聖水は薄められた?
「どうしたリデ、何かあったの?」
いけしゃあしゃあと、背後で元魔王配下のヴァルスがそう聞いて来た。
「ノプラド村が……カースドラゴンを討伐したのに、また避難する事になったと」
僕はつたなくも語った。
カースドラゴン……ドラゴンの中でも、魔界やその近辺に生息している竜。身体中に呪物が取り憑き、羽ばたく風にすら呪いが付与される『災害』とも言うべき竜。
地震、雷、津波と来て『竜害』と言う自然現象として並ぶも、その中でも一際凄まじい災害となる竜。
しかし……それは既に一ヵ月前に僕らが討伐した筈だった。その際にノプラド村や周辺村落には避難警告が張り出され、人的被害無しに見事討伐。
そのノプラド村から、また避難して来たのだと言う。
「しかし、何故避難を……」
「何でも、ゴブリンの集団が現れたとは聞いている、詳細は知らないが」
兵士が言うには、ゴブリンが出て来たと言うのだ。
「リデ……祓い作業は、僧侶による祓いはしたのか?」
ヴァルスがそう尋ねる、祓い作業はしたのかと。
祓い作業とは、呪物や呪いにより汚染された区域を、僧侶の浄化魔法、もしくさ聖水を持って清める事を言う。
「カースドラゴン討伐後に、この領地の貴族と教会に届け出を出したさ、作業も確認した」
自分達勇者パーティが、それらの手続きを方々にしたのも覚えている。手ぬかりはなかった筈だ、それがまた一月でゴブリンが、魔物が出没したのだ。
まず、それがあり得ない。浄化の効果は長く続く。確かに、魔界に近い地域だが……それでも数ヶ月でスライムが出現したのならば、浄化が弱まったとなるが、一ヵ月はいくら何でも早すぎだ。
「馬借りて行こう、くそっ、ふざけんな!」
「こら!私を置いていくな!」
おかしいにも程がある、僕はもう故郷に帰るという目的を忘れて、足早に貸馬を借りに行くのだった。
リスティアの町からノプラド村までは馬があれば一時間で辿り着く。帰る為の路銀を使ってしまったから、金を稼がねば故郷まで歩く区間が増えてしまった。
だが、勇者が救った村がまた避難する事態に陥るなど、ましてや浄化作業した筈なのに短い期間で魔物が出たとなれば、見て見ぬ振りなどできやしない。
街路を馬に跨り走り抜ける、ヴァルスも知らぬ存ぜぬをすればよかろうについて来た。
そうして、辿り着いたノプラド村を見て……僕は余計に驚かされた。
損壊はまだ無い、むしろ一月前のカースドラゴンの被害からの復興作業中だ。資材や建てかけの家屋も見れる。しかし……。
「浄化の気配が無い……」
浄化魔法、聖水による浄化の様相が忽然と消えていたのだ。馬を降りて何が起きたのかと、辺りを見回す。
ヴァルスも馬から降りて、顎に手を当てて、そして口を開いた。
「聖水も、浄化魔法も、使われているわね……」
「分かるの?」
「魔族だから、正反対だもの、余計に肌で感じるわ……けど弱いわ」
ヴァルスは魔族ゆえ、浄化魔法や聖水を苦手とする。だからこそ機敏に感じ取れるという、しかしてそんな魔族でも、弱いという感想が出た。
「聖教徒が聖水を薄めたんじゃない、僧侶の浄化も見習いにやらせたとか……そうでもしないと、こんな弱くなるものですか」
魔族からの意見に、僕は耳を傾けた。悪徳な僧侶や司祭が、水増しした聖水を使った事例は何件か聞いた事があった。
となると……この区域の聖教会を訪ねなければならないかとそれが思い浮かんだ。
他には無いかと、歩きながら思案を巡らせる。
この領地の貴族が、定期的な浄化作業をしなかったのも考えられる。浄化、祓いの作業は聖教会だが、その指示は貴族が行う。貴族に支払われる税から、教会に聖水や僧侶による浄化魔法の作業の費用を、お布施として出すのがこの国の決まりだ。
だから、平民も呪いやら病気にかかった場合、聖教会に解呪や診察を無料で受ける事ができた。
「この辺りを統治するのは、アスラ辺境伯だったな、教会はさらに北東のリスティア大聖堂がある……」
話を聞かねばならないみたいだなと、また馬を動かそうと借りた馬に戻ろうとしたその時だった。
「そこの2人!何をしている!今この区域は避難勧告が出ているでしょう!立ち入り禁止ですよ!」
凛とした声に僕とヴァルスが声のした方角に振り向けば、何頭もの馬と、それに跨った銀の鎧を纏う、女騎士達がこちらに向かって来ていた。