曲者
今回長くなってしまいました。
分割したらそれはそれで次話以降の区切りがおかしくなりそうなのでご容赦ください。
「―――なるほど、確かに彼女達の証言と矛盾するところはない、か。」
事情聴取を担当する隊士が調書を取りながら口に出して反芻している。
「あの、ところで俺を拘束しなくてよろしいんですか?ほら、彼らをあそこまでやった犯人ですし、その上現場からも逃亡してますよ?」
またもナスターシャの鋭い視線を感じる。そんなに怒ることかね。
「その必要はないと判断しました。理由の説明は必要ですか?」
「いえ、結構です。事件の調査を進めましょう。」
「承知しました。」
ナスターシャが割り込んで話を進めてしまった。そんな目で見るなよ。だって気になるじゃないか。
隊士は表情を変えることなく調書の続きを書き出す。
「さて、本来なら彼らにも聴取を行いたいのですが、残念ながら今はあまり喋れる状態ではありません。」
「そんなに、重傷なんですか...?」
俺が聞こうとすると、彼は小さく溜め息をついて話を続けた。
「2名とも、顎の骨が割れています。」
「なっ!?」
「落ち着いてください。骨が砕ける程に殴ったのであれば、手応えでわかるでしょう。しかし若干割れる程度ならば、下手人にも感触で察するのは難しい。そして私は君を個人的に責める意思はありません。それは治安維持隊の仕事ではない。」
隊士はあくまで表情を崩さず淡々と述べた。
「私は医者でもなければ医療術師でもありませんので、この場で彼らの傷を治して聴取というわけにはいきません。」
つまり、どうなるんだ?
「ですので、彼らの聴取は傷が癒えてからということになります。とはいえ、彼らが腕のいい医療術師に看てもらえたなら、明日には回復して証言ができるようになるでしょう。いずれにせよ、本日中に解決とはなりません。ロッド=ナターンと事件の目撃者の方達、そして彼らには、お手数ですが後日また話を伺うことになるかと。手筈が整い次第こちらから呼び出しますので、ロッド=ナターンと目撃者の方...はどなたか代表で1名、こちらをお持ちください。」
そう言って渡されたのは、掌に収まるぐらいの青い球体だった。
これは...何だ?
「それを一度強く握ってください。どちらの手でも構いません。」
俺とナスターシャは言われるまま強く握る。開いてみても特に変化があるようには見えない。
「それで大丈夫です。呼び出しをする際はその球体から音が出ますので、なるべく常に持ち歩くよう心がけてください。呼び出しがかかりましたら治安維持隊学院区画詰所までお越しください。ちなみにですが、皆さんは魔術学院生ということですので、呼び出す際はなるべく時間帯を考慮いたします。どうかご安心ください。それでは我々は彼らを病院へ連れて行きますので、皆さんはこの後ご自由にしていただいて結構です。」
何だ?どういうことだ?俺を捕まえるんじゃないのか?俺は赤の他人に重傷を負わせたんだぞ?何で、そんな、何のお咎めもなしで...未成年だからか?
そもそも俺はなんで彼女とここへ戻ってきたんだ?彼女の言う通り冤罪を防ぐためか?それとも心のどこかで捕まえて欲しいとでも思ったか?
ダメだ、この人の出鱈目な理論や自分自身への信頼のなさもあって考えがまとまらない......。
「どうして!?どうしてですか!?」
ナスターシャからの視線がいよいよ殺気を帯びてきた。
後ろではキュリアと呼ばれた子が飛び上がった気配を感じる。
でも構うものか。
「何かご不満でも?」
「有ります!どうして俺は解放されたんですか!?だって、傷害事件ですよ!?その下手人である俺を野放しにするなんて...治安維持隊としてそれでよろしいんですか!?」
喚き散らす俺を目にしても、隊士はやはり顔色を変えない。
「君を拘束しない理由、ですか。やはり説明が必要だったようですね。今回の事件ですが、彼らの聴取ができない以上状況を確定させることができません。つまり君を加害者と断定することも、彼らを被害者と断定することもできません。これでは君を拘束するかどうか以前にどちらを拘束するべきかも確定しない。わかりますか?今の君は、加害者でもなければ被害者でもありません。この事件は調査の途中なのです。」
な、何だその滅茶苦茶な理論は?俺が加害者とは限らないって、あなたさっき顎の負傷について触れた時下手人である俺を責めるつもりはないって言ってましたよね!?
