プロローグ
俺は明日、魔術学院に通うため首都ザンティグスへ旅立つ。ちなみにイズマピスは首都から南方へだいぶ下ったところにあるので距離的に家からは通えない。なので寮に入ることが決まっている。
そんなわけで今夜は俺とナナ先生の送別会だ。
「あーあ、父さんの飯もしばらくはお預けかー。首都の飯屋ってうまいところはどこも高いんですよね、先生?」
「そうですね。腕に自信のある人程、自分の商品に相応の値段を付けますから。」
「っていうより金持ちの客層がをメインだからなんじゃないですか?その点母さんの会社は職種が違うとはいえ、渾身の商品でもお手頃価格で提供するまさに庶民の味方なわけだ。」
「ロッド君、それは少し偏見が入ってるように見えますが?」
「首都が魔窟だなんて最初に言ったのは先生でしょうが...後でマイルズ司祭に聞いたら笑い飛ばされてめっちゃ恥ずかしい思いしましたよ。」
「え、それ初めて聞いたんですが...。」
「そりゃあ首都の本殿から来てる人がいるんですから、色んな人の話を聞きたくなるのは当然ですよ。」
「つまり私も巻き添えで笑われたということじゃないですか!」
「そんなの絶対俺のせいじゃないでしょ。俺をおどかそうとしてかは知りませんけど、大げさな話をしたのがそもそも間違いだったってことで、反省してくださいね?」
「ぐうっ...君は逞しいを通り越してもはやふてぶてしくなりましたね。」
「あんだけ魔術社会のどす黒い話を聞かされりゃ、純粋な子供のままではいられませんわな。」
ここ1年の俺と先生の間でもはや恒例となった皮肉り合いを聞いて母さんが微笑む。
「ナナさん、ロッドは言い回しこそややキツくなったとは思いますけど、根っこはぜーんぜん変わってませんよ。オーリスもそう思うでしょう?」
「うん、そうだね。美しい師弟愛のなせるやり取りですよ、ナナさん。」
「俺とナナ先生は師匠と弟子っていうより先生と教え子って方がしっくり来るんだけどな...ま、こんなやり取りができるのはナナ先生だけなのは間違いないね。」
「......はあ。確かに君はどこに出しても恥ずかしくない自慢の生徒です。可愛さのあまり、身を守るためとはいえ喧嘩の流儀を叩きこんでしまったのはやりすぎたのかもしれませんが...。」
久しぶりの思いがけないストレートな誉め言葉に、思わず飯を噛まずに飲み込んでしまった。喉に詰まった...!
「グッフ!エフ、ウオッフ!ンンン!」
水を飲んで先生の顔を見るとニヤリとしたり顔をしていた。やってくれるじゃん...!
どう切り返してやろうか考えていると、母さんが今度は溜息をついた。
「明日からはもうこのやり取りが聞けないなんて、寂しくなるわねえ。」
「そんなこと言ってるけど母さん、しばらく父さんと二人っきりだからイチャイチャするのが楽しみなんでしょ?」
先生が来る前は俺の目を気にすることなくベタベタしてたが、流石に先生がいたこの3年間は自制してストレスが溜まり気味なのはわかってるのよ。
「こ、この...!ええそうよ、来年の今頃にはあなたに弟か妹ができてるかもね!」
「ぶふぁっ!?ニーナ!?落ち着いて!」
あーあ、また酒に吞まれてんなこの人は。
「はあ~そうですか。今までも出来てなかったんだから、あんまり期待せずに待ってますよー。」
「ふふーん。そんなこと言うなら、もし家族が増えても抱っこさせてあげないわよ!」
む、それは嫌だな...可能性がないこともないのでここは掌を返してご機嫌を取らねば。
「あー、ごめん母さん。期待してないなんて嘘よ嘘。やっぱ家族仲良くが一番だよね。学院に入ったら月に2回は手紙送るから楽しみにしててよ。」
「ふん。ナナさんに鍛えられたあなたならそれ程心配ではないけど、楽しみにしてるわ。それと、長期休みにはこっちに帰ってくるんでしょ?お友達とか連れてきなさい。盛大にもてなすから。」
もてなしの準備をするのは俺と父さんだろ、と言いそうになったが話がうまくまとまりかけているのでここは言わぬが花だな。
「どうだろうねえ。自分で言うのもなんだけど、俺ってかなりアブノーマルな魔術師らしいからなー。誰も近寄ってこないか、あるいは同類の変人を呼び込むかもよ?」
「はあ...すっかりああいえばこう言う子に育っちゃってもう。私もオーリスも魔術のことはわからないけど、あなたの人格はおかしくなんかないわ。まあ、もう少し人の言葉を素直に受け取ったほうがいいと思うけどね。初対面の人相手にそんな返し方したら印象良くないわよ?」
こういうのは先生から舐められないようにと教えられて沁みついたものだから先生に文句言ってくれよ、と言いたいが、ここも出かかった言葉を吞み込んで話を先に進めるとしよう。
「はいよ、気を付ける。」
ちらっと先生を横目に見ると、何食わぬ顔で料理に舌鼓を打っている。
わざとやってるのかこの人は...それとも天然か?あなたの教えにケチつけられてますよ?
