ラドの一族
春も終わると夏の収穫に向かって麦がすくすくと育っている。
ここ最近サボりぎみだった日課の散歩を再開した。町外れに出て基礎鍛錬、発声練習、楽器の練習とみっちりとする。
春の終わりの嵐の後に祭りのようなものがあった。
謡いまくったが、鍛錬不足を感じる結果に。
吟遊詩人は平然と謡っていた。
これからの夏の歌を請われるままに恐ろしく大量に。
化け物じみた、ではない。正真正銘、化け物だ。
本物なのかはわからないがセフィラを名乗る実力はある。
ああ、これダメなヤツと格の違いにうなだれたのもちょっと前のことだ。
「僕と比べても意味はないでしょうに」
落ち込んだ私に困惑したように彼は言った。
喉が疲れたと彼はしばらく歌を歌うのをやめた。元々、そんなに歌っていない日常だったことを思い出した。
その割に衰えない技量がある。
まさに人なのだろうかと疑うレベルだ。
まあ、目撃証言が数十年ある人が人なのか疑わしいが。
竜だってまだ生き残っていたのだ。おとぎ話の生き物であってもおかしくはない。
魔王だってまだ生きているとしている国があるくらいだし。
とは言ってもへこまないわけでもない。
麦は秋にまいて冬を越えて夏に実りを迎える。
まだ青々しいがそのうちに金色の穂がなびく。
収穫の歌は地域性があり、聞いていくと中々楽しい。
収穫祭が終われば、旅路には出ようと思っていた。ここは雪深くはないが、冬になればそれなりに交通も減る。客が減れば実入りも減るというものだ。
路銀もそれなりに貯まっているし、他の暖かい地方を回りまだ戻ってきても良いのだし。
街を縦断するように街道がある。それを中心とした街を壁で覆っているのは過去の争いの残り香だ。遠い昔は人ではないモノ、あるいは人同士が争っていた。
今は独立都市として存在している。
こういったものはいくつも存在していた。中立都市条約が締結されて以来ここは平和だ。
住んでいる人間が特権を意識するくらいには。
ちょっといる間は良いのだけど、長居するには少し問題がある。
春の嵐の後に目立ってしまっていたと思う。
少なくとも保護者だった店主が役に立たなくなったのは確かだ。
店主は牛焼きの時に事故に遭い、うっかりヒゲを焼いた。結果、童顔の顔をさらしており、大層機嫌が悪い。
無精ヒゲが似合わないと爆笑したのは反省している。
そのせいでヒゲもなく、若造といった風だ。以前、歳に関してアレコレ言ったのはこのせいだったらしい。
見た目で言えば私とも同じくらいに見える。
つまりは舐められるということに他ならない。
ソレとは別にちょっと地位の高い人々の目に留まったらしく、呼び出されそうな雰囲気を感じている。酒場に探りを入れるように見慣れない人が増えた。
旅装ではなく、服装も客の質から言えば浮いている。
ちょっと難しい歌や変わった歌を求められる。
今のところ私が知らなければセフィラが出て行っているが、いつまで持つかわからない。
店主も警告はしているが、どうにも相手にされていないようだ。こればかりは時期を見て逃げ出す算段をしなければいけないだろう。
居心地は良かったのだけど。
鍛錬も一通り終わったあとによく見る銀髪が見えた。
外で見ればキラキラがすごい。しかし、冷静に顔が良いなぁと眺められるのは中身を知っているからかもしれない。
あのキラキラはどこかで見覚えがある気がしているのだけど。
古式ゆかしき吟遊詩人風の格好は物語の主人公のようだ。
「……暇なの?」
「いえ、少々居づらくて」
「ヒゲ?」
「ヒゲですね。諦めればよいでしょうけどね」
昼間も一応営業している酒場なので店主にちょっかいをかける客には事欠かない。その上、若いと知られあちこちの若い娘さんが顔を出している。
それはセフィラのついでといった感じだが。
もちろん私にとっても居心地はよくない。彼女たちにとっては私はいきおくれのオバサンである。良い男を二人も侍らせていると言われた時には、どんな顔をして良いのかわからなかった。
真顔で、対象外、と言っておいたがどこまで効いたのかはわからない。
「貴方も気を付けてくださいね」
思ったよりも深刻な響きになんと言えばよいのかわからなかった。
この町ではあまり危ない目にあったことはなかった。それは店主の庇護下にあったためと言える。
ヒゲが消えたことにより少々にらみをきかせるには甘い顔なのが問題だ。
その上、ちょっと上の階級の人々の興味をひいたのがここで響く。
「武芸のたしなみもありますけど、そんな話ではないでしょう?」
「迂闊に何かしたら、ねじ曲げられて良いようにされますよ」
「潮時ですかね」
「結婚でもしない限りは定住は難しいでしょうね。まあ、我々はふらふらするのが信条ですから」
彼に同じ吟遊詩人としてまとめて語られくすぐったさを覚える。
「面倒な世の中で」
「ラドの頃から変わらないですね」
あっさりと過去の話を言う。何かを隠す気はないのだろうか。
「逃げ回った結果の踏破とは一族の秘ですがね」
なにか今、とんでもないことを聞いたような気がするのだけど。
口をぽかんと開けている間に次の衝撃のある言葉を口にした。
「守護者を呼んでおきましたよ」
「は?」
「しばらく僕は消えます」
そう、彼は旅装だった。
最初に現れたように。
「次に会うときには約束の千年語り継がれる物語を待っています」
……あれ? それってどこかで聞いたような?
