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鳩の捧げ物・4

新書「鳩の捧げ物」4


四人は、待つ間に、あちこち聞き込みをしてくれていた。レイーラは医師の手伝いなので、多少土地勘のあるハバンロと、シェードを組ませ、カッシーはオネストスを連れ出した。

オネストスは騎士団の所属のため、俺達につけられているとは言え、勝手に連れ回せないはずだが、カッシーが、

「こういうのは、一人で聞いて回るより、二人で行ったほうが、やり易いのよ。」

と、強引に連れ出したらしい。

街の噂では、もっぱらトーロと、墓地にいた一団が関わっている事になっていた。トーロ自身は、一応自警団の所属のため、彼等とは、基本は仲が悪かった。だが、パーロとソロスという、比較的「話の通じやすい」人物と、話している姿を何度か見られていた。二人は買い出し部隊のような役割だったようだ。

街の人たちは、ジーリとは違い、彼等が、墓地(キーリの墓のある、街の墓地)にも、旧市街にもおらず、町を出た、と思っていた。つまりは、トーロが連中を手引きし、娘たちをさらわせた、というわけだ。目的に関しては、「よくわからんが、新氏族を作るため」程度の推測だが、主犯とされる一団より、何故かトーロが非難されていた。場所については、以前、複合体のいた洞窟、という事になっていたが、洞窟には小規模だがエレメントの監視施設があり、職員がいる。また、落盤で、今は内部に入れる状態ではないそうだ。まとまった人数が人質を連れて、施設職員に見とがめられずに、身を隠す場所ではない。さらに、距離もあり、そこから、マドーナが一度の転送魔法で、ゲイターに出られるとは思えない。

このような理由から、近郊に適当な場所は、という話になり、「新墓地」を揚げた者がいた。

揚げた人物は、適当に言っただけで、今は何もない更地だから、と付け加えた。だが、よくよく聞いてみると、地下墓地として設計したため、先に竣工した地下部分は、内装以外はできているらしかった。

内装のデザインは、クーデター後に、予算不足から変更されたのが、それが、伝統的な狩人族の様式ではない、という事で揉めて、数ヵ月以上工事が中断していた。結果としては、今の墓地の蔵(副葬品をまとめて納める所。一緒に土葬または火葬にされるのが普通だが、死者の地位が高いと、記念品が集まるため、保管・展示している。)を改装し、新しい納骨堂にし、蔵は街の記念館に移す事になった。

ただ、それはそれで、予定より狭くなるため、揉めているそうだ。建築はジーリが中心になっていたが、話し合いが二度も破綻しかけているため、一部に反発する層があり、それがトーロへの非難に繋がっているらしい。

狩人族は、従来は土葬で、墓碑は建てず、森に深く掘って埋葬していた。ただ、真夏に病死した場合や、怪我で遺体の損傷が酷い時や、小さい子供の場合は、火葬になる場合も多い。

土葬の時は、各氏族で決められた場所に埋葬する。墓碑は建てないため、墓参の習慣はない。ただ、定住化が進み、コーデラやチューヤの影響が強くなってからは、土葬でも火葬でも、墓碑を建てるようになった。

特に、最近は、昔の死者の墓を、氏族・一族のモニュメントとして、新しく建てる事が流行り、墓地は混雑している。新墓地の工事も、そのうち必ず再開するだろう、と言われていた。

カッシーたち二人は、その話を仕入れた後、すぐ新墓地に様子を見に行った。更地、と言われていたのは、確かにその通りだが、三十度ほどの角度のついた地下への扉があり、鍵穴がなく、施錠されているようには見えなかった。だが、中から塞がれているようで、オネストスの力でも、開かなかった。

