鳩の捧げ物・6
新書「鳩の捧げ物」6
交渉は、爆煙に呑まれた。
※ ※ ※ ※ ※
取り囲むだけで、恐れ入って出てきてくれるのを期待した。
こちらで把握している人質は、ミルファ、ソーガス、トーロ(厳密には人質とは違うが)だけだったが、逃げてきた連中の話からすると、人質を含めて、残りは十人もいないらしかった。
リーダーのオーリの他、白マントが三人。パーロとソロスは、うち二人は元騎士と言っていた、と語った。「最近来た癖に、大きな顔をしている。」と話していた。これは、恐らく、ナウウェルとピウファウムだろう。
もう一人、三人目のマントは、正体がわからないが、オーリは、「ノーン」と呼んでいた。「名無し」程度の意味らしい。オーリは以前からの知り合いらしいが、ほとんど話さないため、詳しい事は解らない。
白マント以外には、もう一人、ラッシル人の「パルド」(これも『連れ』程度の意味)という、年配の男性がいて、彼が資金を提供していたようだ、と話した。ミルファと言い争った相手のようだ。
トーロは、「客人」扱いされているようだが、ソーガスとミルファは、監禁されているらしい。ミルファは、パーロもソロスも、連れてこられた時に会っている。しかし、ソーガスは、誰も姿を見ていない。ノーンがソーガスということも有りうるが、三人目は水魔法らしく(擦り傷を回復している所を見たらしい)、ソーガスは風魔法だった。
風、と聞いて、別の不安もあっが、彼は魔法は不得意で、転送は使えないらしい。
転送魔法は癖があるので、風魔法使いでも、使えない、不得意だ、という者もいる。騎士は回復と攻撃は必須だが、転送魔法は必須ではないので、それ自体は珍しくはない。
オネストスは、ソーガスは死んだと思っていたらしく、生きて監禁されているかもしれないと聴いて、ほっとしていた。ミルファをさらったのが仮にピウファウムとすると、偶然顔見知りだったから、ついでにさらったとして、わざわざ連れて帰ってから殺したりはしない筈だ。
「ピウファウム達は、そこまでしないと思いますが、ソーガス隊長は、故郷の戦いの件で、カオスト公に拘りがあります。もし裏にカオスト公がいるなら、ピウファウムが頼んでも、協力はしないでしょう。それでリーダーと争いになれば、協力するぐらいなら殺せ、と言うのでは…と思いました。」
とオネストスは説明した。騎士らしいと見るべきか、しかし、カオストは一応は、王家から見れば、有力な身内には違いない。そこまで苛烈な物を抱えて、神聖騎士として、問題はないのだろうか。
「しかし、厄介ですね。カオスト公が絡んでいたとしても、今の所は、口実はエクストロス様でもイスタサラビナ姫でもなく、クラリサッシャ女王陛下の正式即位、でしょう。彼等が怪しい古代魔法を掲げているうちが捕まえ時ですね。」
ミザリウスは、珍しく政治的な意見を言った。グラナドは、
「まあな。だが、カオスト公が自分の名前を、廃墟の奴等に出してるとは思えない。シィスンにミルファを向かわせたのは彼の希望だから、無関係じゃなかろうが。
ただ、連中が、公爵の希望通り動いているようには、見えないな。
資金係を捕まえて、上手く吐くかせたい所だ。」
と返事をして、ミザリウスを送り出した。
約束した時間より、数時間早く行ったが、味方が大層に取り囲んでいたせいか、儀式の邪魔をするな、などとは言われず、ミザリウスは中に入る事が出来た。村の回りは畑にしていた名残で、意外に広々としていた。たが、本来の村の敷地は狭く、部隊は入れなかった。
ミザリウスには、フィールの他、護衛に土魔法の騎士を一人付け、小型の盗聴装置を持たせていた。エスカーか、昔、暗魔法を利用して作った物を見たことがある。これは探知魔法、つまり土魔法を利用して作った物で、昔の物より性能はいいようだが、使用者が土魔法を使えないと、精度が落ちるそうだ。(特にこっそり持ち込む程度の大きさの場合は。)
ミザリウスがリーダーに会うあたりまでは、何とか音が拾えていたが、急に雑音が勝ち、聞こえなくなった。
そして、一際高い雑音がした後、いきなり煙が吹き出した。
ミザリウスは、空中を舞って飛ばされてきた。正確には、爆発から身を守りながら、転送魔法を調整して自ら飛んできたのだ。勢いが付きすぎ、激突が危ぶまれたが、魔法官達が補助して、上手く着地させた。
