突然のお悩み相談
「では話の続きですが、実はハイオシェンツ家が提案した刑はもうひとつあります。それがこれです。」
バットタングさんが何か書かれている紙をまとめて渡してきた。
「あの、これは?」
「読んでみてください。」
「はあ...?」
言われるがままに読んでみると―――
「これ、なんで...!?これをどうしろというんですか!?」
「それを明日の入学式で全校生徒の前で読み上げること。それがハイオシェンツ家の要求してきた罰です。学院への根回しはもう済んでいると」
「学院にまで影響力が...?ふざけてる...俺がやり過ぎたことで罰せられるのはまだわかります。でもこれは、真実を歪めて、人を虫けらのように扱う最低最悪の所業です!こんなのは...刑罰なんかじゃない!他のも案も含めて、絶対に納得できない!」
今度こそ猛烈な怒りが俺の全身を駆け巡った。
法と真実の下に正当な裁きを受けるのなら文句はなかった。だが奴らは何だ?奴らの提案は俺と俺の家族を破滅させることを目的としている。断じて俺を裁くことが目的じゃない。
やったのは俺なのに、何も知らない父さんと母さんから奪う権利があるものかよ。
しかも最後のひとつはもはや卑劣極まりない。ハイオシェンツの奴らに真実が捻じ曲げられてしまう。
それだけは認められない。
「納得できない。そうでしょうね。当然の反応です。ちなみにですが、本来の規律に従って沙汰を下すなら、要経過観察で終わるでしょう。君は未成年ですからね。これは路地裏での屁理屈とは違って、正真正銘法に定められた正当な処分です。そして治安維持隊は政府が管理する組織ではありませんから、政治家と個人的に癒着している者がいない限りは権力者の我儘を突き返すのは容易い。」
「さらっと路地裏のことを白状しましたね...。」
思わぬカミングアウトに怒りが収まってきた。結局この人は誰の味方なんだろう?
俺に肩入れ...しているのか?。少なくとも今の要経過観察というのは恐らく本当のことだとは思う。
「でもそういうことなら、俺はハイオシェンツ家の提案に従わなくてもいいってことですよね?」
「ええ。君は彼らの提案を突っぱねる権利があります。しかし、先程も言った通り権力者というのは執念深い。君を屈服させるまで何度でも仕掛けてくるでしょう。」
「ならどうしろと?結局あなたは何を言いたいんですか?」
しばしの沈黙の後、ベクターさんはふうっ、と息を吐くと、眼鏡を外して口を開いた。
「これから話すのは、治安維持隊の業務から外れた私個人の意見です。故に、素で話をします。」
「?はい、わかりました。」
素?今までは仕事として必要な話をしていただけってことか?
「僕が思うに、この事件は権力者たちにとって軽視できるものじゃないだろうな。」
まさかの喋り方で驚いた。この人、普段は敬語じゃないってことか...。ナナ先生とは似て非なるタイプだな。
「何せ魔術を使えるとはいえ一般人相手に身内を手酷くやられたんだ。奴等の肥大化した自尊心は決してその失態を許さない。そして権力者というのは横の繋がりも太い。自分のテリトリーを守るため、他の権力者と揉めないために。権力というのはね、限りがあるんだ。正確には権力を持てる者の数、と言った方が正しいか。」
権力に限り?俺にはわからない世界だな。
「言うなればホールケーキのようなものさ。みんなで仲良く、誰も不満にならないように切り分ける。公平に分配すれば、誰もそれ以上の取り分を求めようとは思わない。もし誰か欲しがりさんが他の誰かのケーキが欲しくなって取ろうとすれば、一緒においしく食べているみんなから糾弾され、元々の取り分を没収されるだろう。そして残った者で取り上げたケーキを分配する。でも実際そんな欲張りはそうそういない。最初に分配されたケーキで満足しておけば、誰からも責められないからだ。そうだろう?この国の権力もそうさ。ハイオシェンツ家の首都拡大計画責任者という肩書きの権力以外にも、政治には様々な種類の権力がある。国の交通網を仕切る権力。魔道具や武器、兵器の生産と流通を仕切る権力。国の予算、税金を仕切る権力。他にも色々あるが、まあそれは割愛しよう。」
なるほど、それならわかりやすい。権力という椅子の数には限りがあるから、みんな自分に宛がわれた椅子に座って仲良くしましょうってことか。