墓場に、中から施錠する機能は必要ない。ということは、中に人がいて、開かないように「細工」している。

シェード達は、墓地と旧市街を見に行ったが、こちらは入れ替わり立ち替わり街の人が来て、怪しい者がいないことを確認していた。

グラナドは、この話を聞いて、まず俺とファイス、カッシーを先に連れて、新墓地に行き、探知魔法を使った。探知魔法は特定した故人は探せないが、エレメントを帯びた人や生物、物は探せる。モンスターの索敵に使うのが一般的だ。

「確かに、いるな。生きた人間だけのようだ。人数は…二属性使いがいないとすると、最低三人か。風がない…訳じゃないが、ごく弱い。いや、魔法を使えない者がいるとすると、正確な人数はわからんな。中の広さが図面通りとすると、二十人越える事は無さそうだが。

風以外は、各属性がバランスよくいるが、水がやや強いか。

扉は…金属用の強力な接着剤だな。これじゃ、中からも開かない。魔法でしか出入り出来ないようにするためか、別の入り口があるか。観光用なら、後者の可能性はある。

これも、ハバンロなら、気功で破壊できるだろうが。」

俺は、

「ハバンロ達が来てから、突入するか?」

と尋ねた。人質は取られているが、不意討ちの機会だ。ファイスも、

「敵も、一人逃げた以上、ばれるのは時間の問題だ、と思っているだろう。それでも、ここを離れない、ということは、『儀式』とやらに欠かせない『何か』がある。動けないなら、今のうちに。」

と言った。カッシーだけが、

「囲んでからのほうがいいわ。もっと人数が欲しい所ね。」

と言った。

「オリガライトこそ無いけど、無関係じゃないでしょ。ミザリウスが、エレメントが揃う事に意味がある、とか、そういうことを言っていたわ。風の子が一人抜けてる事もあるし、必要な人数が揃うまで、何も出来ない、と思っていいかもよ。」

と言った。するとファイスが、

「最もだが、もう皆が警戒している。新しい風魔法使いの女性を、直ぐに調達するのは無理だろう。それまで時間があるのは事実だが、不十分なままで、『儀式』をはじめる可能性もある。男性の風魔法使いならいる。この際、彼で間に合わせるかも知れん。」

と言った。俺はファイスに賛成し、

「地方の思想団体に、エレメントの制御に長けた魔導師が揃ってるとは思えないけど、何をやらかすにしても、早く止めておかないと。」

と意見を言った。一番大きな理由は、ミルファ達が心配だからだが、それはここにいる全員がそうだ。

グラナドは、

「それでは。」

と言いかけた。だが、結論をいう前に、シェード達の声がした。彼とハバンロ、レイーラの他、フィールとオネストスが来た。

最後の二人は意外だったが、フィールは、見取り図を始め、五種類ほどの文書を持っていた。建築士に借りてきた、という。俺達がジーリから借りた図面に比べ、詳しく、建築計画の変更点なども書かれていた。

カッシーが、

「ずいぶん、違うとこ、あるわね。」

と、グラナドを見た。フィールは、

「ややこしくなるから、トーロは巻いてきた。たぶん、役人と旧市街に行ってる。ゾーイに頼んで、自警団の強い人達に、搬入口を見張ってもらってる。」

と説明した。やはり出入り口はもう一つあるようだ。

オネストスは、フィールの説明の間、食い入るようにグラナドの顔をみていた。そして、終わったとたん、

「虫のいい話ですいませんが、殿下、お願いがあります。」

と切り出した。

「ピウファウム達の説得、俺にさせて貰えませんか?」

どこに彼らがいるのか、と、ハバンロが不思議そうに言っている。だが、俺は納得した。

謎の風魔法使いは、ピウファウム。彼はそれを悟っていた。


旧市街に集まった連中には、転送魔法を使える者がもともといなかった。はっきり聞いた者はいないが、日々の買い物は毎回、数人が徒歩で来ていたから、街の人はそう判断していたらしい。なのにいきなり転送魔法で人さらい、という展開から、オネストスは、ピウファウムを連想したそうだ。

