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吟遊詩人と竜討伐と魔王。  作者: あかね
竜討伐の顛末編
7/16

風のたてがみ


 翌日、心配していた店主に平謝りし、急なお暇を告げる。


「兵士がやってきたからさっさと出て行け」


 面倒そうな顔で追っ払われる。

 今までの感謝の気持ちを伝えれば、呆れたような顔でため息をつかれた。


「セフィラに会う事があったらまた遊びに来いと伝えておけ。カイレンもほとぼりが冷めたらな」


 数ヶ月の我が家にさらばだ。


 シンはニヤニヤとしていたが、なんだろうか。

 ロバはこの間、実家に帰ったときに戻してきたので身軽な一人旅だった。ちょっと寂しかった。

 そう言えば、あれは本当にロバかと聞かれた事があったがあれはなんだっただろうか。


 シンと連れだって抜け道から街の外に出る。本当はダメなんだけど、今は捕まりたくない。

 身分証の偽造でもしなければ、数年は出入り禁止だろうか。


 昨日寝た丘の上にたどり着く。

 どちらともなく、振り返った。


「さて、吟遊詩人殿、どちらにご案内しましょうか?」


 芝居がかった仕草で彼女は言う。


「風のたてがみが望むとおりに。とりあえずはセフィラに行ってみようかしら」


 風のたてがみは、吟遊詩人が行き先を尋ねられた時によく使う定型文だ。

 風を獣に例えて、それに乗っていくというわけである。

 同名の歌が山ほどあるので、どれを歌うか悩むほどだ。


「お、それは良いね。最果ての王が、統治する国へいざいかん」


「シンもそれ知ってるのね。セフィラだから?」


「秘密。本人が言わないんだから、仕方ない」


 よくわからないはぐらかし方をされた。

 夏の熱い風が、吹いていた。


「草原の風が、誘う。

 旅に出ようと」


 シンが口ずさむそれは、確かにラドの一族が好みそうなものだった。



 それから半月後、街道の宿でしばしの逗留を決めた。

 シンが急に温泉に行く宣言したせいだ。


「……それは手紙と関係があるのかなぁ」


「えへへへ。セフィラと待ち合わせ」


 ……。

 だらしない顔で、喜んでいる。まあ、良いかと決めたのが間違いだったのだが、このときは気がつかなかった。


 その翌日のことだった。

 待ち合わせの宿は決まっていたようだ。食堂で朝食兼昼食をのんびり食べ終わった頃のこと。


 がたりとシンが立ち上がった。姿が見える前から反応するって何者だろうか。

 恐るべしシン。


 別れる前と同じ格好の吟遊詩人がドアを開けて入ってきていた。

 シンを見てちょっとびびったように身を引きかけている。きらっきらっとした笑顔が、圧力があるようだ。


「こっち、こっち」


 子供のように飛び跳ねているだけでなく、気がついたら突進していった。

 ……普通はとても頼りになる親友ではあるけど、箍が外れている。

 まるで爆走する羊のようだ。

 止める間もなかった。やばいと止めようと肩をつかみ損ねた手が宙に浮いたまま。


 ああ、ばたんと後ろに押し倒されている。店内騒然だった。

 今日に限って、女の子らしい格好をしていので男色疑惑は避けられそうだが。


「久しぶり」


 呆気にとられていたにしても背後を取られるとは思わなかった。

 思い出にならない声が、聞こえた。


 振り返りたくは無かった。


 逗留を決めたことと無関係とは思えない。親友はあっさり裏切ったのか。

 じっと見ても吟遊詩人に夢中の彼女には届かない。


「はなれなさい。逃げませんよ。国に帰るまではね」


 吟遊詩人はシンを押しのけて、ようやく起き上がったところのようだ。押しのけられてすら嬉しそうなのが、ちょっと引く。親友ながらそれはどうなんだと突っ込みたい。


「連れて行くの?」


 捕まえにきたわけではないだろう。捕まえるなら、彼ならたやすい。


「いや、あの吟遊詩人がついてこいと言うから。護衛としてセフィラまで」


「最果ての王の地に、ねぇ」


 魔王を語った最初の吟遊詩人と同じ名を持つ吟遊詩人が、同じ名の国に至る。

 全く無関係とは思えない。

 むしろ同じ名がありすぎて訳がわからなくなりそうだ。


「じゃあ、しばらく、よろしく」


 色々な問いはひとまず黙って、振り返る。

 ディグラはちょっとほっとしたような顔をしていた。


「座って」


 水代わりの果実酒を頼む。温泉ばかりが湧くため、飲むための水の方が高い。温泉の水も飲めるが中々癖が強かった。


「元気そうで良かった」


 言いたいことは色々あるが、ここでは支障がありすぎる。

 あとで、問い詰めて、場合によっては一人で離れることもやむなしと思う。


 なんだか腑に落ちないような顔で、彼は座った。まだ少し、ぎこちない動きだと思う。それは以前の彼を知っているからで、その欠落したものに罪悪感がある。


「不具合もちょっとはあるけどまあ、元気かな。行き違いにならなくて良かった」


 あの日以降、ヒゲを落としてしまっていたが、その下の顔はやはり若い。同じくらいというよりも年下と思う。

 しかし、この顔、誰かに似ているような。


「ああ、僕も果実酒を、昼食は済ませたので結構です」


 シンを装備品としてセフィラはやってきた。迷惑顔を隠しもしない。

 二人を並べてみると奇妙に似ていた。


「血縁でもあるの?」


「……おや?」