「そういった各分野の権力者は互いにテリトリーを侵さず、どこか権力の一角が危機に陥った際は他の者がカバーする。そうやって奴等のほとんどはやらかしを積み重ねてそれを互いに揉み消し合ってきた。他所の危機に乗じてテリトリーを奪おうとすると、過去のあれこれをぶちまけられて共倒れどころかドミノ倒しのように全員まとめて転落しかねないからな。他所のケーキに小便ひっかけて台無しにしあうようなものさ。」
ふざけた関係だな。自分達権力者の輪だけが大事ってことか。
しかしこの人、素だと中々ユーモアがある。喋りもうまくて引き込まれる。
「ちなみにハイオシェンツ家は国中の建設業や林業、石材業を取り仕切る立場にある。そのハイオシェンツ家と仲が悪いとどうなるかというと、この詰所がいい例だ。」
もしかして、この詰所があちこちボロい理由って......。
「何となく察したかな?そう、首都の治安維持隊はハイオシェンツ家と長いこと喧嘩しててね。奴等が業者に治安維持隊からの仕事を受けないよう指示しているのさ。知ってるかい?治安維持隊というのは裁判機関の下部組織でね。政府の管轄外なんだ。だから奴等にとって僕達は、法を遵守するばかりで融通の利かない邪魔者というのが共通認識になっている。奴等の身内が公に事件を起こした場合、先に治安維持隊に関係者を確保されると未成年以外は裁判にかけられるのは止められないからね。というか普通そうなんだけど。だから奴等がやらかした時は当事者確保が早い者勝ちになってしまう。奴等が先に関係者を手元に確保できれば、大抵の事は揉み消せるから。」
醜すぎる。そんなのあんまりだ。俺はそんな悪魔が仕切る国で生きているのか。
「ここまでの話だと治安維持隊は奴等とうまく渡り合っているように聞こえるけど、実は裁判にかけて有罪になってもあまり意味がない。裁判機関はあくまで判決と刑を言い渡すまでが仕事。その後の刑の執行は国が行うんだが...もうわかるんじゃないか?」
確かに想像できる。できてしまう。だがそんなのはまともな人間の社会じゃない。まるで地獄じゃないか...。
「国に引き渡されたら、身内が庇う......。」
「そういうこと。一応言い渡された刑の内容までは捏造できない。裁判を傍聴した人の口までは塞げないからね。が、大抵は刑を執行したことにして、ほとぼりが覚めるのを待って終わり。場合によっては戸籍や顔を変えて別人になることでバッシングを逃れることもある。」
「そういう手続きも、他のお友達がやってくれるってことですか......。」
「正解。わかってきたようだね。」
先生が首都を悪し様に言った理由がようやくわかった。
確かに先生から魔術社会での放出タイプと感知タイプの力関係について聞いてはいた。
そのせいで俺が苦労するかもしれないとも。
だがまさか、国の舵を取る連中がこれ程の外道だとは思わなかった。一般人だった頃は知らなかった事実、そして魔術師ではない父さんと母さんは今もその事を知らないだろう。
「...それで、結局君はどうしたい?」
「俺は...俺は、奴等の私刑を受けるつもりはありません。でも、狙いが俺だけならともかく、俺の家族にまで危険に晒すのは......。」
「では簡単だよ。奴等の目を君だけに向けさせればいい。君だけを狙うように仕向けるのさ。」
「俺だけ、を...ですか?」
「怖いか?」
「いえ、幼稚で制御できない自分の心に比べれば大したことはありません。」
「幼稚、ね。路地裏の時といいさっきといい、どうも君は裁かれたがっているように見えるな。だがそれは罪を償いたいから、という風には見えない。僕は職業柄、人を見る目にはそこそこ自信があってね。業務外のついでだ。悩みがあるなら、少し話してみないか?」
「え、でもバットタングさんにはあまり関係が―――」
「ベクターで構わない。こういうのは成り行きに任せた方が結果的にうまくいくものさ。さっきの様子からして、まだ解決してないんだろう?そんな精神状態じゃこの後の話についてこれないぞ。それに、僕は君に少し興味がある。一般家庭出身の魔術師と会うのは初めてだからね。」
ベクターさんが口角を上げて少しだけ笑った。そういえばこの人の表情が動くのを見るのは初めてだな。
正直ハイオシェンツ家への怒りで少しだけ忘れられていたが、そう言われてまた自覚してしまった。
全く余計なことを言ってくれる人だ。いや、俺の自虐が切欠だったか?だとしたら俺のミスか......。