もちろん、それだけではピウファウムと決めるには不十分だ。彼が狩人族の血を引いているとはいえ、王都から来た彼が、ここの墓地の団体と、以前から接点があったとは、考えにくいからだ。また、ピウファウムが主張していた自分の氏族については、狩人族側に確認したが、西に移住後、帰還しなかった一派で、音沙汰もなかったため、直系は絶えた、と見なされていた。

「ミルファだけでなく、騎士のソーガスもさらっていった事を考えると、確かにピウファウム、というのは、妥当な線だな。」

グラナドは、ピウファウム説には同意した。

「残念だが、もう、お前が説得して、完全に宗旨変え出来たとしても、手遅れだ。ここまでやってしまえば、もう、彼を受け入れる所は、王都では、地下牢くらいだ。」

と、「提案」は跳ねた。

「なあ、でも、今までの事からすると、何か、操られているとか、じゃないか?」

と、シェードが口を挟んだ。レイーラが、

「リンスク伯爵の事もあります。何か、自分の意思を奪われている可能性もあります。」

と添える。二人はオネストスに同情したらしい。

「それはどうかしら。リンスク伯爵も、チューヤの皇子様も、利用されるだけの素養は、前からあったでしょ。ミルファ達を助けるのが第一なら、彼の優先度は、低くなるわね。」

と、カッシーが、彼女にしては、冷ややかな口調で言った。それで少し静まった中、俺は、彼女に口添えするつもりで、オネストスに向い、

「気の毒だが、君も騎士だ。それに相応しい物を選んでくれ。」

と言い、同意を求めるつもりで、ファイスを見た。だが、彼は、自分の意見は言わなかった。一瞬だけ、何だか悲しそうな顔をし、

「殿下、どちらにしても、次の手はどうしますか?」

と言った。

結局は、グラナドの方針次第なのだが、俺は、彼の表情に妙な引っ掛かりを感じ、

「君は、どう思うんだ、ファイス。」

と尋ねた。当然、ファイスは驚いたようだった。この時の俺の口調には、自分でも意外なほど、苛ついた物があったと思う。お人好しすぎるオネストスに対する物だった。だが、言葉に乗せて向けられたのは、ファイスになる。

彼は、俺から目を離さなかったが、黙っていた。返答に困っていたのだろう。先程のより、僅かに重い空気が痛い。

「それより、さっさと飛び込みましょう。ミルファは、そこにいるんでしょう。話してもまとまらないなら、今できる事を、先に早くするべきですな。」

ハバンロが、空気を破った。カッシーが、笑いながら、見事ね、と言った。グラナドも、安堵の笑顔で、

「じゃ、一発、頼むよ。」

と、破壊を促した。オネストスには、

「何も約束は出来ないが、最善を目指そう。」

と軽く添えて。明るい顔で礼を述べたオネストスは、「良い解釈」をしたようだ。

俺は「悪い解釈」をしたが、解釈の吟味の間もなく、扉が気功で破壊された。


未知の領域に転送魔法は使えない(使えなくもないが、出る場所が確定できないと、危険なため。)。入り口は観光を意識してか、予想より広かったが、全員一度ではなく、先に俺とファイスが入る。シェードとハバンロ。グラナドを挟んで、レイーラ、カッシーと続く。オネストスは万一に備え、地上に残した。フィールには、搬入口をふさいだ人々に、連絡にいってもらった。そちらにラールがいるということで、向こうの突入は待ってもらうためだ。

中は通路の幅から推測されるほど、広くはなかった。マドーナの話を裏付けるような、祭壇めいたしつらえがある。中心に、磨りガラスのような半透明の格子で出来た、シンプルな檻がある。

そこに、女性達がいた。

「ミルファ!」

誰ともなく叫び、駆け出した。グラナドは探知魔法を使う余裕があったが、シェードとハバンロは、ほぼ突進だ。

だが、いたのはミルファではなかった。若い女性が二人、拘束されていた。気絶している。サーラとミシャンだった。サーラは宴席に出ていたので、微かに覚えがあった。一緒に、話に出ていた、小さい女の子二人も拘束されていた。子供二人は、シェードに、町まで転送魔法ですぐ運ばせた。

