彼女の微笑の理由とかぼちゃ
半月も逗留することになった宿とも明日でおさらばである。
出立前の精算やその他雑務をシンが張り切ってやっている。それをやんちゃする子供を見るかのようにセフィラが見ている。
時々、すごく心配そうな表情になっているのだが、自覚はあるのだろうか。
なんだかんだと面倒見の良い人である。
私とディグラはそれを食堂から眺めながらお茶を飲んでいた。毎日歌っていたら、お茶がサービスされるようになったのだ。
安酒一杯よりも実は高い。ここは掘るとすぐ温泉が出て、飲料に向いている水を得るには川から水路で運ばねばならない。水路の維持費が結構かかるとかで、水を使うものの価格には色々加算されていた。
「どこかで飲んだことがある味」
ディグラはそう言って首をかしげていた。
「んー、東方の焼き茶じゃないかな」
古くなった茶葉の再利用とかなんとか聞いたけれど、本当だろうか。香ばしい匂いはちょっと独特だ。
私が東方に行ったのは四年くらい前だろうか。
東の最果ては海があった。
あの探検家は海の向こうへの挑戦は未だ続けているのだろうか。知り合った海賊たちはまだのらりくらりと商船おそってるのか?
あっちでもシンと会ったなとぼんやり思い出す。
東方に行ったのも祖父が海がこんなのですごいんだぞと全くわからない説明をしてくれたせいである。妹と二人で旅に出たときに行く先の意見が一致した。そのとき知り合ったのが妹の夫ではあるが、そこから色々あったのだ。……色々と。
痴話喧嘩には巻き込まれたくはないものだ。
ちなみに私たちの故郷は中央と分類されるぎりぎりの南の位置だ。
私たちは故郷を越えて南にいかなかった。暑いのが苦手なのもあるし、都市連合での取り決めがきつすぎて自由に行き来が難しかったのもある。
北方もあの時が二度目で、終点までいったのは初めてだった。かつて妹と訪れた遠雷の歌を聴いた街は、終わりの街の反対側だった。
あの地では、もう春に遠雷は聞こえないかも知れない。
「ああ、それで。海竜がいると聞いたが、いたのは巨大なイカだった。そのときだろうか」
……あの話の主役の一人がいた。
彼女の微笑の理由とかぼちゃ。
その歌にはちょっと因縁がある。
「誰がカボチャ好きなの?」
「ルーク」
聞いたことのない名前だ。
「怪我が元でかなり前に離脱している」
ということは最初は彼らはもっと大人数だったということだろうか。
それ以上聞いても良いか悩む。
「現地で嫁をもらって、それなりに幸せにやっているので、死んでいることになっている」
……まあ、あの歌ならそうだろう。
そして、それなりの家名があったはずなのではないだろうか。家のことは良かったのか? いや、名誉の戦死ならいいのか?
突っ込むべきか悩みながら、その歌を口ずさむ。
「彼女は叶わぬ恋をした」
から始まる歌は勘違いのすれ違いのハッピーエンドだ。
キーアイテムはカボチャのタルト!
途中で襲い来るイカの化け物。
初めて聞いた時は何が起こったのかわからなかった。
は?
と素で聞き直した。歌ってくれた吟遊詩人はその反応は二人目だと言っていた。
「ああ、アレですか」
いつの間にか背後に立っていたセフィラはため息をついた。
「僕も、は? と聞き返して、随分と怒られました」
……一人目も居た。
私も怒られた。
ものすっごく怒られた。東方伝来の正座とかをやらされて1時間。歩けなくなったところをげらげら笑われて、足をつつかれて殺意が芽生えたものだ。
許すまじ。ディードリア。
そんな因縁の歌だ。ちょっと欠片を唇に乗せることはあっても積極的には歌う気はない。
セフィラはそんな気持ちにはならないか、同じ目にあっていないのだろう。ごくまれに歌う。
「彼女は叶わぬ恋をした。
旅の騎士に焦がれてタルトを焼いた。
おいしいカボチャのタルト。
魅惑のタルト。
誘惑の魔法をかけて、隠し味はハチミツ!
旅の騎士をたちまち虜にしたのはカボチャのタルト。
彼女には全然気がつかない。
笑顔の魅了よりおいしいタルト!」
からなんで、イカに浚われて助けられて、カボチャのタルトが食べたいと言われてハッピーエンドなのだ。
もうちょっと何かあっただろう。なにかっ!