でも確かに、いい加減スッキリしたいのもある。いつまでも自分を責めていられる状況じゃない。
「その、俺は――――」
◇ ◇ ◇
ベクターさんにはナスターシャ達との時と同じことを話した。
自分の行いに恐怖したこと、自己不信と自己嫌悪に陥ったこと、ナスターシャ達に心の中を曝け出して、それらが成長していない自分への失望と絶望だとわかったこと。
「なるほど......フフッ。」
鼻で笑われた?俺の情けなさが滑稽に見えたのか?流石にちょっと腹が立つな。
「そんなに面白かったですか?」
「いや、これは失礼。君を笑ったわけじゃない。本当だ、信じてくれ。」
にやけ面を消して真剣な顔で弁解を始めた。なんだよ、真面目な人だな。
「なあロッド=ナターン―――」
「ロッドで結構です。」
「ロッド君、君は自分が10歳の頃から成長していないと言っていたが、そんなことはないと思う。」
「なぜそう思うのですか?」
「君がそうやって悩んでいるからさ。自分の浅はかさを悩んでいるということは、反省しているということだ。つまり君は、失敗の経験から学び、変わり、成長しようとしている。僕にはそう見える。そうやって自分の感情と現実をすり合わせて、社会に適応しようとしている。まあ、今の魔術社会に適応しようとするのはあまりお勧めできないが...。ともかく、君は自分の行いを失敗だったと受け止めることができている。今はそれで充分じゃないか。人は変わる生き物だが、変わるのには時間と切欠が必要だ。それに自分の本質なんて、自分自身だからこそわからないものさ。君の周りにいた大人達だって、自分が何者かなんてわかっていないだろう。僕もそうだ。」
「みんな、そうなんですか?」
「そうとも。まあ時々わかったような気になって道を踏み外すような輩がいないでもないが...。」
「この国の権力者達のように?」
「そうだ。奴らは自分が絶対だと信じて疑っていない。自分たちは天に立つ存在で、他の人間を下界を這い回る家畜のように思っている。そして奴らは家畜が天へと昇ってくることを許しはしない。まさにわかった気になっているだけの狂人だ。始末に負えない。と、まあそれは置いといて今は君の話だ。」
さっきから感じてたが、この人も治安維持隊としてではなく個人的に権力に煮え湯を飲まされた経験があるのかもしれない。口調はあまり変化がないが、言葉に恨みがこもっているのがわかる。
「で、何の話だったか...そうだ、自分が何者か、だった。いいかい?人間というのは経験を積んで成長する。君が10歳から精神的な成長がなかったというなら、それはそういう経験がなかったというだけだ。それに君は明日から学院に入学するんだろう?13歳なんて伸びしろの塊だと思うがね。学院生活で酸いも甘いも知って、いずれ君も大人になるだろう。ああ、大人といってもその在り方は千差万別だから、自分がなりたい自分になれるよう努力することが大切だぞ。うん、長々と喋ったがつまりだロッド君、結局何を言いたいかというと、君は答えを急がなくてもいいんだよ。ゆっくり時間をかけて、少しずつ前へ進めればいいんだ。」
...かっけえ。ナスターシャ父の言葉もそうだけど、こんなかっけえ大人の男に励ましてもらえるなんて心強い。でも、また甘えようとしてないか?ベクターさんの言葉の意味をちゃんと考えて理解できたか?
「と、アドバイスはしたが、今君は僕の言葉に甘えてしまうんじゃないかと危惧しているな?不安が顔に出ているよ。」
今日はずっと顔から察せられてばかりだな...俺はポーカーフェイスが苦手らしい。
「まあ参考にするかどうかは自分で決めなさい。でもそんなに悩むならもうひとつだけ。頭の中で問答したところで、どうせ自分の満足する答えなんか出やしない。後悔しないようにあれこれ理屈をつけるのも無駄。だから自分の心を信じろ。心で選べ。」
俺の心、か。俺は何が一番いい結果になるか、どうすれば傷つかないかで考えていた。でも違うんだな。どうしたいかが重要なんだ。
いい加減ヘタレる自分にもうんざりして吐き気がしてきたところだ。なら抜け出してやろうじゃないか。
先生も言ってたっけな。恐れてもなお踏み出せって。なら決まりだ。俺は結果で選ばない。自分が納得できることを選ぶ。
それで後悔する羽目になったとしても、悩んで、反省して、経験として学んで、もっと強くなってやればいい。