予想した20人は居らず、代わりに40かそこらのケージが並べてあった。小動物と、弱い水棲系モンスターが入っている。このレベルとしては、エレメント値が異様だ。それらはほとんど動けず、瀕死だった。

女性二人の拘束を解いたが、すぐ意識が戻ったのミシャンだけだった。最初は俺たちを敵と思ったらしく、取り乱していたが、グラナドが話し掛けると落ち着いた。

「ああ、殿下…大変な事に。」

彼女は、素早く状況を説明した。その説明は、分かりやすい物だったが、同時に難解な物だった。


マドーナが逃げた後、連中のリーダーのオーリが、マントを二人ほど連れて、入ってきた。ミシャンはオーリの事は知らなかったが、サーラは知っていたようで、彼の名を呼んだ。

それまで、自分達を見ていた男は、ラッシル人のようで、ミルファとラッシル語で争っていたが、オーリが来ると、コーデラ語に切り替えた。オーリは、最初、ラッシル人を責めたが、ミルファがマドーナを逃がし、「経典」の頁を持たせた、と聞いて、ミルファを殴った。マントの一人がそれを止め、もめた挙げ句、ミルファを連れて出ていった。

「連中は、サーラも連れていくつもりでした。私は『条件に合わない』、子供達は『この状態なら、耐えられそうにない』から残す、と、ラッシルの男が言っていました。それから、オーリが、『まあ、いい。補充はしてある。例の話を持ち出したら、差し出す馬鹿はまだ奥地にはいるからな。』と、言ってました。マントの誰かが、小さい声で、『お前もな。』と言いました。誰かと思って、会話は注意して聞いてましたが、訛りのない、素直なコーデラ語でした。オーリの仲間は、地元の人間なので、このあたり独特のアクセントがあるのですが、それは聞き取れませんでした。

最後に、オーリは、

『迎えが来たら、邪魔するな

と伝えろ。終わって無事なら、帰してやるから、と。』

と言いました。

サーラが、それを聞いて、『貴方、誰?オーリじゃない!』と叫び、つかみかかりました。でも、サーラは、蹴り飛ばされて、気絶してしまいました。彼らは、最後に私達を縛ると、抵抗するミルファさんを連れて、出ていきました。行き先はわかりません。」

揃ってしまった、そう思った。苦い感情が込み上げる。

サーラを見ていたレイーラが、

「蹴られた時に、肋骨を折ったみたい。すぐ、医者に見せないと。」

と言った。グラナドは、サーラとミシャンを抱き寄せ、直ぐに転送魔法を使った。入れ違いに、シェードが戻った。程なくグラナド戻ったので、全員て街に戻った。

ラール達も戻っていた。ジーリの所に、パーロとソロスを始めとする、無断キャンプの連中がが逃げ込んできたので、呼び戻されたからだ。リーダーのオーリと、一部連中が、女性をさらって、おかしな呪いを始めた。少し前から変だと思ってたが、ここに到って、恐ろしくなって、逃げてきた。

俺達は再びジーリの家に集まった。彼は、俺達にも連絡する所だった、と言った。先に連中の行き場所に、偵察を出してたので、と説明していた。それはシィスンとゲイターの、丁度間にある、廃村跡だった。

シィスン側から森の入り口に入り、道路標識を無視して立ち入り禁止側に入り、獣道を抜けて行く。そんな場所があるとら初耳だが、ラールは、

「昔、キーリから聞いたわ。」

と言った。モンスターの大量発生で廃村になった所で、それはキーリが産まれる前だった。街から近いとはいえ、間の川には橋もなく、どうせ地元の者は立ち入らないから、と放置していた。が、悪質な悪戯で、道標の向きを変えた子供がいて、それが原因で、旅人が道に迷って、崖から転落して死亡した。それ以来、明確に立ち入り禁止にしている。