聞く度に毎回、あの胡散臭い笑顔の男を思い出す。吟遊詩人は大体偏屈で性格が悪いと言うが、その通りだ。私も含めて、どこか屈折している。
ここ数年噂も聞かないので、ちょっと心配してないでもないけど。
「……二人ともさ、何があったのかは知らないけど昼間の食堂でさわぐのはやめよ?」
シンの呆れた声にセフィラと顔を見合わせてしまった。
「はい。ごめんなさい」
二人そろって頭をさげましたとも。
小声でも声が響くのが吟遊詩人というもの。通常の声でもそれなりには通る。そうなるように鍛錬しているから。
某店主にも時々怒られた。
時々、店主も混じって雇われ店員にも怒られた。
三人そろって正座させられたのは恥ずべき思い出。腰に手を当てて我々を叱った彼女こそが最強なのではないだろうか。
「買い物に行くからついてきて」
シンはいつものシンに戻っていた。
「二人とも留守番してるのよ? 目立って仕方ない」
セフィラとディグラはお留守番である。男性を荷物持ちにしたいところだが、どう考えてもセフィラをつれていくとトラブルになる。
ディグラは突然不調になることがある。ついこの間まで騎士だった男なのだから我々が連れて帰れる体格ではもちろんない。
「じゃあ、よい子に待っていてくださいね」
シンと手をつないでお出かけしたのは、ちょっと構ってくれなくて寂しかったからではない。
断じてない。
……いや、ちょっとある。
旅の必需品というものは大体食料と飲料である。基本的なものは既にそろっているので壊れたものを買い換えるか補修するかになる。
普通はそうなんだけど、馬屋の前で立ち止まってしまった。
「馬とか、いる?」
黒毛の子が店頭に立っていた。体つきからいえば、軍馬系。ごつくておおきい。蹴られたら即死する。
そのわりに人なつこいのかシンをじっと見ていた。
「乗合馬車ってのは?」
「うーん。セフィラのことはとっっっても好きなんだけど、一緒に旅をするのは面倒なのよね」
ひどい言い方である。しかし、同意だ。
あまり明るくもない酒場や夜に見るならば、それほど目立たない。よく見れば顔立ちが整っていると気がつくくらいだ。
昼間にそのまま出歩けば、数歩も行かないうちに若い女の子に声をかけられる。これはユールスでも時々見かけたことだった。
愛想良く対応をしていたようで、上の空だった。
別の人のコトを考えてるのではと聞けば、表情がなくなったので図星だったのではないかと思う。
旅にでる女性は多くないが、少なくもない。
理由があって隣街、隣の村程度に乗合馬車でお出かけくらいはよくある。農家で街に野菜を売りに行く程度ならばよくすれ違う。
「しばらくは男装しないと。兄弟と幼なじみが故郷に帰る、みたいな設定」
「で、嬢ちゃんたち。その子、買うのかい」
うっかりその馬をなでなでまでしてしまっていた。
馬屋の店主が呆れたような顔で店先まで出てきた。
シンの髪飾りに目を止めて、首をかしげた。
「ラドはあまり動物に好かれないと聞くが」
「そーね。特別、肝が据わっているのかしら」
「そうだっけ?」
「我々が動物連れ歩かないのはそんな理由。猫も犬も寄りつかないわ」
言われてみれば乗合馬車か徒歩が多かった。あの歩いているのか走っているのかわからない徒歩。ついていけないと言えば不思議そうな顔されたっけ。
「じゃあ、この子をもらうわ」
ラドの一族の買い物は大体ツケである。それだけの信用があるということだ。一族の金勘定する人がまとめて商人ギルドに払い、そこからさらに払われるシステムらしい。
「外で待ってて」
手続きはそれなりにあるらしく、それを私が見たことはない。
余計なことを知らないのは良い事だと彼女が言ったのだから、知らない方が良いと思う。身の危険的に。
黒毛の馬は私に初めて気がついたと言わんばかりに鼻先を押しつけてきた。さっきまで撫でていたの私だから。
シンはどう触って良いか悩んでたから。
「倒れるって」
むしろ倒したい、そんな気持ちすら感じる。
そんな押し合いをしている間にシンの方の話は終わったらしい。馬具屋は隣だとそのまま次の買い物になる。
無限に続くような買い物を終えて最後に再び馬屋に戻る。
馬具を装着しているとやはり立派な馬だと思うんだけど。
「高かったんじゃないの?」
「安くはないけど、無用なトラブルで減る気持ちを思えば必要経費」
「まあ、確かに」
その心配は別の方向で無駄になるのだが、このときの私たちは知らなかった。




