迎え
宿屋に戻れば、来客がいた。
「うげっ」
シンが呻いて宿を出ようとする。私は、それについて行くか少し迷った。
セフィラが、小さく首を横に振ったのが見えた。
あ、これ、ダメなヤツなのね。
シンを追うことにする。
走って追えない距離ではなかった。先ほどの荷物もそのままなので、早く移動は難しいだろう。
「誰なの?」
隣に並んで聞く。
その来客は見事な赤毛の男性だった。地味そうにしていたが、中々に気品溢れる所作だった。
「セフィラからの迎え。間違いない」
うんざりした声だった。
「ああ、セフィラってやっぱそうなの」
「……未だに言ってないの。あの人」
さらにげんなりしたような表情だった。
「確定情報は私も聞きたくないんだけど」
「この子、一回預かってもらいに行こうか」
長い話なのか。
再び馬屋に戻るとは思わなかった。店主も驚いて出てくる。返品かと慌てる彼を宥めて、少し預かって欲しいと荷物ごと押しつける。
心付けも忘れない。
「早く戻ってきてくださいね」
念押しをされ、ごめんなさいと頭を下げつつ店を出る。
店から見える範囲の飲食店に入ることにした。店先に出されている席に座る。
「いやあ、遅かったとも言えるけど、時期図ってたね、あれ」
「……偵察でもされていたの?」
「目立つから、仕方ない。可哀想にディグラ氏は、一緒に連れて行かれるね」
「どういう扱いなの」
「王の大事なお客様。私の方はこないかな、来ないと良いな」
「ああ、なんか、セフィラに行ってしばらく帰ってこなかったのがわかった」
シンは曖昧に笑ってごまかした。
境界線上の魔王を自由にするためにセフィラはある。おとぎ話でもなく、事実として語られる。
西方の人の世の果てから先に誰もいかないように監視している。
さて、そんなセフィラ国の王とは誰だというのだろうか。
今は最果ての王と呼ばれる男以外あり得ない。
「セフィラって何で名乗るの?」
「うーん。秘密よ?」
そう言われたのは、彼自身が、名を持たないこと。その友人の名を譲り受けて以来そう名乗っていると。
吟遊詩人をやっているのもその影響だろうと言われれば、色々な情報の齟齬が整理されそうだ。
「その友人の名を国の名前につけるというのは意味がわからない」
「あー、ちょっと人とずれてるところあるから」
人なのかも怪しい魔王様である。本人であればざっと500年はいきていることになるが、とても大人な感じはしない。
まず、境界線上の魔王を歌ったセフィラと今一緒に旅をするセフィラは別人である。
かつて友であった詩人の名を譲られて、境界線上の魔王改め、最果ての王はセフィラを名乗り、世界を放浪していると。
「国が出来て最初に来たのは、ラドの墓って伝わっているのよね。ちなみにラドは伴侶を持たなかったけど子供は五人いました」
……吟遊詩人の生態に近いなと改めて思う。
吟遊詩人も結婚して定住派と一生ふらふら派に別れる。ふらふら派でも一定数子供はいるということはある。
わりとちゃんと定住している実家が少数派である。知り会いの寄り合い所扱いされているので、吟遊詩人はわりと出入りしている家だった。
……あれ。
子供は、四人だったのでは?
ラドの一族の冒険譚はわりと歌としても歌われるから、その子孫のことも知っている。
それも相手が誰だったのかははっきりしていたはず。
「銀髪」
セフィラとシンの銀髪はよく似ている。
落日の白の歌が蘇る。
番人と呼ばれた人の大切だった人。
君はもういないのかと。
「うわー」
確かに一族でも特別だし、対等なお友達なんて作るのも難しいだろう。
シンはちょっと不安そうにこちらを伺っていた。
お友達、やめちゃう? と聞こえて来そうで、なんだか可愛らしい。
「よく戻ってこようと思ったね」
シンはラドの一族でも特別だったが、セフィラでも特別である。
その銀髪がその血統を示す。
遠く、魔王へ連なるその血。
「そうね、カイラスのためだし、ちょっとがんばる」
「ん?」
「……あれ。それも聞いていない? あなたたち歌の話以外しないの?」
「しないね」
きっぱり言い切った。
シンのあきれ顔がちょっと痛い。お互いに無難な話題は他にないのだよ。知識豊富で、それはとても楽しい。
現実逃避とも言う。
逃避したい現実が側に色々あるとね、そのね。
……ちょっとは反省している。
「カイラスの体も調べないとまずいって言ってた。本人に知らせたくないのか忘れていたのかはわからないけど」
「も?」
「……いやもうほんとになんか話し合ってよ」
「物理的に不可能になったよね?」
「ディグラ氏の体調不良の原因も調べるんだって。つまりは歌の効果がどうなったのか」
シンはちょっと首をかしげた。
「じゃあ、人の世の果ての先に行くとも聞いていないの?」
セフィラは一体、黙ってどこまで連れて行くつもりだったんですかね?
私、問い詰めても良いですよね?
おそらく好意なんでしょうが、他に話すこと在るでしょうに。
聞かない私もたぶん同罪だ。
どうしてこうなった。
頭を抱えても事態が解決するはずもなく、諦めて宿に戻る。
もちろん馬も連れて。
「姫様、お戻りですか」
宿の前で待ち構えられていては、逃げようもございませんでした。
シンは諦めたように馬を馬小屋に連れて行く。それに赤毛の男も付き添っていった。
私は逃げても良いのではと頭をよぎったけど、諦めた。
良い事がない気がする。
「……ルーセント、おじ様を連れて帰ったんじゃないの?」
小言をうるさそうに聞き流しながら、シンは宿屋の中に入ってきた。食堂で話というわけではないらしく、泊まっていた部屋とは別の部屋に連れて行かれる。
人数分の椅子とテーブルには茶の用意があった。
既にセフィラとディグラがいた。
「ごめんね? 一緒ってことになっちゃった。説得したよ?」
神妙に言うセフィラの口調がちょっと違った。吟遊詩人ではない彼はそうなのだろうか。
「他に誰が来たの?」
「ハーディが」
「また、面倒なのがきた」
そろってげんなりとした顔をするのが面白い。当事者ではないからそう見ていられる。
「王と姫がお世話になっております」
急にこちらに向かって頭を下げられた。
「い、いいえっ! 友達なので、お世話だなんて」
ふたりともきらっきらした表情で見てくるの何で? シンはともかくセフィラは違うでしょ?
いや、友達なの?
友達認定されたの?
「ほらほら。迷惑かけてないよっ!」
シンがここぞとばかりに主張する。まあ、それはね、わかる。
で、どこぞの王様がうんうんと肯いているのは解せぬ。
歌を聴かせろと押しかけたことは迷惑だった。
「今後とも良きお付き合いをいただければと願います」
……あれ? なにか、今、ぶっとい釘を刺されたような。思い上がるな、とかそんな風な雰囲気を感じたの。
気のせい。
曖昧に笑ってごまかす。
吟遊詩人の得意なアレ。
笑っているけど表情が読めないの。
ふと気配を殺しているディグラに視線を向ければ、つまらなそうな顔をしていた。……まあ、君はそう言う人だった。
ちょっと、忘れてた。
興味のないことは興味のないことで、少しは聞こうという態度がない。
「さて、明日、改めてお迎えに上がります。逃げようとしないように」
王を脅す臣下もいるのだなぁと思う。しかし、ふてくされたように返事をされてはさもありなん。
ちょっと反省した方が良いんじゃないですか? 魔王様。