「あんたが倒れている間、薬草取りに行った時に聞いたわ。」

私も今まで忘れていたけど、とラールは語った。

ジーリは、

「廃村なので、失念していました。」

と言った。

昔の話は仕方ないが、さっき、適当な潜伏場所の話が出た時に、ジーリが指摘し忘れた事には、弱冠、不信感を抱いた。しかし、場所としては森とはいえ、シィスンに近い位置になるし、狩人族の土地ではないからだろう。カッシーが、小声で怪しいわね、と言い、釈然としない物は、すべてグラナドに話しておかないと、と思った。

廊下で大声が聞こえた。ミルファに似た声だったので、まさか、と思ったが、フィールだった。俺達は居間を占領していたのだが、フィールは中に入ろうとして、表にいたオネストスに軽く止められ、落ち着くように言われていた。ジーリが気づいて「後にしなさい。」と言ったが、グラナドは、

「その様子だと、朝食のメニュー程度じゃなかろう。何があった?」

と、さっと招きいれた。彼女は、

「トーロが、いないの!」

と、高い声で叫んだ。


トーロと共に、宝物庫(墓地の改築に伴い、未整理の副葬品その他を収納していた)の鍵も無くなっていた。鍵はジーリが預かり、自宅に置いていた。表向きには役所にあることになっているが、本物のありかは、立場のある職員は知っていたが、ジーリの家族は知らなかった。ただ、アードが、

「ナミリさんの弟が、『故人が譲ると約束してくれた物を、甥が勝手に納めた。』って、もめたでしょう。その時に、父さんが、役所と家を、ばたばた移動してたから、僕は気付いた。トーロ兄さんと、その話をしたことはないけど。」

と語った。

宝物庫からは、いわゆる金目の物は、無くなっていなかった。古い銀の腕輪が一つと、それほど古くない、木の弓が一つだけ、無くなっていた。腕輪は純銀ではないそうで、弓は実用にはなるが、どちらも売って資金源になる品物ではない。

腕輪は、「全ての狩人族の母」と言われる、伝説上の女性族長イーブの物、と曰くがあった。しかし、これは鑑定の結果、せいぜい百年から二百年前のものだと分かっていた。当時、幅を利かせていた氏族長の夫人の持ち物で、身に付けるとエレメントの祝福を受ける、と言われていたが、当然、そのような現象はなかった。

弓は、三十年前の新年祭に誂えた、儀式用の弓だった。男女合わせて、選ばれた数人の狩人が、祭礼で引く。普通は何年か使用する物だが、これは一回だけ使用されて、仕舞い込まれた。比較的小型の弓だが、どういうわけか、腕の良い狩人達でも弾きにくく、その年、的に命中させたのは、キーリだけだったからだ。

腕輪と弓は、墓地の連中(今は廃村の連中、だが。)が、儀式に使用するために盗ませたのだろうか。迷信めいた効果を期待しただけか、本当に何かあるのかはわからない。しかし、それなりに伝説のある腕輪はともかく、まだ大して古くない弓は、どうだろう、と疑問だった。が、さらにジーリから話を聞いてみると、やはり連中に狙われるだけの理由はあった。

弓に使用されている木材の一部は、前年、大火事で焼けてしまった、定住系の氏族の村の、中央にあった古木のものだった。本来は、弓のために選んだ木を使用するのだが、その氏族の生き残った、最後の一人の青年に、祭礼で引かせて、火事の惨禍に決着をつけさせようという目的があった。だが、キーリの後、最後にその弓を弾いた青年は、弓が「暴発」して、逆に矢が刺さり、重傷を負った。

忌の際の告白で判明したのだが、火事の原因は、その青年で、狭い村での対人関係が縺れた結果の放火だった。結果として、トラブルのあった相手の家だけでなく、自分の両親を含めて、村を全部焼いてしまったのだ。

