人と人の間を
駅を出た時はウー先輩との気まずさで、寮に向かう時は地図を見ながらでそれどころじゃなかったもんだから、ようやく首都を楽しむ余裕が出来た。
寮の敷地周辺は基本的に住宅街だが、その中にどでかい百貨店が鎮座している。寮暮らしの生徒も利用する機会が多いんだろう。俺も今後お世話になりそうだ。
ところで首都の住居って、やたらと鋭角的なデザインなんだな。
少し丸みを帯びたレンガや石を組み合わせて出来てたイズマピスの住居と違って、こっちは切り出した石をパズルみたいに組み合わせたようなエッジの効いたフォルムだ。これはこれで面白い。
そういう観賞は後日にして、今日は学院区画の商店街だ。
さっきも通った道を逆走する形で住居の立ち並ぶ長い区画を抜けると、学院近くの商店街が見えてきた。喫茶店、飲み屋、料亭、露店、スイーツショップなど色々な種類の飲食店が並んでいるが、病院、薬局、文具店なんかもちらほらあるな。低くて2階、高いもので5階建ての建物がひしめき合っている。
すげえ賑わいだな。俺と同年代や少し上くらいであろう人が沢山いるぞ。春休み最後の日を満喫してるってところか。
で、俺の目的の"N²"は...どこだ?ところ狭しと店が並んでるせいでどこにあるのかわからないな。誰かに聞いてみよう。
ジュースの露店をやっている暇そうなあの女性に聞いてみるか。
「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど、この辺りに"N²"の店舗があると聞いたのですが、どこにあるか教えていただけませんか?」
「ん?それならこの先の十字路を右に曲がって、更に次の十字路をまた右に曲がって進んだら右手に見えてくるわよ。ちょうどこの店の裏側の辺りにあるわ。」
赤髪をサイドテールにし、エプロンをつけた活発そうなナチュラルメイクの女性だ。
「なるほど、助かりました。ついでにこのタパナジュースをいただけますか?」
「あら、優しいのね。道案内を頼まれたぐらいじゃ冷やかしだなんて思わないのに。」
バレたか。ちょい恥ずかしい...。
世間話をしながら店員さんが作業に入る。店に取り付けてある冷却炉からタパナを取り出して実を殻からくりぬいていく。
「丁度喉が渇いていただけですよ。」
「照れなくていいのに。君、この辺の地理に詳しくないってことは他の街から来たの?もしかして学院の新入生?」
「そうです。入寮手続きも終わったんで、学院周辺をぶらぶらしてみようかなと。」
「なるほどねえ。でもいきなり探すのが"N²"って、ファッションに興味あるの?上京デビューしたいとか?」
「ん?んー、まあそうですね。思春期ですからそういうのが気になり始めたんですよ。」
わざわざ事情を説明する必要もない...よな?
くりぬいた実を今度は細かくカットして透明な袋に入れると、容器に果汁を絞り出し、残った果実も投入した。パワーあるな...。
「あははっ。今時珍しいくらい素直なのね、君。はい、お待ち遠様。タパナジュースおひとつで200ネールになります。」
俺の顔ぐらい大きさの容器に入ったジュースを渡される。別に俺の顔がでかいってわけじゃないが、それでもこのサイズで200ネールか、悪くないな。
ちなみに連邦の貨幣はネールで統一されており、1ネール硬貨、10ネール硬貨、100ネール硬貨、1000ネール紙幣、10,000ネール紙幣が通貨として使われている。
「では丁度で。」
「はい、200ネール丁度ですね。確かに頂戴しました。買ってくれてありがと。学院生活、楽しめるといいわね。またのお越しをお待ちしておりまーす。」
気さくな人だったな。首都の人って普通に親切じゃん。やっぱマイルズ司祭の言ってた通り、先生は大袈裟なんだよ。
おっ、ジュースもうまいな。新鮮だからなのか素材の味が全く損なわれていない。気に入った、これからもあの店に顔を出そう。
教えてもらった通りに歩くと目的の店に辿り着いた。
高さ4階建て、横幅が隣の喫茶店の3倍以上はあろうかという大型店舗だ。奥行きもありそうだな。
流石にイズマピスの本店には及ばないが、それでもこの商店街の中では間違いなくビッグサイズだ。土地代とかエグそう...。
「ほー、男性服は4階か。それ以外の階が女性服ってことはやっぱ女性客の方が多いんだな。」
