権力が牙を剥く
「ナスターシャ、ロッド君、これってもしかしなくても治安維持隊の呼び出し...だよね?」
ケイティが目を丸くして状況を確認する。そりゃ驚くよな。
呼び出しは明日以降って隊士の人も言ってたのに、こんな短時間で状況が変わったというのだろうか。
「みたいね...こんなすぐに呼ばれるなんて、どうも悪い予感がするわ。」
「それって、例えばどんな?」
「彼らが腕利きの医療術師にかかってすぐに治してもらえた、とかなら別に大したことないわね。事情聴取が早まっただけだもの。でももし、彼らが権力者の血筋とかだったりしたらまずいかも...というより、そう考えれば彼らが昼間からあんな暴挙を平気で行えるのもわかるのよね。」
「血筋、か...連邦は貴族も世襲制もない民主主義の国なのにな。政治に関われるのは魔術師であることが条件だけど、政治家になったからってその一家全員が恐喝をチャラに出来る程偉くなるわけじゃないだろうに。」
「私達の家は政治から距離を置いてるらしいから、家柄がどうこうとか、どこの家が偉いとかいうのはほとんどわかってないし、ドニリアにいた頃でもそういう話は耳に入ってこなかったわ。でも学院に入学するに当たって、ママから忠告されたの。放出タイプの学院生の派閥や繋がりを調べてなるべく距離を置いた方がいい。放出タイプは家同士で繋がって新参の政治家を閉め出していて、その子供同士も徒党を組んでいることが多い。身内の権力やコネを使って多少の身勝手はなかったことにされるからなるべく関わるなって。」
「ええ!?ターちゃん、おばさんからそんな事聞いてたの?やっぱり学院って怖いところなんだ......。」
「ママはそう言ってたけど、パパからは伝え聞いた話だけで縮こまらないようにって言われたのよ。キュリアに教えたら入学やめるとか言い出すんじゃないかって思ったからそういう話は聞かせないようにしてたんたけどね。」
俺はナナ先生からナスターシャ母の話と似たようなことを聞かされているからそこまで驚きはなかった。
強いて言うなら、さっき痛めつけたあの2人が本当にそういう家の生まれの場合、運の悪さには驚くかもしれない。
キュリアはまだ何か言いたそうにしてるが、今は呼び出しが優先だ。
「あれ?でもあの2年生達は顎が割れて喋れないんじゃなかったっけ?もしいいとこの生まれだとしてもどうやって伝えたんだろう?」
確かにケイティの言う通りだ。病院に伝えてそこから家に連絡を取るにしても、口も聞けない状態でどうやって病院に自己紹介したんだ?
"N²"の店員さんが使ってたような通信魔道具は持ってなかったはずだし。
「普通に病院の人と筆談でもしたんじゃない?それかさっき言った腕のいい医療術師にもう治してもらったとか?何にせよ本当に事態が悪い方へ向かっているのかもわからないし、詰所に行くしかないわ。無視したら力ずくで連行されるって言われてるもの。」
そういえばそうだった。俺達は店員さんに詰所の場所を確認して向かうことにした。
◇ ◇ ◇
日が落ち始めた頃。
中途半端な状態で話が途切れたままだったが、特に会話がないまま学院の近くにある目的の場所に着くと、2階建てのこじんまりとした建物があった。さっき確認した特徴とも一致するし、ここで間違いないだろう。
ピンポーン――――
ナスターシャがチャイムを鳴らす。するとすぐに返事がきた。
『はい、治安維持隊学院区画担当部詰所です。何か御用でしょうか?』
この声、さっきの隊士の人だ。確か班長って呼ばれてた人。
「先程の裏路地での傷害事件を目撃したナスターシャ=アニムカルスです。呼び出しがあったので参りました。友達とロッド=ナターンも一緒です。」
『ああ、来ましたか。すぐに迎えに行きますので少々お待ち下さい。』
すると1分も経たない内に詰所の扉が開いて先程の声の主が姿を見せた。やっぱりあの時の人だ。緑髪と眼鏡が特徴の隊士。
「これはどうも。申し訳ありません。明日以降になると言っておいて、結局このようなことになってしまいました。」
「私達は特に気にしてはおりません。それで、まさかもう彼らは喋れるようになるぐらい快復したのですか?