儀式のために、各エレメントの魔法の使える女性を集めていた、はずだが、うまく集まらなくて、道具で代用にすることにしたのだろうか。曰くのある道具を「秘宝」と呼び、魔法力を溜め込む器にする、という話は、よくある。勇者の最強装備、というやつも、それだ。だが、このワールドには、勇者の剣や盾といった、恒久的装備はない。武器防具は、全て消耗品だ。

オリガライトや、ユリアヌスの小規模な吸収装置が、広義には、そういう道具に当たる、と言えなくもない。だが、例えば仮に、無くなった腕輪がオリガライト製だったとしても、腕輪の大きさの力しか溜められない。長い間、ただしまわれていたなら、自然放出してしまっているだろう。

複合体の時、火のエレメントと対峙するために、オルタラ伯から借りた(返せなかったが)、水のエレメントで凍った剣と、盾があった。だが、あれらも貴重品ではあるが、消耗品には違いない。ファイアドラゴンの多い土地柄で、水のエレメントの結晶化を研究していた。その仮定で、実験的に作成されたものだった。時間はかかるが、再生産は可能で、唯一品ではない。仮に魔力を取り出そうとしても、剣の形が崩れて、四散してしまうだけだったろう。火のエレメントに対峙出来たのは、剣や盾として、人間が使用してこその威力だ。

グラナドは、ジーリの説明の間中、相槌も間遠に、静まっていた。開いた重い口で、

「女性の外出禁止は継続で。相手は邪魔されたくないようだから、向こうからは何も言ってこないだろうが、ミルファ達の身柄と、宝物の返還を要求しよう。ついでに、トーロ君の身柄も。」

と言った。最後の「ついで」は彼なりの皮肉か。

ジーリが、では、早速、使者を手配します、と言ったが、グラナドは、

「ラズーリに頼む。」

と、断った。ラールが、では自分も、と言ったが、グラナドは退けた。

「風属性の女性が逃げ出して、方針変更したとなると、ラールさんは不適切だ。それに、交渉相手は、コーデラ王家としたい。

地位からしたら、クロイテスかミザリウスが適任だが、まだ到着していない。ラズーリなら、ずっと俺の側に張り付いて…私の近くにいたから、私の使者には適当だろう。一応は、ミルファの身内でもある。」

俺の返答は確認せず、ジーリに向き直り、狩人族の男性を、案内に借りたい、と続けた。

ミルファのためなら、使者でも囮でも引き受けるが、情報を後出しにする(大袈裟だが)ジーリに、俺は不信感を持っていた。護衛の俺が、側を離れるのは不安だ。

「その間、俺達に任しとけ。ラズーリ、取り返してこいよ。」

と、シェードが、ファイスとハバンロの肩を叩きながら、明るく言った。場はしばし和んだが、その時、騎士団到着の知らせが来た。ジーリは、迎えに出た。俺も行こうとしたが、グラナドが、

「クロイテス達が来たなら、要相談だ。しかし、早かったな、予想より。」

に、足を止めた。カッシーが、

「反対に、ジーリは『遅い』わね。なんだか、話すのを、最小限にしようとしているみたい。」

と言った。

「それは私も。だけど、ジーリ側に、それでメリットが?」

とラールがしっかりした声で言った。グラナドは相槌を打ち、

「トーロが絡んでいるからだと思うが…用心はするべきだな。」

と言った。続いて、再びラールが、

「私とミルファに、遠慮はしなくていいわよ。もともと、狩人族は、カオスト寄りの勢力が、強いんでしょう。追及すべき所は、厳しくね。」

と冷静に言った。グラナドは、少し目を見開いたが、すぐ同じくらい冷静に、

「…若手の家出集団が、仕事している様子もないのに、『定期的に買い物に来る』、宝物庫の金になりそうな物には興味なし。ここには、救済措置の食料配給制度もない。資金原が別にあるとは思っていた。

