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吟遊詩人と竜討伐と魔王。  作者: あかね
竜討伐の顛末編
5/16

竜の咆哮


 それは一年足らず前のこと。

 偶然街道の野営地で出会った一団に食事を振る舞った。それがこんなことになるとは思わなかった。



 それは十人くらいの一団だった。商隊の護衛ではないと思ったのはそれなりに品がよさそうに見えたからだ。


 私は両親や祖父の連れで王宮に行って貴族などに目通りをしたことがある。妹と吟遊詩人をしていたときもそれなりのお家に余興で呼ばれたこともあるから早々間違うことはないだろう。


 この近くで戦争はないし、小競り合いの話もあまり聞いたことはない。

 山には入れば魔物が出ると噂にはあったが、どちらかと言えば野盗のほうが恐ろしい。


 奇妙な一団だと思った。


 職業柄言語関係は強い。

 このあたりの国ではないやや西方風の発音にやはり首をかしげたい。こんな田舎に何のようだろう。

 ラドがかつて通ったと言われる街道は最果てへ続くとされている。人の世の果てと呼ばれるそこは魔境のような森だ。

 その手前の街までいくのが私の目標だが、それはその地の珍しい歌を探してだ。そんな物好きや商人以外がこの先に用があるとは思えない。


「どうかしたかい? 吟遊詩人さん」


 じっとりとお肉を焼く一団を凝視していたら気付かれた。おそらく視線を向けたときから気がついていたのだろうと思う。

 今は焼かれているウサギとかキジとかカモとか解体していたころから実は見ていた。


 人好きのする甘い感じの顔だなと冷静に見上げる。


「お肉、おいしそうだなぁと。汁物と交換しません? 鍋貸してくれたら増量しますよ」


 先ほどから煮えるのを待っている鍋を指す。そのたき火の下には芋がそのまま転がっている。


 長々と旅をする者にとって乾燥野菜と日持ちする根菜は必需品だ。パンがあるうちはパンを食べるが、そこから先はふかした芋か焼いた芋になる。私はそれに干した肉と乾燥野菜のスープをつける。場合によっては乾燥果物もつける。