彼はトーロとソーガス、後は小さな女の子を魔法で抱えてこんでいた。遅れて、白マントが二人、同様に飛んできた。
少女は、無傷だが意識は無く、痩せこけていた。狩人族でもコーデラ人でもなく、チューヤ人の容姿をしていた。この子の事は、聞いていなかったので、驚いたが、ミザリウスは、
「とにかく、衰弱しています。直ぐに手当てを。」
とだけ言った。彼女は直ぐに前線から下げた。
トーロは、右腕を怪我していた。浅いが、剣の傷のようだ。
「まだエムールが!」
と喚くだけなので、これも下げた。
ソーガスは、意識はしっかりしていたが、激しく咳き込んでい
た。彼も治療のため、下げた。
白マントは、ピウファウムだった。ナウウェルを抱えていた。ナウウェルは、気絶していた。ピウファウムも、怪我をしていて、ほどなく気絶した。騎士に渡して、拘束はせずに、下げた。
ミザリウスは、手短に説明した。
交渉の席には、オーリの他、マント二人とパルドがいた。ミザリウスが要求すると、オーリは、パルドに言い付けて、ミザリウス達を奥に通した。見せたら、直ぐに戻れ、と言っていた。「奥」(小屋のはずだが、妙に奥行きを感じさせた)には、妙に広い部屋があり、ミルファが「ケース」のような物に入られていた。こちらを見て、内側から壁を叩いた。トーロは、ケースの外にいた。拘束はされていなかった。フィールが、ケースに駆け寄り、叩いた。すると、ガラスのような表面が、いきなり歪み(回転し?)、何時の間にかフィールが中に入ってしまった。入れ替わりに、中にいた(らしい)、痩せこけた子供が出てきた。護衛の騎士ヘレイスは、トーロに、どういう事だ、と言ったが、彼が答える前に、急に、さらに奥から、土のエレメントが、煙と共に溢れだした。
ソーガスが奥から転げて来た。彼は奥が手薄になったから、隙を見て、ミルファの入っているケースの「鍵」を「壊しに」行ったが、「煙」が上がったので、慌てて戻った、と言った。
言う端から、煙が増えたので、ミザリウスは脱出を図り、まずミルファとフィールを、と考えたが、たが、パルドとソーガスが異口同音に、
「暫くなら、中にいる方が安全だ。」
と言い、ミルファも頷いたので、まず、自分はトーロとパルド、少女を魔法で、ヘレイスはソーガスを土の盾で守りながら、出ようとした。だが、パルドは直前でミザリウスから離れ、逃げようとした。ソーガスは彼を捕まえようとしたが、ミザリウスにぶつかり、ちょうど転送魔法の効くタイミングだったので、出てしまった。
中にはミルファ、フィール、パルド、オーリが残っている事になる。ノーンもいたら残っているだろうが、交渉の場にも、ミルファのいた部屋にもいなかった。ソーガスが「鍵のある部屋」の話をしたから、別の部屋にいる可能性はある。パルドが逃げた方向からすると、奥に脱出経路があり、ノーンも共に逃げ出しているかもしれない。
黒幕に縁がありそうな二人がいなくなっていたら損失だが、それよりもミルファとフィールだ。
土のエレメントは、依然、水のようにうねりを挙げている。強弱関係のある二種類が、両立しているのは珍しいが、土と水、風で、氷壁を作る応用魔法はある。セレナイトの所で、暗魔法(あちらの幻惑術)による仲介をさんざん見た。エレメントを取っ払えば、攻略は易くなるはずだ。
ミザリウスは、まず、風で土を押さえるように提案したが、
「待って下さい。」
と、ソーガスの声に止められた。
「方法はわかりませんが、連中の使うエレメントは、『指向性』が強く、自分より弱い属性を取り込んで、自分を強化する、と言ってました。俺が何も解らんと思って、パルドがペラペラ喋ってました。
手違いがあって、実験用に溜め込んでいた、風と火が無くなってしまい、水と土だけ残った、『加減が効かない』から、方針を変える、とも。変えた方針についてはわかりませんが、土を先に押さえても、水を断たないと、勢いが収まらないとおもいます。
」
ソーガスは、オネストスに支えられ、まだ咳き込みながらやって来て、言った。
そこに、盗聴装置が唸った。ノイズは多いが、男性の声が聞こえる。
「ヘレイス!」
クロイテスが叫んだ。消え入りそうな声が、
《ミルファさん達は…無事です…中は…魔法力が…を分けて…》
と言った。音は小さく、ノイズが混ざるが、言葉つきはしっかりしていた。