直接繋がるパイプは、はっきり確認していないが。」

と続けた。

「だが、今まで、どういう心づもりだったにしても、ジーリが狩人族を守りたいなら、俺達について、協力するしか、ないだろう。

声明を出したのは、こちらの動きを封じるためだろうに、『国宝』泥棒までしちゃ、逆効果だ。仮に味方だったとしても、あれではジーリごと、敵に回す恐れがあるのに。裏方がいるにしては、行き当たりばったりな気はするが。まあ、賢さがあれば、裏方はいらないか。」

グラナドは少し笑った。ハバンロとシェード、レイーラは、彼につられて、合わせて笑った。

「賢さはないが、愚か者が焦っている時は、ろくな事はしない。用心はしましょう。」

ファイスが、静かに、だが、鋭さを含んだ声で言った。グラナドは、思いがけない、といった顔で、ファイスを見た。

「そうだな。」

と言い、先程の放火の犯人の話に少し触れた。昔の話なので、ラールに聞いてみたのだが、やはり初耳だった。

そこに、オネストスが、廊下から、ジーリと共に、クロイテスとユリアヌス、リスリーヌを案内して、やってきた。

クロイテスは、

「とって帰ったライオノスは、既に包囲に当たらせています。」

と言った。狩人族が既に廃墟に向かったと聞いたので、と付け加えて。

「休む間もなく、か、済まないが。…おや、ミザリウスは?」

とグラナドが尋ねた。作戦会議を早速、という時に、魔法院長がいない。

「私の独断で申し訳ないのですが、フィールさんに付き添ってもらいました。あれでは、失礼ですが、心許ないかと。」

とクロイテスが言った。そういえばフィールの姿が見えないが、俺は直ぐには意味が解らなかった。グラナドも、目を丸くしている。

「殿下、ご存じなかったのですか?」

クロイテスは、グラナドから、ジーリに視線を移す。俺達も一斉に、ジーリを見た。

ジーリは、頭を下げながら、

「トーロを説得して、持ち出した物を返却させられないかと、私が言い付けました。

息子の事は、どうなっても、自業自得です。ですが、狩人族の共有財産には、私は代表として責任があります。」

と述べた。

途端に、グラナドが、顔色をを変えた。逆上した訳じゃないが、「余所行き」の顔はなくなっていた。

「女性は遠ざけておくように、言っただろう。」

と、ジーリに詰め寄る。ジーリは、急に変わったグラナドにたじろぎながらも、

「長男には独立した家があり、三男は跡取りです。トーロの事で、事を担わせる身内が、フィールしかいませんでした。」

と言った。

グラナドは、表情を修めて、クロイテスに向かい、簡単に敬意を説明した。それから、フィールとミザリウスが交渉中であれば、その間がチャンスだろう、と言った。

廊下で、女性の声がした。興奮している。フィールが戻ったかと思ったが、オネストスがドアを開けると、ジーリの夫人が駆け込んできた。アードもだ。

夫人は、グラナドへの乱入への謝辞もなく、夫に向かい、

「貴方は、あの子を。まだ、そんな考えなのですか。」

と言ったが、ギーズまで駆けつけ、夫人を引っ張っていった。

「身内の話以外にも、ありそうだな。」

俺は、残ったジーリを見据えて、低い声で言った。みな、驚いていたようたが、これでも感情は押さえたほうだ。

グラナドは、この際だから、隠し事は無しに、全て話せ、と言った。

「身内の話なら、関係はないが、こちらの作戦に支障があるのは困る。」

と通告して。

ジーリは、グラナドを見た後、何故かラールを見て、それから再び、グラナドを見た。

「私の子供達のうち、フィールだけは、私の実子ではないのです。妻の妹が生んだ娘です。彼女は、出産して直ぐに亡くなったのですが…。」

ジーリは、物悲しくラールを見て、言った。

「フィールの父は、キーリと言い残して。」

悲しさは、一気に凍りついた。


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