店の入口にある店内案内図を見てから階段で4階に向かう。挨拶が目的なら1階の店員でもいいと思ったけど、女性客だらけの中に男1人で入るのは気が引けてしまった。
4階には結構な数の男性客が商品を物色しており、ウー先輩が特殊なわけではなく、今の時代男もオシャレに気を遣うのは普通なのだとようやく理解することになった。
ともあれ店内を巡回している男性店員と思わしき人に声をかけてみることにした。
「あのー、すみません。」
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「その、この店の責任者の方にお取り次ぎいただけないでしょうか?」
「?すみませんが、当店のマネージャーとはどのような関係でしょうか?」
支店長じゃなくてマネージャーっていう役職なのか。
「いや、直接の面識はない...どころか実は名前すら知らないのですが、俺の母がここのマネージャーさんと知り合いらしくて、ご挨拶をさせていただけないかと...。」
無理に挨拶する必要はないかもしれないけど、人脈ってのはいつどこで役に立つかわからないからできるだけ味方は増やしておけって先生も言ってたし。
でもその癖喧嘩を売られたら全力で応えろって言うんだよな。味方を増やしつつ敵を潰せって、過激なんだから全く。
まあそれはいいや。で、どうだ?いけるかな...?
「左様でございましたか。ではお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
だよな。そりゃ聞かれるよな。仕方ない、覚悟決めろ俺。
「ロッド=ナターンと言います。ニーナ=ナターンの息子とお伝えいただければわかるかと......。」
「承知いたしました。マネージャーに確認を取って参りますので少々お待ちください。」
「はい、お願いします。」
お?わかってない?もしやこの人はただのバイトで会社には詳しくないってことなのかな?
男性店員さんが腕につけている魔道具に何か書き込んでいる。
確かこれは先生から聞いたことあるぞ。同じ魔道具を持つ特定の相手と文章のやり取りができるやつだ。
「確認が取れました。マネージャーがこちらに向かうそうなので今しばらくお待ちください。」
「ありがとうございます。」
しばらくすると、別の男性店員さんが階段を上がってそのままこっちに声をかけてきた。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました!お待ちしておりましたよ!あ、私、当店マネージャーを務めさせていただいております、ジェスヴィ=モズナーと申します。私のことはジェスヴィとお呼びください。本日はご挨拶に来ていただいたということで、よろしければスタッフルームの方でお話をさせていただけないでしょうか?」
やや色黒で金髪イケメンの20代後半ぐらいの人だ。かっけえ。
ちょっとチャラそうな見た目なのに、俺みたいな子供にも丁寧な対応だなあ。
「ロッド=ナターンです。母がお世話になっております。お誘いは嬉しいのですが、ジェスヴィさんもまだ仕事中ですしお邪魔してしまうのは申し訳ないので、今日はお互い顔を知れて充分ということで。俺は今日から魔術学院の新入生として学院寮で暮らすので、お話はまた後日都合が合えば、食事でもしながらゆっくりしましょう。」
ちょっと話を聞いてみたいとは思うが、今日は学院の周りの地理を確かめておきたいからな。
ジェスヴィさんはキョトンとした顔をしたと思ったら、今度は穏やかな笑顔になった。
「お気遣いいただきありがとうございます。そういうことでしたら、また学院の帰りにでも是非お立ち寄りください。その際にはよろしければ食事のお約束でも。私は首都暮らしがそれなりに長いので、いい店を紹介できますよ。」
「ありがとうございます。必ず近い内にまた来ますから。」
握手を交わして店を出る。今日はいい人と沢山会う日だな。このまま学院周りを散策したいが...感じるな、嫌な視線。
バウニッツさんの言葉じゃないけど、悪い芽は摘み取っておくか。
タパナとは現実でいうパイナップルのような果物とお考えください。
今後も作品世界の名詞が出る回は後書きで簡単な解説をさせていただきます(ものによってはキャラが作中で解説する場合もあります)。