ソーガスが、ヘイレスの名を叫び、クロイテスから装置を奪うように飛び付いた。だが、ちょうど魔力切れなのか、ノイズしか出なくなった。
ソーガスは、謝りながら咳き込んだ。魔法官が慌ててやってきて、オネストスに、
「休ませないと。」
と言い、ソーガスを取り上げて連れて行った。彼が去ると、グラナドは、少し考えてから
「やはり分散させよう。」
と言った。
「ソーガスの言うように、指向性があるなら、火を囮にして、残り少ない水を誘い出す。きれいに全部別れるかどうかだが、量の多い土は、こちらでより強い水を餌に、反対に引き付ける。そして、土の盾と、風の攻撃魔法で対決だ。
弱まった所に、転送魔法と物理攻撃の救出部隊を出す。ミザリウスが飛んできた時の様子から、火が無くなっているため、風は影響は受けない、と見た。ケースを破壊して二人を救出させる。オーリやパルドが歯向かってくるかもしれないが、この分なら、助けを求めてくる確率のほうが高い。
そして救出したら、様子を見て、一斉攻撃…と、一気に行きたいが、さっきの女の子の例もある。救出部隊の次は、慎重に行こう。」
最初の予定とは、多少変わったが、次点プランの一つだ。クロイテスは、直ぐに命令を伝達した。
グラナドはミザリウス達と共に、土対策に回る。俺とファイスも従おうとしたが、
「二人とも、クロイテスと一緒に、最終攻撃に回ってくれ。」
と言われた。
「最後は遠距離攻撃と行きたいが、救出部隊が遅れたら、突入になるだろう。遅れないようなら問題ないが、遅れたら時が問題だから。
エレメントが飛んだら、魔法耐性の高い者で決めたい。」
カッシーは、オネストスと共に囮部隊だ。狩人族は、グラナド達と、俺たちの背後についた。ハバンロとシェード、ラールは救出部隊に合流、レイーラは俺たちに付いた。
中の様子に不安はあるが、作戦は概ね上手くいった。水は全部ではないが分離し、火を追いかける。土のうねりは勢いを弱めた。
タイミングを見て、シェード達が突入しようとする、その直前までは。
シェードとラール、ハバンロ、ケロルは、数名の魔法官、騎士と共に突入し、ミルファ達を救出する予定だった。これに直前でソーガスが加わった。
この突入前に、一度、ヘレイスから連絡があった。彼は魔力が回復したら、優先して盗聴器に使用しているようだった。途切れ途切れだが、ミルファとフィールは、ケースから出られないが、無傷である、パルドとオーリは不明、逃げたかもしれない、と言うことだ。
救出部隊が行くから、無理はするな、とクロイテスは伝えた。
それを聞いたソーガスが、まだ回復しきっていない中、無理に同行を申し出た。
「ケースの使用目的は、エレメントの加工らしいですが、その機能は、今は破損していて、檻代わりにしか使えなくなった、と言っているのを聞きました。
鍵は、別の部屋に機械があり、それで開閉します。鍵、というより、魔法力をガラスの表面に微量に流して、硬化や軟化を調整する仕組みらしいです。その機械を壊せば、開く筈です。
私は、ピウファウム達と知り合いと言うこともあり、最初は仲間誘われました。その時に中を一通り見て、軽く説明も聞いたので、案内もできます。」
田舎の廃墟の見かけからしたら、内部は案内を要するほどのスペースはない。だか、ミザリウスの話からも、見かけのわりに、妙に奥行きがあるようで、気にはなっていた。また、聞いた檻の仕様が、複合体の時に、実験場で人質を閉じ込めていた、ガラスケースに似ているのも、懸念事項だ。
ソーガスの申し出は受け入れられた。オネストスは、自分が付き添うと言ったが、これは却下された。
部隊の構成は少し変え、最初に、ラールとソーガス、魔法官二名が入った。通信が一度、鮮明になり、ヘレイスが、鍵はクリアし、ミルファ達は解放したが、鍵を解除した魔法官と、ソーガスが奥から出てこれなくなった、と言った。引き換えに、「扉」が閉まってしまった、そうだ。
第二段、シェード、ハバンロ、ケロル、攻撃力のある騎士二名が突入しようとした時だ。
通信の向こう側で、叫び声がし、激しい音が聞こえた。後は雑音。通信は切れた。
その途端に、土のうねりは復活し、煙の中、ハバンロとケロルが吹き飛ばされてきた。シェード達を入れるために盾になったようだ。
