喧嘩の流儀
足音と視線からして2人だな。先生には魔力感知だけじゃなく、魔力に頼らない感知も死ぬ程鍛えられたんでね。浅はかで邪な気配程わかりやすいものはないんだわ。
とはいえ、どうにかするにしてもこんな往来で目立つことはしたくないからなあ。どこか裏路地とかないか...?
手頃な場所を探して歩いていると、通りがかった宿屋と書店の間に丁度よさそうな路地があった。
というかこの区画、宿屋まであんのか。まあそれは今はいいや。
完全に日陰となって目立たない裏路地に入ると、こっちの思惑通り向こうも来てくれた。振り返って姿を確認する。
鋭い目付きと茶髪をヘアバンドで留めたオールバックが特徴の俺と同じくらいの背丈の男と、黒くて長い前髪と長い手足を持つ長身の男だ。
服装は私服か。さて、なんなんだこいつら。
ヘアバンドの男が話しかけてきた。
「なあ、さっき"N²"で君と店員が話してた内容聞いちゃったんだけどさ、君の家名がナターンってマジ?あと今年度からの学院の新入生ってのも?」
何が目的なのかまだ判断できないな。さてどう答えたらいいのか...。
「そうですよ。俺はロッド=ナターンといいます。明日魔術学院に入学する予定です。」
俺は直感で正直に答えることにした。
「へえ~本当にナターンなんだ。あれでしょ?"N²"の社長、ニーナ=ナターンが母親なんでしょ?さっきの店員さんとの会話ってそういうことなんだよね?」
随分家のことを探ってくるな。それとも気になるのは会社の方か?
「...ええ、その通りです。」
「ふ~ん、そっかそっか。あ、そうそう。俺とこいつも学院の生徒なんだよ。明日から2年生ね。」
ヘアバンド男がどこかバカにしたような歪んだ笑みを浮かべる。
「なるほど先輩でしたか。これからよろしくお願いしますね。それで、今日は俺にどういったご用でしょう?」
「いやほら、君ってばつまり一般家庭の出身ってことだよね?魔術師の家系以外から魔力を使える人が出てくるのって相当珍しいって聞いてるからさ。しかもあのカリスマ女社長の息子さんなんでしょ?ちょっとお話してみたいなーって思ったんだよ。」
まあ、今のところ言葉の上ではおかしなところはないな。口調や態度は完全に俺を舐めくさってるようにしか思えないが。
「そういうことですか。俺としても先輩からお話を聞けるいい機会なので是非。」
そう答えると、ヘアバンド男の笑顔がより邪悪な雰囲気を醸し出した。
「お、いいねえ~!じゃあさ、俺いい喫茶店知ってるからこれからそこ行こうよ。もちろん、君の奢りでね!」
...こいつら、母さんが会社経営してる社長だからナターン家は金持ちだと思ってるな?確かにウチは経済的に苦労したことはないけどな、仕送り額はしょっぱいんだぞ!
「...えっと、すみません。今なんと?」
「だからさー、俺の知ってる喫茶店でお話ししようって言ったんだよ!君のお・ご・り・で。」
やっぱりこいつら、俺を金蔓にしてこれから先学院でパシリにでもするつもりだな。
「すみません、奢るのはちょっと...俺達まだそこまで仲いいわけじゃないですし...。」
「はあ?そんなケチケチすることないじゃん?学院生活について手取り足取り教えてあげるからさ?それに君の家って絶対お金いっぱい持ってるよね?友好の印としてここは気前よくいこうよ!」
食い下がってくるな。もしかしてこいつが連れて行こうとしてる喫茶店ってのも、こいつのお友達が待ち伏せでもしてるとか?
それにしてもノッポの方は全然喋らないな。子分的なポジションだったりするのだろうか。
「いいえ。今日会ったばかりの先輩方に俺が奢る義理はありませんので。すみませんがお引き取りください。」
ヘアバンド男の顔から笑みが消えた。
「はあ~...聞き分けのない後輩君だねえ。先輩の言うことはちゃーんと聞かないと、学院生活苦労するよ?」
「自分の面倒ぐらい自分で見れますのでお構いなく。俺はまだ学院周辺を見て回るので、失礼します。」
2人に背を向けて来た時とは反対方向から表通りに出ようすると、後ろから肩に伸びてきた手を察知したので身を翻してこれをかわす。
「いい加減にしろよロッド=ナターン。成金家庭育ちの一般人の分際で、生意気な態度取ってんじゃねえぞ!」
やっと本性表したな。俺としてもこっちの方が手早く済むから助かる。
「一般人で、しかも学院にまだ入学すらしてないおまえごときが俺の魔術に勝てるわけねえだろ!生意気な後輩は、先輩として教育してやる!」
ヘアバンド男がやる気になると同時に、もう片方のノッポも臨戦態勢に入った。
これはあれか。自分が先輩になるってんで気が大きくなっちゃった、しかも一般家庭の出身でド素人の俺なら与し易いと思っちゃったのかな?
