いくら僕でもブチギレる
元魔王配下にして魔剣士ヴァルス、一瞬の隙を突かれて叩きつけられ、昏倒失禁に至る!リデですら、あれは死んだかもしれないと思うほどの勢いによるバックドロップが、ヴァルスを無様な姿の人間噴水に変えてしまったのだ!
「ヴァルスさん!ああしっかり!」
ルーナはヴァルスが自分を庇った事により助かり、そして昏倒した姿に慌てて駆け寄った。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、あれは流石にやばいんじゃない?」
「いくら剣なしでも、ヴァルスは強かったのに」
すくりと、ブリッジから起き上がるマリューは、白目を剥き身体が逆さまのまま戻れず固まって痙攣したヴァルスを見下ろした。
「あれだけ言ってて無様ねぇ」
濡れた下着に足を置き、グリグリと踏みつける恥辱すら与えて、それは流石にと僕は顔をしかめた。
「おい、皇女様よ、倒れた相手嬲るのが真婚凄克なのか?」
さしもの僕もそれは無いだろうと腕に力が篭った最中、パァン!と乾いた音が響いた、ルーナがマリューを平手打ちで叩いたのだ。
「足を退けなさい!いくら皇女でもーー」
涙目になって叩いたルーナは言葉の途中で、身体がぶれた、返しのボディブローがお腹にめり込んでいたのだ。
「うぐぁああ」
「皇女の頬を叩くなんて、ふざけた耳長ねぇ?」
膝をつき口の端から唾液を垂らしてお腹を押さえるルーナに、奥歯に力が入る。これが真婚凄克だとは言え、彼女が勝手に始めた事だから、目の前で自分が抱きしめた女性を嬲られたならば、それはもう見てられない。
しかしそれでも鎖は微動だにしないあたり、マリューは抜け目がなかった、どうにかせねばと考えた矢先、身じろぎが功を制したか、少し鎖がずれた。
「さぁて、何回耐えれるかしらねこの長耳は」
その最中にもマリューはおもちゃを扱うかのようにルーナの首を左手だけで持ち上げた。
「う、ぐぁあ、あう!」
呼吸が出来ずに宙吊りにされもがくメイド姿のルーナに、マリューが右手を彼女へ、握りこむ様を見せつけて弓のように引いた。
「そぅら一発ぅ!」
そして放たれる、二度目の拳。それはルーナの足が持ち上がる程の強さだった。
「あぐぅうう!ぶぁ、あぶぅう!」
これにより、ルーナは涙を流しながら絞められた喉から絞り出すように吐瀉物が込みあがり、そうして手を離されうつ伏せにお腹を押さえて吐き出した。
「ちょっと!ひどすぎない!?」
「やりすぎよ!ルーナから離れなさい!」
エニーとエンディも流石に怒り、手を前に出して魔力を高め、魔法円が形成された。
「ウィンドスラッシュ!」
「フレイムボール!」
真婚凄克では魔法の使用も認められている、しかし威力は抑える必要があるものの、二人の炎弾と風刃はしかとマリューに向かった。
しかしマリューが、ついに僕の踏み入ってはならない領域に踏み込んだ。マリューはえづいているルーナの後ろ襟を持ち、そして風と炎の前に縦がわりにしたのである。
「きゃあぁあああ!!」
「「ルーナさん!」」
予想はできただろう、しかし、皇女がそれをするのかと、そして身体中に、抑えたとはいえ風による傷と火傷に、僕の頭の中で何か切れた。
「おい……その辺にしとけよ、皇女」
僕の中から、どす黒い何かが滲み出して来た。
アルシャ皇国には、皇帝から認められ国の象徴となる『七騎士』と言う立場の騎士が居る。
竜と空を駆る『竜騎士』フレーデリッヒ
聖なる魔法剣の達人『聖騎士』ルガンティア
怪力無双『剛騎士』ザンバック
可憐なる戦乙女『華騎士』フェム
鋭くも荒れ狂う風『風騎士』ゼヘリ
さながら不死者『生騎士』ヌザエ
そして……言うも憚れる『闇騎士』リデ
そんな騎士達の中で、最強が誰かって聞いたら、皆自分だと胸を張る。
だが、その後に騎士様は必ずこう言うのだ。
『闇騎士とだけは戦いたくない』と。
他の騎士達に、それは何故か?と、問いかけると、彼らはこぞって言う。
『奴は決闘となれば、前日に弩砲の向きを敵の立つ位置に着弾するように用意する輩だから』
『墓に持っていくはずの秘密をいつの間にか握られて、これでもかと脅されるから』
『夜中に住居へ大砲を容赦なくぶっ放すから、というか喧嘩で一戦争並みの兵力を平気で率いてくる』
『負けた相手を殺さず裸体で縛り上げた後、行進するから、うちの旗下の部隊長がそれをやられて精神病棟に居る』
『と言うか、決闘を申し込んで振り向いたら奇襲された、私の頭が凸凹なのもそれが原因』
『先代が長年連れ添った竜を見せしめに殺して、その肉を先代と旗下部隊の前で解体して食べ、しかも丁寧に民衆にまで振る舞った』
他の騎士達は皆、そう言って身を震わせる。
『闇騎士とは喧嘩をするな、闇騎士を怒らせるな』
それは、騎士達、そしてアルシャ皇国内貴族、皇族の当たり前であり、それをマリューは知らなかったのだった。




