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鳩の捧げ物・3

新書「鳩の捧げ物」3


消えたのは、ミルファだけではなかった。ソーガスも姿を消した。彼と共にいた隊員二名は、街の隅で、倒れていた。意識はなかった。

さらに、街の娘が、三人、居なくなっていた。三人とも、昨日今日と、俺たちを迎える準備で、忙しく立ち回っていて、家族は、多少、帰りが遅いことは気にしていなかった。

不在に気付いたのは夜更けだったが、ミルファが席をたってからは、1時間もないだろう、まだ賑やかな席に、マドーナという、三人の中の一人が、転がりこんできたので、わかった。

彼女は、家に帰る途中で、風魔法使いにさらわれた、と言った。相手は顔は布で覆っていた。素早く来て、素早くさらった。魔法も力も強く、目隠しされて、従うしかなかった。

「明後日、満月の祭礼を行う。手伝いがいる。終わったら帰す。」

と言った。確かに明後日は満月だが、狩人族の暦には、祭礼はない。満月の祝いは、初夏だ。この季節にはない。第一、祭礼なら、正式に人を雇えばいいじゃないか、そう反論したが、無視された。

連れていかれた先で、目隠しは取ってもらえなかったが、寒いじめっとした空気の部屋に連れていかれた。香木の香りがした。複数の男女が言い争っていたが、早口のラッシル語のようだった。

彼女は、自分を連れてきた男の気配が背後から消え、腕と脚の拘束魔法も消えたので、目隠しを外した。

ミルファと、ミシャンがいた。ミルファはマントの男と争っていて、ミシャンは、膝に、ぐったりした小さい女の子を二人抱えていた。もう一人、狩人族の服装をした女性がいたが、彼女もぐったりとして、うつむいていたから、顔は見ていない。

ミルファが、自分に気付いて、転送魔法が使えると話した事を覚えていたらしく、古い羊皮紙を素早く渡し、

「直ぐ逃げて。これをグラナドに。満月まで…」

と言いかけていたが、マントの男が叫び、さっきの男が戻る前にと、魔法で逃げた。

彼女が持っていた羊皮紙には、地図らしき模様があり、古代語で数行、何か書いてあった。「月」「清らか」「繋ぐ」と、所々読めた。

グラナドは、さっと見て、

「満月に行われる『昇霊術』のようだ。この辺りではなく、最北の習慣のはずだが。全部で何枚かあるみたいだ。『三』と書いてある。途中の一枚だな。

こういうのは、本の形ではないから、机の上に、並べて読む。一枚だけ、隙を見て、頂いたんだろう。」

と言った。

新月に「月が無くなる」から、霊が降りてくる、満月に「月が甦る」から、霊が昇っていく。霊は様々で、良いものも悪いものもある。

狩人族にも似た伝承はあり、夏と春の、先祖を祭る祭礼がある。それぞれ新月と満月の日を選ぶが、これは、季節が決まっている祭礼で、今の時期に、特に毎月の月の満ち欠けで行う物ではない。

明後日が満月なのは確かだ。少なくとも、明後日までは、さらわれた者は無事と見なすべきか、だが、ぐったりした様子が心配だ。

だが、マドーナは、転送魔法で脱出はしたものの、どこにいたかは、わからない、ということだ。

マドーナは、大怪我こそなかったが、体力を消耗していた。一気に喋ると、反動でぐったりとしたので、医師に任せた。

俺たちはジーリの元に急いだ。

ミシャンの兄ユーリが、他の娘の家族と共に、ジーリの家に抗議にきていた。ミシャンは、トーロが構いつけていた娘だったが、さらわれたもう一人と見なされる、サーラという娘も、そうだったからだ。(マドーナは違うようだった。)

しかし、トーロは家にいた。あの後、見張りを付けて、家から出さないようにされていたからだ。ジーリは、言って聞かせた後は、息子に当分、外出禁止を言い渡した。それは守ったようである。