ナスターシャの友達も俺が当事者だって証言したんだろ!?事件発生時にあの場にいた俺が加害者じゃないなら、誰があいつらを殴ったんだよ!?そして俺はどういう立ち位置になるんだ!?
「しかし、現に第三者である彼女達の証言が―――」
「最も重要なのはやはり被害者である彼らの証言でしょう。現段階での調査は可能な限り行った以上、詰所に戻って一旦整理しなければ。」
おい、ついさっきこいつらを被害者と断定できないとか言ってた癖に、今度はしっかり被害者呼びしたぞ!
ナスターシャを見てみると、吹き出すのを我慢しながら小刻みに震えている。
彼女の友達は、2人ともこの矛盾だらけのトンデモ理論に呆気にとられているらしく、口をポカーンと開けて見事なアホ面を晒している。
意味不明すぎて言葉に詰まった俺を尻目に、隊士は2年生に手をかざして空中に浮かばせた。この人魔術師だったのか!?
「あ~あ。班長、これ絶対政治家からの割り込みありますよ。またやり合う気ですか?」
「元より我々は政府から独立した組織です。向こうがその気ならば徹底抗戦あるのみ。それより私はこの2名を病院へ連れて行き、しばし様子を見ておくのであなた達は先に詰所へ。」
「はあ~?あなたついさっきこの少年に、事件整理のために詰所へ帰るって言ってましたよね?面倒なことは丸投げですか?今日はいつも以上に絶好調なお口ですね?」
「...はあ。誰もかれも言葉尻をとらえるばかりで話が一向に進みませんね。だったらこの2名は道端に放り投げておけばいいと?」
「それでいいですよ。どうせ倫理観ガバガバの世間知らずなんですから、一度ポキッと心を折っておきましょう。」
「いえ、流石にそれは相手に有利な材料を与えてしまうことになります。私達は法の下に国を守る存在なのですから、あくまで紳士的に行くべきです。」
現場を封鎖していた他の隊士が魔術師の隊士に近付いて話を始めてしまった。
何だ、この人達...?突然トリオ漫才でも始まったのか?しかも、何?政府とやり合うってどういうこと?
あまりの急転直下に頭が追いつかない。
「あ、言い忘れていましたが、ロッド=ナターン。呼び出しに応じない場合は力ずくで引っ立てることになりますのでお忘れなく。では失礼します。よい学園生活を。」
治安維持隊の3人が2年生達を連れて去っていった。
彼らを追って野次馬も掃けていく。
この場を仕切っていた存在があんな形でいなくなったことで、俺とナスターシャ達は呆然と顔を見合わせていた。
やがて正気に戻ったナスターシャが声を上げる。
「え~っと...とりあえず、移動しない?あ、あなたもちょっと付き合いなさいよ。さっきも言った通り、聞きたいことがあるから。あなたもでしょ?」
「......ロッドでいいよ。そうだな、俺も君達に聞きたいことが色々ある。で、どこ行こうかね?」
「じゃあさ、ぶらぶらしながらどこかお店探そうよ!飲食店はたくさんあるから実際に見て決めるべきだって!」
「ケイちゃん、私ちょっと疲れちゃったよぅ...。」
「ん~?しょうがないなあ。キュリアには刺激の強いハプニングを乗り切ったご褒美として、私がおんぶして進ぜよう!」
「え~!?そんなの、恥ずかしい...。」
「いいからいいから、どんと来い!」
こっちでも漫才が始まった。ナスターシャはさっきまでの様子からは想像できなかった穏やかな笑顔を浮かべている。その優しさに満ちた表情は、俺のよく知っているあの人にそっくりだった。
ああ、やっぱりこの子はナナ先生のお孫さんなんだな.....。
否が応にも先生を思い出してしまい、今の自分の情けなさを恥じるばかりだ。
結局俺は大したお咎めもなく解放された。俺はもしかしたら犯罪者という肩書きで自分を定義できるとでも考えたのかもしれないが、治安維持隊にも振られた。自分のことぐらい自分で決めろってか?