「あれ?」


 びっくりしたような顔で、二人分見つめられるのも居心地が悪い。硬質な銀髪が作り物のようでとても似ている。

 額の形が似ていると思うのは二人とも前髪を二つに分けているせいだろう。


「遠い遠い、血族ですよ」


 にこりと笑っていわれたが、この話題はこれでおしまいということだろうか。


「ここですれ違うともう会うところはないので、都合が良かった」


 薄々感じていたのだけど、セフィラは時々とても強引だ。押しの強さは吟遊詩人の必須技能なので、別に悪いとは思わない。ただ、ごり押し感が。


「私は思うところがあるのですけど?」


「嵌めたとかぐるになったとかじゃないんですよ。一応、ね、言い訳すると、店主が彼の親戚だそうです」


 ……ああ、確かに。

 最初は同じヒゲだったんだから、そこから似ているはずだ。今は両方ともさっぱりヒゲを落としている。


 店主が童顔だったように彼もちょっと幼さの気配が残っている。

 ディグラをじっと見れば気まずそうに目を逸らされた。


「あとで、お話を聞かせて貰いますね?」


「ほら、言ったとおりでしょう?」


「そうだな」


 渋い顔をしながらディグラは同意した。二人の間に何があったのか。そもそも、タイプが違いすぎて仲間割れしそうな気しかしない。


 シンはにこにこ笑っているだけで、役に立ちそうにない。

 これから大丈夫だろうか。


「明日には正気になっていますから、ほっといて良いですよ」


 うんざりとした顔でセフィラが言うのが面白い。面倒なときも態度に出さなかった彼にしては珍しかった。


「シンの相手はしておきますので、部屋でお話でもしてきてください」


 酔っぱらいの相手でもするように言われても。まあ、彼女なりに幸せそうで良いと思うけど。


 ……やっぱりそれは病的だと思う……。




 シンと泊まっていた二人部屋の扉を閉めれば、良い顔はされなかった。


「聞かれたくないことの方が多いから、仕方ないでしょう?」


「信用と思っておく」


 変わらず、紳士的である。

 椅子か寝台かと言えば、彼は椅子を選ぶ。

 私は寝台にぽすっと座った。安宿ではないから、それなりに弾む。ラドの一族が定期宿泊の予約を入れている宿だと言っていた。

 名乗らずとも落日の白と呼ばれる白い花で証明される。


 お互いに向き合うと言うには少々ずれて座る。

 視線を交わすことを避けているように。


「どうして国を出たんですか?」


「俺には、誰もいなかった。思ったより、堪えた」


 ディグラは家族も家の名も失ったと聞いた。

 その名は、かつて家名であったと。自らの名を捨てて、家の名を自分のものとする気持ちはどれほどのものだろうか。


「家名は戻してもらえなかった。新たな家名を与えると。みんな口添えはしてくれたけれど、戻せないと」


 淡々としている口調が、傷の深さを物語っているようで。


「断れば、国を出るしかない」


「そうね」


 彼の願いは、叶わなかった。

 願いを叶えてくれない場所にいることはもう出来なかったんだろう。


 家族でも居れば、踏みとどまったかも知れない。


 誰もいないというのはとても重い。


「何年か前にこの辺りにきたときに叔父に偶然会って、終わったら手紙を送る約束をしていたことを思いだした」


 ちらっと視線を向けられた。


「カイラスという名の吟遊詩人が逗留していると書いて寄越してきたときには、とても驚いた」


 いつの間に、人の情報を送っているのだろうか。ああ、でも、あの吟遊詩人好きならば関係ない手紙でもそんな情報をねじ込みそうだ。


「英雄の歌を、千年残る歌を作ると書いてあった」


 ……いや、本当に余計なことを。

 投げ出しそうなそれに対する期待が高すぎる。


「うん。頑張る」


 他に言えることは、あるだろうか。

 言い訳がましいことしか言えない気がするから余計なことは言わない。

 何かを察したように、苦笑されたけど、気にしない。もう、形式も無視してばーんと思うままに作ればいいのかもしれない。


「セフィラ、吟遊詩人とはどこで?」


「ある街で。それ以上は、口止めされているので話せない」


「それで護衛を?」


「セフィラまで来いと引きずられた」


 比喩的表現なのか現実に引きずられたのか。

 思いの外、強引なところもあるセフィラである。物理、のような気がする。それはそれで見物だった気がする。


「まあ、自棄で国を出たわけではないということで安心したわ」


 ディグラは私を見て小さく笑った。


「会えて嬉しい。借りをどう返して良いのかわからないけど、しばらく一緒にいてもいいかな」


 心臓がぎゅっと捕まれたようだった。

 忘れようとしたものが、溢れてきそうで。


 国に帰らないのならば、良いのではないかとちらっとよぎる。

 しかし、それ以上の不安を思い出す。

 私は彼が傷つくのを二度と見たくないのだ。


 あの日のことは思ったよりも大きな傷になっている。遠く離れていれば、元気であると信じていられると思えるほどに。


「そうね。セフィラまでなら」


「ありがとう」


 その先は、決めたくなかった。


 セフィラでも問題が起きることはこのときの私は想像もしていなかった。


 それは、また別のお話。

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