トーロは、話を聞いた時は、驚いていた。疑われたことには、多少、気を悪くしていたようだ。だが、ジーリ自身も、息子が無関係であるとは、信じていないようだった。

だが、少し押し問答があった後、トーロは急に怒り出し、

「キャンプの奴等に違いない。」

とまくしたて始めた。

「何でも連中のせいにするのは、良くないよ。」

と、アードが言った。だが、ジーリは、

「残念だが、この場合は、そうだろう。合いすぎる。」

と語り出した。「すぐ言うべきでしたが、息子に問いただしてから、と思いまして。」と添えて。

狩人族のいう「キャンプ」とは、通常は、儀式その他、何らかの理由で離れた土地に狩りに行くために、団体で旅をする事を指す。成人の儀式や、祭礼などのためで、複数の氏族から数人ずつ集まる事もある。国境を越えたり、隣接する貴族の領地に入るまでの遠出はしない。基本、氏族ごとに狩り場が決まっているので、自由に実施できるものではない。

しかし、最近は、一部の若者の間で、こういう慣習を守らず、適当なスローガンを掲げて、勝手にキャンプを張るのが流行していた。単なる娯楽や探検的な物もあれば、「狩人族の原点回帰」など、シリアスな物もある。特に最近は、後者のタイプが増えつつある。

「もともと、原点回帰の自由なキャンプは、改革派の勢いが増すと、反動で出てくる傾向はありました。特にクーデターの前後は、どの氏族でも、方針を決めるのに、少なからず揉めていますから。

しかし、最近は、特にこう、無軌道に騒ぎを起こす、と言いますか。

殿下がお越しになる、ということで立ち退かせましたが、墓地に陣取っていた連中がいまして。誰がリーダーというわけでもないようでしたが、語学の得意なコーデラ人が一人いて、彼が中心ではあったようです。だだ、集まった連中の苦情を受け付けるだけの役割だったみたいですが。

森は荒らさなかったのですが、墓地で模擬狩猟やら、ラッパや太鼓の演奏やら、それを『儀式』と言っていのは、確かです。

ゲイターの自警団とは、何度か衝突していました。

墓地から出て、今は旧市街に移っています。何もない所ですが、昔の古い廃屋同然の家屋があるので、墓地を占拠されるよりはましだろうと、提供しました。

街としては、積極的には関わらない事に決めたていました。今は騎士団も近くにいることだし、大人しくしていると思ったのですが。

彼等が関わってると決めつけるのもなんですが、他にやりそうな者というと、見当つきませんし。」

トーロを除けば、と、俺は心の中でジーリの話を継いだ。

「それに、彼等は新しい氏族を作りたいようなのですが、当然、それには、女性も必要です。ですが、ああいった団体のスローガンは、保守派より、かなり保守的です。今の女性が、進んで入りたがる物ではありません。」

ジーリが答えた。ちと苦しいが、動機は裏付いているわけか。すると、ギーズが、

「お父さん、彼等だとすると、マドーナやサーラはともかく、ミルファさんやミュシャンさんを選んだ理由がわかりませんよ。儀式云々はわかりませんが、氏族を作るなら、生粋の狩人族でなければ、意味がないでしょう。」

と冷静に言ったが、トーロが、

「奴等に決まっている!」

と声高に叫んだ。

「俺に任せてください。あいつらの中じゃ、パーロとソロスって奴なら、まともなんですが、彼とは話した事があります。リーダーのオーリを嫌ってました。俺も奴は嫌いです。だから、俺なら、会って話すでしょう。」

彼は興奮して、話の細かい所は飛ばしているから、分かりにくいが、「霊」に関する儀式や、さらわれた女性、複合体の潜伏した土地、これだけ揃えば、細かい所がなくでも、「怪しさ」は充分だ。