 あまり簡易的な食事では体調を崩すと祖父がうるさく言っていた結果だ。


 旅の友のロバがいてくれるから出来る贅沢とも言える。


「そうだなぁ。みんなどうする?」


 彼は振り返って問いかける。

 バラバラに了承の返事が聞こえてくる。それなりに大きい鍋が馬車から出てきて簡易な竈が組まれる。

 旅慣れている品の良い武装集団。

 この地の人ならば地方巡回の兵かと思うが、寒い地方特有の平坦な発音ではないことが引っかかる。


 大変なわけありだろう。

 物語の匂いがする。


「ちょっと出汁に骨欲しいんですが、割ってから鍋に入れて貰って良いですか?」


 近くの川から水が汲まれた鍋が届いたころには材料の準備は整っていた。

 芋、人参、玉葱も皮を剥いてぶつ切り。干し肉ではなく秘蔵の燻製肉を薄切りしておく。


 本来は骨は洗ってから投入した方が良いだろうけど、そこまでの繊細さは求められていないだろう。

 ついでに香草を臭み消しに入れておく。


 故郷から遠く離れた地で何をしているのか。

 ちょっとお近づきになれば聞けるかも知れない。


 西方風にすれば喜ばれるかも。そんな小さな思いつきだった。


 西方の料理は煮込み料理が多い。ごろごろ野菜に肉と言ったものや原型を止めないほどに煮込んだもの。豆も多く使われる。

 そう言えば、豆も何種類か持っていた。中途半端な量だったので使い切ってしまおう。あと二日も歩けば次の街だ。そんなに食料は気にしなくても良い。


 灰汁を掬い少々煮てから骨を取り出す。肉が残っているなら入れたままでも良いけど、綺麗にこそげ落とされているからいらない。


 芋以外を入れてしばらく放置する。

 その間にも肉の焼ける良い匂いがしていた。


 自分の分の食事をちびちび食べながら鍋の番をしていれば、肉の皿がやってきた。その男は最初の男の人とは違った。

 りっぱなもじゃもじゃヒゲ。

 髪の毛も金髪でちょっと巻いている。


「ありがとうございます」


 にこりと笑って礼を言う。最低限、塩くらいは振っているらしい。ものによっては香草の類もまぶしてある。

 中々、料理慣れしている人がいるらしい。


「そろそろいいんじゃない?」


 鍋をのぞき込む男は思ったより若い声だった。露出している手や首は焼けているが滑らかだ。


「芋を入れますので」


 じっと見られた目は驚くほどの緑。ヒゲの下は結構な男前な気がする。ますますもってわからない。


 芋を入れて香草で味を調える。

 なんちゃって西方風には出来たと思う。


「できましたよー」


 声をかけて自分のたき火の前に帰る。お供のロバがちょっと不安そうに寄り添ってきた。これは臆病なたちだから知らない人が多い現状が落ち着かないのだろう。


 馬車の影にご立派な馬もいるし、いよいよ謎が深まるばかり。


 まあ、肉はおいしい。

 おいしい肉は正義だ。


 むしゃむしゃしているところに遠くから、雄叫びが聞こえて来た。

 びくっとそちらを見れば、男泣きしていた。

 なにかいけないモノを見てしまった気しかしない。

 一人や二人ではない。ほぼ全員が泣いている。しかも、私が作った汁物の椀を抱えて泣きながら食べている。


 あー。こりゃ、ダメだ。

 話を聞くだけでおさらば出来る気がしない。

 かなりのワケありだ。

 ロバがぎゅうぎゅうと寄ってくるのを押し返しながら、ひっそり逃げだそうか考えていた。


 しかし、逃げ出すには遅かった。


「ありがとう」


 礼を言いにきたのはおそらく一番年かさの男だ。


「いえ、お気に召して幸いです」


 にこりと笑顔で気にしてませんよと訴える。


「どちらに向かっているのか伺っても?」


「北方の果ての少し手前、北の始まりの街まで詩を探しに参るところです」


「ならば、目的地は一緒でしょう。良ければ、送ります」


 ……。あっちになにか、いるんだ。

 これだけの武装集団がいかねばならない何かが。それを狩りにきている。


 物語の匂いと逃げたい衝動を比べ、物語に傾いたのは吟遊詩人としての誇りだろうか。

 こんな無謀で死ぬ吟遊詩人は結構いる。旅って言うのは死にやすい。


「はい。ありがとうございます」


 こうなれば笑って、ゴハンでも作って、隙を見て話を聞きまくろう。

 胃袋をつかむとぺらぺら話してくるものだと祖父も言っていた。あちこちの郷土料理を仕込まれたのもこのためという冗談のような話だ。

 花嫁修業ではなかった。


 彼らは十三人いた。不在だったのは、辺りの警戒にあたっていたそうだ。

 後ほど汁物を飲んで号泣していて、故郷の味ってそんなに良いのかと首をかしげた。おそらく、私の場合には自分で作れるからだろう。食べたきゃ作れば良い。


 彼らは故郷にいた頃、料理するような立場にいなかった、ということ。

 そして、旅の間に多少は料理を覚えた、という状況のようだ。


 どこかの国が滅ぼされたという話も聞かないので、没落した王族などではない。ただ、貴族ではあったと思える。

 品がよいというか紳士である。

 場合によっては人にも劣ると差別されがちな吟遊詩人に対して、女性対応だった。


 貞操については危機感はさっぱり覚えなかったので、やはり、統率の取れた一団だった。ちょっと口説いてるのかと思ったこともあるけれど、スルーした。


 かわいい、かわいい言われるとその気になりそうで怖い。

 嫁にしたいだけはきっちり断っておいた。


 一緒に旅をしてくれそうな相手ならともかく、故郷に帰れればそれなりに地位がありそうな相手はお断りだ。

 自由が信条の吟遊詩人なのだから。


 隊長はイルア殿と言った。

 最初に声をかけてきたのはアドルファスというらしい。何か理由を付けては、構ってくるのはちょっとめんどくさい。色々な意味で。

 もう一人、別の意味で構ってくるのがディグラと名乗った男だ。どうも同じくらいの年みたいだ。


「こんな辺境に来るなんて物好きだな」


「それ、そっくりそのまま返しますね。メシの種である詩収拾は、定めです」


 憧れの収集家セフィラのまねごととは言えない。おとぎ話のような、実在するのかも怪しい人だが、祖父はいると笑って言っていた。

 新しい詩を作れば、いずれ会えると。


「吟遊詩人は、千年は継がれる詩を、と願うものです。他の詩も語り継いで良いでしょう?」


 食事の準備をしているときにやってきては、野菜の皮を剥きながら話をしていく。

 それでわかったこともある。


 西方のローグリアの生まれであり、政争の結果、名誉ある追放をされたと。竜を狩ると命じられ、噂を頼りに各地を転戦している。

 それなりに爵位のある家の長男が中心であり、彼ら以外に継承権は認めないとされている、らしい。

 すぐに断絶させなかったけれど、いずれは、家を潰すのだろう。


 妙に年齢層が若いのはそういうわけのようだ。

 一番若いのは17だと言っていたし、隊長でも三十は超えていないという。


「ふぅん。俺たちは謡ってくれるの?」


「お望みとあれば」


 悲劇なのか喜劇なのか。結末はまだわからないけれど。


「これで終わりにするって言ってたから、最後まで見てなよ」


 凪ぎすぎた緑の目が落ち着かなくさせる。

 空元気、というか、悲愴な雰囲気を感じるのだ。この生活も既に5年という。


「そうですね」


 私は死んだ人の詩なんて作りたくないんですが。とは、さすがに言えなかった。


 私は部外者なので。

 少しでもやる気になってもらうように振る舞うしかなかった。


 陽気な詩も、故郷を懐かしむ詩も、勇ましい戦詩も。

 思い出の味をきいて再現して、駄目出しをされて、怒った振りをしたり。


 なにも気がついていない風を装って。

 歌は作りたいが、そのために誰かに死んで欲しいなんてさっぱり思わない。うっかり巻き込まれて死んでしまうのは吟遊詩人の定めと納得も出来るけど。


 そうしているうちに、終点は近づく。


 雲も無いのに、遠雷が聞こえていた。

 遠く別の地で、聞いた言葉が口をつく。


「遠雷とは即ち竜の咆哮」


 わたしの声は、響きすぎた。


「それは、良い事をきいた」


 隊長は楽しそうに笑った。


「我らが、戦いを捧げよう。精々、勇ましく、謡っていただきたい」


 今でも、あの時黙っていれば良かったと思う日がある。

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