「そうではありませんが、色々と複雑なことになりましてね。実は今回呼び出したのは事情聴取のためではないのです。」
ナスターシャの悪い予感が当たったか?裏路地での聴取では終始無表情だったのに、今は顔と声からやや疲れが感じられる。
「それはどういう...?」
「詳しくは中でお話しますので、ついて来てください。」
俺達は互いの渋い表情を見合せ、詰所の中へ入る。
詰所の中は正直あまり綺麗とは言えなかった。白い壁は塗装が一部剥げ、床も所々凹んだり盛り上がったりしている。
途中に見えた事務室らしき部屋の中も、机や椅子は年季が入っているようで、傷やら手垢でくたくたに見える。
「...ねえ、治安維持隊ってあまり予算ないのかな?詰所の修繕とか備品の新調とか絶対した方がいいと思うんだけど...。」
「しーっ、しーっ。ケイちゃん、声落としてもそんなこと言っちゃダメだよ...!」
同感。隊士達だってこんな環境で働くのは気分悪いだろうに。
それでも口に出すのは流石にまずいと思うが。
「こちらです。座ってください。」
案内されたのは取り調べ室ではなく応接室だった。この部屋はそこそこ綺麗にしてあるし、ソファやテーブルも新品のようにに見える。
俺達4人は大きいソファに腰掛け、向かい側に座った隊士と向き合う。
やたら大きいソファなので、4人並んでも窮屈にはならない。
「さて、まずは自己紹介をした方がよさそうですね。ザンティグス治安維持隊学院区画担当部第1分隊隊長、ベクター=バットタングです。よろしく。」
向こうが軽くお辞儀をしてきたので俺達も無言で返す。
「早速本題に入りましょう。まず、被害者2名の身元がわかりました。ソムベス=ハイオシェンツとルーゴ=デッセン、それが彼らの名前です。ちなみに家名に聞き覚えは?」
「いえ、俺はあいつらが名前を呼び合うのを聞いてましたけど、家名は今知りました。」
「私達もです。」
「では彼らの実家については何も知らない、ということですね。わかりました。」
あ、これはもしかしてナスターシャの予想通りなんじゃ...。
「あの、ベクターさん。もしかしてあいつらの実家って、政治的な力のある家、なのでしょうか?」
「その通りです。正確には権力があるのはハイオシェンツ家のみですが。ご存知ないようなので教えましょう。現ハイオシェンツ家の家長は現在首都拡大計画の最高責任者です。当然他の政治家との繋がりも太い。53年前の事件が起きる前は別の家がその地位にありましたが、昨今の魔術社会のパワーバランスの変動によりハイオシェンツ家がその座を手に入れることになりました。まあハイオシェンツ家の歴史については今はどうでもいいのです。重要なのは連邦きっての権力者の息子と事を構えてしまったということです。君は運が悪いとしか言いようがない。ちなみにデッセン家家長はハイオシェンツ家の秘書をやっていますが、あくまで権力を持つのはハイオシェンツ家になります。」
マジか。本当に俺は大物の息子をボコボコにしてしまったのか。入学前からとんでもない不運だ......。
ふとナスターシャが疑問をぶつける。
「ところで、彼らは喋れる状態ではなかったはずでしたよね?どうやって彼らの身元を調べたのでしょう?」
「別にこちらからは調べてません。方法は不明ですが、どうやら彼らは何らかの方法で家族に自分の状況を伝えたらしいのです。それで先程両家から連絡が来ました。通信魔道具を持っていなかったのはわかっているのですが、それぞれの家に尋ねてみてもそこについては回答を得られませんでした。まあそこは置いておきますが、問題は彼らの実家に知られてたということです。ロッド=ナターン、君の名前と出自も。権力者というのはプライドが無駄に高く、執念深い。彼らは君に重い刑罰を望んでいます。それもわざわざ具体的な候補まで言ってきました。まず、ロッド君に封印処置を施して実家へ強制送還後、ナターン家の財産没収という案。次に、同じく封印処置を施した上で実家へ強制送還後、ナターン家全員の利き腕を切断、治療禁止という案。最後に、また封印処置を施した上で君の利き腕の切断と治療禁止、親権をナターン家から剥奪し互いの接触を禁止するするという案です。ちなみに親権剥奪後の君の処遇については何も言っていませんでした。野垂れ死ねという意味なのかもしれません。いずれにしろ、封印処置は絶対に譲る気はないようです。」
悪魔のような発想だ。どうあっても俺の魔術師人生を取り上げたいらしい。しかも財産、利き腕、家族のどれかだと?一般家庭の人間にやられたのがそんなに気に食わないのか?その癖財産没収だなんて、何という意地汚さだろう。
子が子なら親も親か。あくまで俺と、俺の家族を否定しようってわけだな。ふざけるな......!