自分の本質がわからないまま、俺は彼女達の後をついていくことしかできなかった。結局俺は、自分の行き先すら自分で決められない......。
◆ ◆ ◆
学院区画にある治安維持隊詰所の一室で、彼らは先程の事件について振り返っていた。
「しかし術が発動しなかった、ですか。」
班長と呼ばれた男が噛み締めるように呟く。
ボリュームのあるふわりとした緑髪、縦長の顔に掛けられた眼鏡が特徴の男は、先程聴取した証言のある部分の意味をひたすら考えていた。
「俺らは魔術師じゃないんでわからないんですけど、さっきからブツブツ言ってるそれ、どういうことですか?それとも30代になってボケ始めちゃいました?口に出さないと忘れちゃうとか?」
「やめとけやめとけ。あれはマジで考え事してる顔だ。邪魔したら減俸とかされかねんぜ。」
黒髪に金のメッシュを入れた童顔で細身の青年が上司をいじろうとすると、黒と白が縦に交互になった髪を持つ強面の青年が止めに入る。
「別にどれだけ心ない言葉を浴びせられようと、私の鋼のごとき精神が揺らぐことはありませんので。」
「鋼ってよりは、殴られても衝撃を吸収しちまうゴムみたいな精神なんじゃ...。」
班長と呼ばれた男は一瞥もくれずにこれを無視。
「先程の証言ですよ。逆上してやる気になった彼らはなぜか魔術を使えなくなった。そして混乱しているところをロッド=ナターンにしこたま殴られたと。」
「いやー大したもんですよね。相手の抵抗を許さず、顎が割れて顔がパンパンに腫れるほど殴って、しかも殴った拳も痛めたようには見えない。完全にワンサイドゲームですよ。」
「重要なのは術が発動しなくなったという部分と、ロッド=ナターンの証言及び行動です。私は生まれてこのかた、突然魔術が使えなくなったなどという現象は見たことも聞いたこともありません。ではなぜ術が発動しなくなったのか?場所の問題というわけではないでしょう。私はあの場で魔術を使えました。現に先程彼らを運んで病院へ送り届けましたから。では何が原因なのか?もし偶然の事故だとしても、その事故に至るまでの理由が何かあるはず。いえ、あるいは事故ではないのかもしれない。その可能性を示唆しているのがロッド=ナターンです。女子達の証言では彼に慌てた様子はなく、術の不発動が発覚したと同時に殴りかかったと。そして彼自身の証言です。術が発動しなくなったらしいので素手で殴ったと。『らしい』、つまり彼は、術の不発を自分で確かめたわけではないということでは?自分の術を行使するまでもなく、魔術の使用不可という状況を理解していたのでは?もしかしたら単純に術の発動で出遅れた、という線もあるかもしれませんが、これ程の重傷を負わせるぐらい戦いを躊躇わない者が、そのような無様な理由に当てはまるとは考えにくい。と、いうことは、ロッド=ナターンは魔術の不発という現象が何なのか知っている可能性が非常に高い。それどころか彼が引き起こしたという線も浮かんでくる。そして一般家庭出身という出自もその信憑性を高めています。魔術師としての常識が希薄だからこそ、真っ当な魔術師では考えつかないことをやってのけてしまうのでは?」
班長と呼ばれた男は珍しく饒舌に語る。
「はあ...まあ、何のことか全然わかりませんね。魔術に関する部分は。」
「その感想は予想の範囲内です。」
「ただ、あの子達の話にはハッキリしないところがある。それは俺にもわかります。上級生2人を返り討ちにできた秘密もそこにある。」
「いずれ当事者と目撃者を呼び出すことになります。そこでできるだけ彼の信用を得て、この現象と彼の人となりを知りたいところです。」
「そういうコミュニケーションは俺らに任せた方がいいですよ。班長は表情変わらなさすぎて、慣れてない人は同じ空間にいるのが耐えられなくなっちゃいますから。」
「...そこまで言うのであれば、お手並み拝見といきましょう。」
「ご期待には応えますよ。」
ザンティグス治安維持隊学院区画担当部第1分隊:通称ベクター班
連邦政府から先の傷害事件についての苦情対応のため、本日残業確定




