ウチに先生がやって来た
国でそこそこ大きい街、イズマピスの住宅街で暮らす俺の家庭環境は父さんが専業主夫、母さんはファッションデザイナーでバリバリのキャリアウーマンだ。
それでも母さんはほとんど毎日夕飯には間に合うように帰ってくることもあって家族仲はいい。
まあ、母さんが父さんにデレデレで家にいる時は甘えまくりなのを見てると行き過ぎな気もするけど。
「それじゃ行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。例の魔術師の先生が来る日だから寄り道しないようにね。」
「わかってるよ!」
自宅を出て教会へ駆け足で向かう。俺が魔力を発現させたことは教会学校の友達には言ってない。
司祭のおじさんが言いふらさない方がいいって言ってたけど、理由は教えてくれなかった。なんでだろ?
とにかく今日は魔術師の先生がウチに来る日だ。
楽しみすぎて全然寝れてないし、今もワクワクして落ち着かない。
あれこれ考えている内に教会に着いた。
入口に司祭のおじさんが立って他の生徒の子達と挨拶している。
「おじさん、おはようございます!」
「はい、おはようロッド。ちょっとこっちに来なさい。」
「え?あ、なんですか?」
おじさんは俺を連れて入口から離れたところで話を続ける。
「ロッド、浮かれすぎだ。魔術師が今日来るというのは私も聞いているが、みんなにバレるぞ。」
「それ前から言ってるけど、なんでですか?」
「…すまない、私から説明することはできるが、まだ10歳の君が知るには早すぎると私は思っている。大丈夫、誰にもバレなければそれでいいんだ。君がもう少し大きくなったら思い出話としていつか語ろう。さあ、学習室に入りなさい」
おじさんはそう言って入口に戻っていく。
一方的に話をされて完全には納得できなかったけどおじさんが言うなら信じるしかない。
父さんも母さんもおじさんの言うことをよく聞くようにってうるさいし。
シスターの授業が終わったので一目散に帰ろうと思ったけど友達にバレるかな?やっぱりいつも通りみんなと一緒に帰ろう。
家の前で友達と別れるとウキウキしながら玄関を開ける。
「ただいま!」
「おかえり。手洗いとうがいをしたらすぐお昼にしようか。」
「うん!」
「友達にはバレてないんだよね?大丈夫?」
「大丈夫だよ。今朝もおじさんに言われたし、ちゃんと気を付けてるって。」
「そっか、良かったよ。今日来る魔術師の先生のことは内緒にする必要はないけど自分から言い出さないようにね。もし友達や近所の方に見られてどういう関係か聞かれたら、母さんの仕事相手ってことにするつもりだからロッドも覚えておいてね。先生にも口裏を合わせてもらうようにお願いするから。」
「はーい。でも、先生はウチに住み込みで教えてもらうって話だったよね?そのウチの敷地にいるところを何度も見られたりしたらどうするの?母さんの仕事相手で通用する?」
「ロッドが聞かれた場合は仕事相手だけど詳しいことはよくわからない、って言っておけばいいよ。父さんと母さんが聞かれた場合の説明も考えてあるから大丈夫。」
「ふーん、わかった。」
「あ、ちなみに今日は先生の歓迎会ってことで夕飯は奮発するつもりだよ。」
「おおー!」
「ただ先生の好みとかを確認してメニューを決めるからね。ロッドの苦手なものが出るかもしれないよ?」
「ええー...噓でしょ?俺の好きなものも少しは出してくれるよね?」
「はっはっは!そんな意地悪なことはしないって。みんなで楽しめるような歓迎会にするからそんな悲しそうな顔しないの。」
「あ、ありがと。良かったあ...」
父さんとお昼を食べてから、自分の部屋をグルグル歩きながら先生を待つ。
最初は玄関前で待ってたけど父さんに落ち着かないなら自分の部屋でやるように言われちゃった。
でも仕方ないよね。心臓だってバックンバックンしてるもん。
―――チリンチリン
き、来た!?部屋を飛び出てダッシュで玄関に向かう。父さんも居間から玄関にダッシュしてる。
「父さん!」
「う、う、うん。えと、ロ、ロッド、開けてくれるかい?」
出た、父さんの超絶人見知り。
肝心な時に父さんがちょっと頼りないのはいつものことだし、言われなくても俺がお出迎えするつもりだったからいいけど。
流石に息子の後ろで中腰になって縮こまるのはやめて欲しいけど、これ以上待たせるわけにもいかないし俺も待ちきれない。
「はい、お待たせしました―――」
玄関前に立っていたのは、明るく優しそうに笑っている女の人だった。
ちょっとだけ皺があるところを見ると母さんと同じかちょっと上くらいの歳なのかな?
ってこういうのは失礼だよね。女の人は見られたくないところほど視線を敏感に感じるって母さんが言ってたし気を付けないと。
でも肌は健康的な肌色、目は大きくぱっちり、鼻はすらっとしててちょっと小さめで美しさと活発さがうまく合わさってるような顔立ちだ。
肩ぐらいある茶髪はすっごく綺麗で、水色の瞳は静かな湖みたいで見つめてると気分が落ち着く。
身長は母さんと同じくらいかな?
白を基調とした服は体にピタっとフィットしててスタイルの良さが丸わかりだ。
「初めまして。ロッド君と、お父様でしょうか?この度ロッド君の指導をさせていただくことになりました、教導魔術師のナナティエラ=アニムカルスと申します。よろしくお願いします。そしてお世話になります。」