いずれにせよ、キーパーソンを知っているのはトーロだ。直ぐに行動するなら、彼の力を借りざるを得ない。

トーロは、「ミルファさんは、私がかならず助けます」と、「夢見るように言った。それに俺は、不穏を感じた。

ミルファはラッシルの女帝陛下より預かっている身柄だ、と言おうと思ったが、グラナドに足を軽く踏まれた。

「彼に、頼るしかないだろう。一応、一般市民を巻き込むのは心苦しいが。」

と、含みのある目で俺を見てから、ジーリに対して続けた。

「場所の見当がつくなら、直ぐに行く。」

落ち着いて見えるが、俺にはわかった。グラナドは動揺していた。他の事なら、騎士団を待って、作戦を立てろと言うはずだ。満月までという、決まった時間もあることだ。

だが、こういう場合は、直ぐに向かうのが正解だ。

しかし、ラールは、

「騎士団を待って。」

と言った。

「もう次期に到着するはずよ。ミザリウスやリスリーヌも。」

「少人数で速攻をかけるほうが不意打ちになります。」

「相手が、ばれてないと思っていればね。マドーナさんが逃げ出して、ミルファが手土産を持たせたのだから、次期に敵が来ると気づいてるわ。向こうの力は不明、数時間の有利は向こうにある、だから、こちらは人数で差を見せないと。『祈りの儀式』なんていうものは、始めたら最後、中断はできないものだし、まず、その旧市街に本当にいるのか、確認もしないと。」

グラナドは、思案顔で黙った。ラールの意見は、娘をとらわれた母としては、過ぎるほど冷静な物だ。トーロさえ、空気を読んで静かになっている。

「でも、向こうが分かってるなら、その前に交渉する、という手もあるわ…あります。」

フィールが、いきなり、口を挟んだ。ジーリは軽くたしなめたが、彼女は恐縮したものの、

「パーロなら、まだサレンの集落にいた時に、話した事があります。もともと都会に出たかっただけみたい。

ソロスさんは、よくわからないけど、余所の人だし、二人とも、ここで氏族を作るとかまでは考えてないんじゃ?

オーリは評判悪いみたいだし、中で今頃、もめてるんじゃないかな?」

チブアビ団の時もそうだったな、リーダーのテンションについていけない連中がいた。

グラナドは、ラールとフィールを交互に見た後、

「後のみんなを呼んできてくれ。」

と、俺とファイスに言った。他の皆は、宿舎のほうにいた。レイーラだけ、医師を手伝って、二人の騎士とマドーナを見ているはずだった。俺がそちらを呼びに行くことにした。フィールが、急に、

「墓地に戻ってるかもしれない。旧いほうの蔵は、今は空でしょ。それか、アリルの地下墓地のほうが怪しい。ここからも近いし、中も広いわ。」

と弾けたように言った。ギーズが、それに答え、

「アリルはどうかな。無断で扉をこじ開けるとは…。中に入るだけでも、掘り返さなきゃいけないから、目立つだろう。」

と、言った。

今までの「符号」からすると、地下墓地、というのは気になった。だが、よくわからないが、普段は入り口が塞がっているらしい。

「旧市街と、その、墓地の蔵を確認しよう。…いや、先に、地下墓地だ。人が集まって祈祷するなら、地下のほうが、音が漏れなくて理想的だろう。」

とグラナドが言った。地下墓地は、いにしえのコーデラの風習で、狩人族にはないと思っていた。だが、コーデラの物なら、入り口を「埋める」のは無い。

「でも、余所の氏族の墓なんでしょう?いきなり行って、掘り返すわけにはいかないわね。」ラールは、俺より、少し詳しいようだ。

掘り返さなければいけないなら、彼らの潜伏には、目立ちすぎる。放棄された旧市街や、空の蔵のほうが、ありそうだ。提案しようとした時、カッシーとシェード、ハバンロ、オネストスが、そろって飛び込んできた。

「墓穴、掘るわよ!」

と、カッシーが叫んでいた。



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