一通り料理を平らげ、後片付けをしてから荷物の確認に入る。とは言ってもそこまで荷物は多くない。
着替え数日分、入学書類一式、筆記用具、歯ブラシやら何やらの生活用品、当面の生活費、そして先生から早めの餞別として1ヶ月前にもらったこの秘密兵器。
こんなとんでもない代物が13歳の学生に必要なんだろうか?これ使いこなすのもめっちゃ苦労したし。というか今でも完璧に使えるわけじゃないけどさ。
あの人最初の頃は厳しいこと言ってた癖に、どんどん過保護になってきたよな。
ちなみに生活費は家からある程度は仕送りして貰えるが、社会勉強だと思って自分でもバイトで稼ぐようにと言い含められた。
先生もこれに賛同したので俺のバイト探しはほぼ確定事項と言っていい。
節約すれば必要なくね?と思ったが首都の物価と1ヶ月の仕送り額を聞いてその選択肢はなくなってしまった。無念である。
翌朝、4人で朝食をとってから俺達は魔導列車の駅のホームへ来ていた。連邦全土に線路が敷かれており、場所によっては乗り換えがやや複雑だが国内のどこへでも行ける優れものだ。
発車時刻まで少し余裕があるので、今のうちに別れを済ませることにした。
「ロッド、無理はしないようにね。独り暮らしは大変だと思うけど、同級生と仲良く協力して頑張るんだよ。でも辛いことがあったら中退して帰ってきていいからね。」
「いきなり不穏なこと言うのやめてくれよ父さん...。」
そこは息子の強さを信じて欲しい。
「首都の支店の従業員によろしく伝えておいてね。私もその内出張でそっちに行くかもしれないから、その時はいいお店紹介してもらおうかしら。」
「ええ...俺母さんの部下の人についてほとんど知らないんだけど...まあ俺と母さんの名前出せばわかるか。」
普段出張なんて年にあるかないかぐらいだったのに、わざわざ来てくれるのはやっぱり心配してくれてるってことかね。
「ロッド君、これを。」
先生が俺に一枚のメモを渡してきた。
「何ですか、これ?」
「そこには首都にいる私の知人と、その住所を書いてあります。彼らには私の方から、いざというときには君のことを助けてあげて欲しいと頼んでありますが、気が向いたら君の方からも訪ねてみてください。彼らも君を待っているはずですから。」
「なんか、いきなりこういう人脈を持ってるのって、反則っぽくないですか?」
「このぐらいは他の新入生も持ってるものですよ。意味のないハンデを背負う必要はありませんから。」
「......ありがとうございます、先生」
深々と先生にお辞儀をして感謝する。
「お気になさらず。それと、私の実家は首都から西の方にあるドニリアという港町にあります。私は明日実家に帰る予定ですから、都合が合えばいつでも訪ねて来てくださいね。首都から列車で1時間程度の距離ですから。あ、孫にもよろしくお伝えください。」
「ええ。友達が出来たら、是非自慢の先生を紹介させてください。それじゃ......。」
3人とそれぞれ抱き合って別れを告げる。
「行ってきます!」
「「「行ってらっしゃい!」」」
列車に乗り込み切符に書いてある座席に座ると、窓から笑顔で俺を見送る3人が見えた。
父さん、母さん、先生、男を上げてまた会いに行くよ。楽しみにしててくれ。
『間もなくイズマピス発、ザンティグス行きの便が発車いたします。危険ですので、窓から手を出さず、席にお座りください。』
発車のアナウンスが流れ、徐々にホームから遠ざかっていくのが見える。充分に加速した頃には、もうイズマピスを出ていた。
ふとあることに気付く。
「あれ?そういえば先生のお孫さんの名前聞いてなくね?」
あの人やっぱ天然だろ。
このような拙い作品に評価をつけていただき、誠にありがとうございます。
文章や表現に見苦しい部分があるとは思いますが、よろしければ随時感想でご指摘いただければ幸いです。
なるべく更新ペースは落とさぬよう努めてまいりますので、今後もどうかお付き合い願います。