でも、もしあの時やり過ぎなければこうはならなかったのかな......?父さんと母さんに迷惑をかけることもなかったのかな......?
一瞬怒りがこみ上げてきそうになったが、後悔と自己嫌悪ですぐに沈静化した。
隣のナスターシャを見ると、膝の上で握った拳が震えており、下唇を強く嚙み締めた憤怒の形相をしている。
ケイティは信じられないという顔で愕然としており、キュリアは手で口を覆って泣きそうな顔になっていた。みんな言葉にならないんだろう。
誰も口を開かないまま5分は過ぎただろうか、やがてケイティがか細い声で話し出した。
「どうにか...なりませんか...?こんなの、あんまりです...最初に襲ってきたのは彼らなのに......!」
すると今度はナスターシャが勢いよく立ち上がった。
「私、今から実家に戻って家族と相談してくるわ!ロッド、早まった決断をしちゃダメよ?こんなのが罷り通ってたまるもんですか......!」
「お待ちください。これらの刑はあくまで向こうが要求してきたというだけで、どれかを採用すると決まったわけではありません。そもそもこんなものは私刑でしかありません。法と照らし合わせても、今回の事件に対する罰としては明らかにやり過ぎている。」
「なら、大丈夫なんですか!?」
「...それについてですが、少しロッド=ナターンと2人だけで話をしたいので他の方は席を外していただけますか?詰所の入り口あたりで待っていただけると助かります。」
ナスターシャの目が不審なものを見る目に変わる。
「なぜ私達は一緒ではダメなのでしょうか?」
「これから話すのは彼自身に選択を迫るものです。これは私見ですが、あなた方は随分お節介を焼く人種とお見受けしています。もしこの続きを聞けば相当な厄介事に巻き込まれることになるでしょう。ついさっき知り合ったというあなた方の間にどれほどの信頼関係があるかはわかりませんが、ここは彼に任せてあげてください。まあ、彼が同席して欲しいというのであれば私は構いませんが...私個人としてはお勧めしません。」
俺?俺だけで決める?まださっきの今で俺の悩みは何も解決してないのに?なのに俺が決断しなきゃならないのか?
「そういうことでしたら。ロッド、決めてちょうだい。」
「私もロッド君の判断を信じるよ。キュリアは?」
「うん、私も。」
心臓が早鐘を打つ。口の中が乾く。頭の中は真っ白。恐怖で思考が塗りつぶされる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
自分で決めるのが怖い。俺の意思を尊重する?無責任なことを......。
いや、無責任なのは俺じゃないか。そもそも俺が発端なんだぞ?自分のしでかしたことに責任を持つのは当然のこと。例え自分は信じられなくても、普遍的な道理を守ることぐらいはできるだろ?
そうだ、責任を取る以上彼女達を巻き込むのは筋違い。なら決まりだな。
「俺だけでお話を聞きます。みんな、悪いけど外して欲しい。」
「...わかったわ。2人共、行きましょ。」
「ロッド君、もしひとりで抱えるのが辛かったら後で相談してね?」
「私達、待ってるから。」
3人が応接室を出て行った。
本当にみんな人間が出来過ぎてるな。今日会ったばかりの俺をそこまで心配してくれるなんて.....。
でも甘えるわけにはいかない。やったことに対して責任は果たす。絶対に。
それが人間として当たり前のことなのだから。