その翌日には、彼の言っていた者が誰かわかった。
なるほど。
現状では最良の守護者だ。
落日の白を持つ一族。
ラドの名を継ぐ者。
その背景も相まって並大抵の権力者では刃が立たないコネを持っている。
「シンじゃない!」
「カイラスぅ?」
しかし、納得した私とは逆に素っ頓狂な声が響く。
「セフィラからよびだされたんだけどぉっ!」
そのまま床に崩れ落ちたと思えば、きっと顔を上げて絶叫した。
「どうしていないのよぉーっ!!」
店主と店員のコレどうすんの的視線が痛い。
彼女こそ唯一のラドの一族の知りあいだ。
長身痩躯の銀髪の少女。男装のせいか、中性的な顔だちのせいか性別不明な感じがアレだが。
セフィラ国に旅立って数年音信不通だったのだけど、元気そうでなによりだ。
そして、どうやって連絡をつけたのだろうか。
どうにか立たせて店主に友人であると紹介する。
ラドの名は告げずともその白い花で知れる。
「……はじめまして」
「はじめまして?」
シンは首をかしげる。どこかであったような思い出せないようなと言った風情だが。
「知り会い?」
「どこかでお会いしたことはありませんか?」
「さあ」
店主はいつも通りだった。握手を求めたのか差し出した手をどうしようかと困っている。
シンはそれに気がついたかのようにぎゅっと握った。
「まあ、私も覚えが悪い方なので勘弁して欲しいので初めましてで」
ぶんぶんと握手した手を上下に振る。
悪い子じゃないんだけど、ちょっとがさつなのが玉に瑕である。案の定、店主は困った顔のままだった。
微妙に保護欲のくすぐられる顔なので、ああ、こりゃ、しばらく、彼の周りは落ち着かないだろうと思った。
シンがついたのは昼過ぎだったので、昼食を取り、あれこれをしている間に夜の営業時間になっていた。
四苦八苦しながらもノルマをこなしたのは随分夜も遅かった。
シンは店主の好意で、空き部屋を提供してもらっている。前にセフィラが使っていた部屋だと言えば、とてつもなくご機嫌になっていた。
ようやく、店を閉めて一息ついてから、お互いの近況の話が出来るようになった。
私たちに軽い果実酒とつまみをおいて、彼は厨房へと消えていった。手伝いの店員は既に帰ったあとだった。
二人で椅子に座り、近況の報告を始める。
真白き花の髪留めは銀髪の中でも自己主張が激しい。
可憐な花だが、うっかり濡れてもくしゃくしゃにしても平気らしい。切ることもちぎることもできないと実演されたときにはどうしようかと思った。
今は穀物の平原として知られる一帯にかつて生えていた花と伝わっている。
お酒をちびちびと飲んでいるシンの白い花を観察していると白い目で見られた。
「……セフィラにずいぶんと気に入られたのね。カイラス。羨ましい。妬ましい。むしろその位置を変わって欲しい」
「は?」
呪われそうな口調だった。彼女はくわっと目を見開いて、手をダンと机に叩きつける。
「彼だけは我が一族の特別なのっ! なのに逃げ回って相手してもらえることなんてマレで」
ちらっと厨房から顔を覗かせた店主に頭を下げる。
シンに落ち着くように言うが、口は曲がったままだ。
「追いかけるからでは?」
「普通に生きてたら、一生会う事は出来ないでしょうね。大陸中を流離う吟遊詩人よ?」
「あー、でも」
「なぁに?」
「実家に来たことあるかも」
「なにそれくわしく」
遠い記憶にあるそれは、祖父に言われたものと勘違いしていた。
「吟遊詩人を志すならば、千年語り継がれる物語を作りなさい」
忘れ去られぬ名を刻めと彼は言った。
あこがれを語る子供たちに。
その歌を聴く日を楽しみしているとにこりと笑った。
その日以来熱心に練習するようになった姉妹がいつか吟遊詩人になった。
つまりは初恋であった。おそらく妹もであろう。
それがこの地に至り、彼に再び会ったのだから中々のものではないだろうか。当人が居なくて大変ありがたい。
どの面下げて会えばいいのかわからない。
などとかいつまんでその話をすれば彼女は口をへの字に曲げた。
「なにそれ羨ましい」
ラドの血族にとっての憧れだとは聞いたことはあったが、これほどのものとは思わなかった。
「まあいいわ。ここにいた間の話を聞かせて」
あれこれと根掘り葉掘り聞かれ夜は更けていった。
翌日、昼食から夜への仕込のための閉店時間。
シンは自分の報告がまだだったとチーズをつまみながら言った。
彼女の好物はチーズである。
前世はネズミだったかも知れないと冗談で言い出すくらいの好物だ。
「イルア殿は元婚約者と無事よりを戻したそうよ」
「……そ、そう」
お茶でも口にしていたら吹き出していただろう。
一体どこまで行って来たのか。
忘れもしない、私以外に歌を作らせないと言い出した人だ。
「あの方は報われたのね」
それでもその知らせはほっとした。
次々に知っている名の人々の消息を語られる。
皆、それなりに安定した生活を送れそうで安心する。
「ディグラ殿は出奔しました」
「……は?」
「全部、投げ打って、旅に出たとか言ってました」
いやぁ豪快だわね。
シンが続けた言葉に頭が真っ白になった。
「ば、バカじゃないのっ! 家の再建はどうしたのよ。汚名を返上するんじゃなかったのっ!」
「やっぱそっちだったか」
「……黙秘権を行使します」
「まあ、いいけど」
「どうして、そんな詳しいの?」
「我が親友殿が、カゴに捕らわれていたら次の冒険にお誘いするためだよ」
シンは必要なかったみたいだけど続けてと肩をすくめた。
「三日もいなかったわ。やばい感じがしたのだもの。でも、ありがとう」
「どういたしまして」
やる気になったら彼女はどこからでも助けてくれるだろう。
この友情に返すものはあるだろうか。
「さて、カイラスの冒険の話を聞こうか」