グラナド側から、女性魔法官の、甲高い叫び声がした。グラナドが、うねりの中心に魔法を放っていた。ユリアヌスは倒れていて、ミザリウスは、何とか立っていたが、狩人族の男性にに支えられていた。叫びを上げたらしい女性は、傍らで、膝から崩れている。
囮部隊は、カッシー、オネストス、コロルが含まれるはずだが、煙で霞んで、見えない。
うねりは、グラナドの魔法で勢いを削がれたが、建物を半壊させ、地面に太い引っ掻き傷を、幾つもつけていた。火ではなく、土と水のため、爆発には至らなかったようだが、おおよその者は初めて見るだろう、エレメントの「暴走」だ。
突入した建物は、地上に出ている部分が吹き飛んでいたが、その下に、広い入り口を開けている。地下に何か作ったらしい。近づいて見ないとはっきりしないが、昨日今日の間に合わせにしては、出来すぎた隠蔽だ。
グラナドが、魔法で、土の大きな盾を作り始めた。俺達の側では、リスリーヌ達が、聖魔法で防御している。このためか、全体のダメージは、状況から判断されるより、少なく済んでいるようだ。
クロイテスの部下の、探知魔法担当の騎士が、エレメントは土と水で、両者の量が微細に入れ替わり、うねりを形成している、それは変わらないが、どうもさっきまでとは、様子が違う、と言った。
しかし、土と水であれば、次の突入も、転送の使える風魔法中心にする、という方針は変わらない。
だが、それを試みた次の部隊が、慌てて転送魔法で取って返した。転送を使った騎士は、消耗し、倒れんばかりだ。運ばれたのは回復の得意な水の魔法官と、狩人族の風魔法使い二名だったが、魔法官はややぐったりしていたが、騎士よりはダメージは少ない。狩人族二人は、気絶していた。
リスリーヌが、ガスのようだ、神官に任せて、と引き取り、直ぐに浄化を指示した。
魔法官は、薄い霧が入り口から出て、三人とも吸い込んだ、と言った。
クロイテスが、
「状態異常のガスか。鍵の防犯装置かもしれないが。」
と言った。
「殿下の側は、土のエレメントみたいですが。」
アードが言った。父のジーリの率いる主力はグラナド側にいて、俺達の側には、彼が、若手(ほぼ少年)を率いていた。率いる、とは言っても、彼もまだ少年の身、実際は付き添いの大男ゾーイが指導していた。彼は、狩人族の少年少女を伝令にして、各方面と連絡を取っていた。グラナド側から、その伝令が戻り、
「最初と異なり、今度は、風を取り込もうとしている。」
と伝えた。
属性の強弱関係からすると、今までの指向は、より弱いものを取り込む方向だった。だが、今は、より強いものへと、矛先を切り替えている。
「土に対向するなら風ですが、状態異常があるなら、水でないといけませんね。
火を取り込む前に、なんとかしませんと。」
リスリーヌが、クロイテスにそう言った。
背後で、小声の会話が聞こえる。
「もとはと言えば、トーロとかいう奴の…」
「今、言っても、しかたないだろ。元騎士も関わってるんだ。」
トーロは、対した役目は果たしていないはずだが、街の噂を思い出した。ゲイターに到着した騎士たちの耳に、半端に入ったようだ。
「飛び込もう。俺とファイスなら、影響も少ない。」
俺は言った。もともと最終手段として想定されていた手だ。今は、それが最適だ。転送、もとい風が活かして使えない上、ガスがあるなら、水魔法の俺と、暗魔法のファイスが適当だ。
(「地下室」を作った者が誰だが解らないが、「このワールドにいてはならない者」がいた場合も想定すれば。)
ファイスは、無言で呼応する。その時、
「私も行こう。」
と、クロイテスが、静かに言った。ライオノスは、
「団長、貴方が、自ら。」
と言いかけた。俺も、
「指揮をする者に、何かあったら。」
と言った。だが、クロイテスは、ライオノスに、後の事を指示し、俺に向かって言った。
「ガスが、麻痺か混乱か、あるいは睡眠かは解らないが、毒ではないようだ。
私も水だ。いずれも耐性がある。君や殿下ほどではないが。
今、あれに負けないと、確実にわかっている者は、いない。だが、私なら、可能性はある。」
実際、若手中心の騎士団の部隊は、ここまでで予想外に疲弊していた。高いレベルで耐えられるのは、クロイテス以外にいないだろう。救出を第一に考えるなら、彼に同行して貰うのは心強いことは確かだ。
「それじゃ、行こう。」
俺は、ファイスとクロイテスを、交互に見て、剣を構え直した。