阿呆か。俺がド素人なのは昔のこと。先生に死ぬ程鍛えられた俺が、たかが1学年しか変わらない奴に遅れを取るかよ!
しかもこの傲慢さ、絶対こいつら放出タイプだろ。こんな狭い場所で放出タイプが魔術を使ったら危ないだろうに。
ここは『アレ』でいくか。放出タイプならこれで完封できるってナナ先生が言ってた『アレ』。
俺は魔力門を開けて門に負担がかからないよう細く薄く魔力を放出する。そしてその魔力で――――
「ん?あれ?なんで!?なんで術が発動しない!?おいルーゴ、おまえは!?」
「お、俺もダメだ!ソムベス、どうしよう!?」
よし、覚えた。ヘアバンド男がソムベス、ノッポがルーゴか。
しかしこんなうまくいくものなのか。正直ぶっつけ本番で、しかも放出タイプじゃなかったらどうしようかちょっと不安だったけど、幸いどっちも放出タイプみたいだ。やっぱナナ先生との修行は間違ってなかったんだな!
慌てふためく2人の内、まずソムベスに対して俺は―――――顔面に右ストレートを打ち込んだ。
「おうりゃあ!」
「べへえっ!?」
バキィッ!といい手応えを感じた。鼻の下に直撃したからな、前歯がイカれたんじゃないか?
続いてルーゴの横っ腹にパンチを叩き込む。背が高いせいで顔が狙い辛いからだ。
「せあっ!」
「ごおうっ!?」
こいつは肉が少なすぎるな、ヒョロヒョロじゃないか。
それにしてもナナ先生の言ってた通り、魔術を封じられた放出タイプのなんと脆いことか。
棒立ちで俺の拳を受け入れちゃったよ。少しぐらい抵抗されると思ったんだけどな。
ソムベスは口を手で抑えながら仰向けの状態でヒューヒューと音をたて、涙目で俺を睨みつけてきた。。
ルーゴの方は腹を抱えてうずくまっていて、俺に土下座するような姿勢だ。
揃いも揃って情けねえ。魔術師だからって魔術だけやってりゃいいわけじゃないんだよ。体を鍛えろ体を。
「おいおい、ちょっと小突かれただけでその様か?それでも先輩かよ。」
まだまだこんなんで済ますつもりはないぞ。成金家庭だと?おまえら俺の家族もバカにしたようなものだからな?
「お、おまえ、ふざけんなよ!?魔術が発動しないのに勝負も何もないだろうが!それをいきなり、な、殴りかかってくるなんて!魔術師としての常識がないのかよ!?」
ソムベスが泣きながら喚き出した。自分達は奪う方であることを疑っていなかったんだろうが、甘いな。
「どうも勘違いしてるな?俺にとってこれは魔術師同士の御行儀のいい勝負なんかじゃないんだわ。おまえらからしたら不本意かもしれないけど、残念なことにこれは喧嘩なんだよ。どっちかが潰れるまで終わらない喧嘩。そもそも2対1の時点でお上品な勝負じゃないんだからな?それなのにおまえ、魔術が使えなくなったなんて理由だけで収まるわけないだろ。それとも何だ?喧嘩のやり方も知らないのか?なら体で覚えろ!」
仰向けのソムベスの腹を踏みつけ、更に馬乗りになって顔を殴りつける。
「がっ、ぶっ、ぼあっ、ちょっ、も、や、待て......!」
「黙ってろよこのクソ野郎!」
ソムベスを殴るのに夢中になっていると、後ろからルーゴにタックルされたがヒョロヒョロのタックルごときで揺らぐ俺じゃない。
ルーゴの背中に肘鉄を食らわせると、呆気なく地面に突っ伏してしまった。そのまま横っ腹を蹴り飛ばして今度はルーゴに馬乗りになる。
さっきは身長差で届かなかったその顔をボコボコにしてやる!
「ぐっ、あ゛っ、べっ、ず、ずいま―――」
「聞く気はねえよ!」
謝罪なんかさせてやるつもりはない。ひたすら殴り続けると、やがてルーゴが気絶した。
「随分男前になったじゃないか。って聞こえてないか。」
ルーゴから離れてソムベスの方を確認すると、こいつも顔面が腫れに腫れまくっている。
意識はあるようだが、俺に悪態をつく気力も残っていないらしい。うつ伏せの状態ですすり泣いていた。
ムカつくな。自分から絡んでおいて、格好悪いにも程がある。
もはや殴る気も失せたので、2人にかけた術を解除して表通りに戻ることにした。秘密兵器の出番はなかったな。
さっき見えた病院に連れて行くか一瞬迷ったけど、命に別状はないだろうから放置でいいや。
表通りで陽の光を浴びると、肌に感じる暖かさとは逆に頭が急激にクールダウンしてきた。
そして冷静になったことで、さっきまでの自分の容赦の無さに恐怖がこみ上げてくる。
吐いた言葉も、殴った感触も、全部覚えてるのに自分がやったとは信じられない。
あれは......本当に俺だったのか?昔の俺はあんなんじゃなかったのに......俺はどうしちまったんだ......?




