意気な表情が若干腹立つが、策を授けてくれたのでよしとする。


 それにしてもなんという大胆な作戦だろうか。いや、大胆どころか命知らずなのかもしれない。だが恐怖はなかった。奴らが怒り狂う?ふざけろよ。先に家族にナターン家に手を出そうとして俺を怒らせたのはお前らだ。

 でも安心しろよ。俺の方からは手は出さない。その代わり、向かってくる奴には容赦しない。俺の家族を脅かすものはキッチリ叩き潰して―――


「ロッド君、ちょっと。」

「はい、何でしょうか?」


 ベクターさんと目があったまま黙りこくって10秒程、向こうが口を開いた。


「君が前へ進めるようになったのは素直に祝福したい。そして家族を狙われた怒りにも共感できる。だが......呑まれるなよ。」

「......!」


 またも見透かされたか、ベクターさんの的確な指摘に言葉が出てこない。

 確かに今の俺は頭に血が上っていた。そういうのがダメだって反省したばかりだろうが...!


「ああ、勘違いしないでくれ。怒りに呑まれるなというのは、冷静になれと言っているわけじゃないんだ。」

「どういう、意味ですか?」

「君はこれから魔術社会そのものと戦うことになる。だがその戦う理由をはっきりさせた方がいいと思ってね。自分ではどう思っている?やはり怒りか?」

「そう、です。奴等は俺の存在そのものを否定して家族まで狙ってきた。何も知らない父さんと母さんを。許せるわけがない。それではダメですか?」

「まさか。むしろ君が感情を抑えて身を守るためだとか、魔術社会の世直しだとかそんなことを言い出さなくて安心してる。そういうのはさっき言ったようなあれこれこじつけた理屈でやるものじゃない。」

「身を守るため、というのもダメなんですか?」

「ダメ、というよりは少し弱いな。君が守りに徹したところで、奴等は君を破滅させるまで絶対に諦めない。だから倒すしかないんだ。ナターン家が滅びるか、あの悪魔どもが滅びるかの戦争になる。身を守れればいいという消極的な理由では負けるぞ。」

「それなら大丈夫です。自分から相手を探して仕掛けるつもりはありませんが、向こうから来るのであれば必ず仕留めますから。ちなみに世直しがダメな理由って何ですか?あ、別にそういう考えはないんですけど、参考までに聞いておきたくて。」

「...世直しとなると、目的が果てしなく遠いからだ。ナターン家の敵を倒すというだけではすまなくなってしまう。それにそんな思想が他人に知られ、なおかつそれを可能とする力もあると知られたらどうなると思う?現状の魔術社会に不満を持つ者達が君に同調し、いずれ巨大な勢力になるかもしれない。そうなれば国が真っぷたつに割れて革命が起き、多くの血が流れることになる。国も疲弊し、メクツェ大連峰の向こうから敵が来た時に戦うこともできない。そうなればセステノン魔術連邦は滅ぼされるだろう。」


 か、革命!?そんなバカな!俺は13歳の子供なのに、そんな俺に同調して人が集まるわけがない!それに大連峰の向こうって、どういうことなんだ?


「ちょ、ちょっと待ってください。俺は13歳の若僧ですよ?俺みたいな子供を宛にしてくる人なんかいませんって。」

「君の名前だけならそうかもしれない。だが君が奴等との戦う中で、歳を重ねて風格を身に付け名を轟かせたり、ナナティエラ=アニムカルスの教え子だということが知られれば話は別だ。」


 ん?何でここで先生の名前が出てくる?


「どういうことですか?先生が何の関係があるんですか!?」

「どうやら喋りすぎたようだ。すまないが、あの御仁が君に教えていないことを僕が話すのは筋違いだろう。このことはいずれ本人に直接確認してくれ。ちなみに僕はかの御仁と面識はないし、向こうも僕のことなど知らないはずだ。あくまで彼女が有名なのさ。ともかく話を戻そう。」


 腑に落ちないが、確かに先生が自分のことについて言ってないのなら関係ない人から聞くのは筋違いだな。

 今はそれどころじゃないし。


「君が奴等と戦うなら、半端な理屈ではなく根源的な感情から生まれる欲求を持たなければ戦い抜くことは難しい。何せやるかやられるかだ。それに奴等を倒すまでどれだけ時間がかかるかわからない。さっきの話を覚えているかい?奴等は自尊心が強く執念深い。君も奴等と同じ感情で戦え、とは言わないがそれに匹敵する強い意志が必要になる。だからこそ、君が先程の事件で手を出した最初の理由を大事にして欲しい。」

「俺の最初の切欠...怒り...。」

「そういうこと。だが、間違っても衝動に身を任せるな。君が感情的であることを知られれば、敵は必ず罠を仕掛け弱点を突いてくる。」

「でもさっきは冷静になる必要はないって...。」

「ああ言ったとも。いいかい?人の心というのはいつだってままならないものさ。喜び、快楽、悲しみ、慈愛、悔恨、妬み、恐怖、欲望、そして怒り。他にも挙げればキリがないが、特に厄介なのは怒りだ。怒りは思考を鈍らせ、心を蝕み、人を支配する。それはよくないことだ。身に覚えがあるだろう?」


 全くその通りだと思う。怒りが膨れ上がると、自分の体なのに自分じゃない何かが勝手に体を動かしてしまうような感覚。

 自分を制御できなくなる。

 その結果後悔してたのがさっきまでの俺なわけで。


「強過ぎる怒りは必ず不幸を呼ぶ。だから人間は常に自分の心と向き合い、時には戦わなければならない。ロッド君、怒りとは心に巣食う魔だ。怒りの下僕に成り下がったら、それは人間の負けを意味する。だが怒りを御する理屈など存在しない。人の数だけ方法があるだろう。だから君は君のやり方で怒りを使いこなし、力に変えるんだ。」


 怒りを使いこなす、か......実際どうすればいいかはわからない。でもやるしかないのは事実だ。でなければ権力者の悪魔達に家族諸共潰されてしまう。


 俺は...俺は負けない。最後に勝ち残るのは、俺だ。

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