吟遊詩人は旅をするもの
原初より、伝えられし音の語らなかった逃亡の話。
「また、寝込んじゃったね。本当に、大丈夫なのかな」
幼さだけが目立つ寝顔だった。
少しは話をしていきたかったが、無理をさせても良くない。
いや、少しだけ都合が良かった。引き留められれば、留まってしまいそうだ。
報償として地位を求めても良いかもしれない。宮廷詩人なんて、良い響きだ。似合わなすぎて笑える。
「もう行くね。願いが叶いますように」
そっと額に親愛のキスを落として。
「よぉ」
部屋を出れば、壁にもたれるように青年が立っていた。
最年少の同行者だ。
生意気盛りというかなにかと突っかかってきたように思う。弟がいるのだから、こんなものかわいい範囲である。
実弟はかわいくない。
「リース君」
「行くのかよ」
「そ、吟遊詩人は旅に出るもの。元気でね」
何か言いたげでも言わずにいるところに成長を感じる。
この調子で良い男に育ってほしいものである。
「正門は見張りがいる。裏口で、ティールが待っている」
「ありがとう」
「隊長が、ありがとう、だとよ。会うと面倒が起こると言ってた」
「お世話になりましたと」
「世話になったのは俺たちだっての。悪かったな」
ひらひらと手を振った。
偶然を装って、一人ずつ会った。
礼を言われるのがこそばゆい。
少しは役に立てたらしい。
裏口ではティールが待ちくたびれていた。何を考えているのか未だに不明だけど、なにかと気を遣ってくれたように思う。
旅の相棒のロバには、荷物がくくり付けられている。ロバが不満なのがなぜかわかった。
「餞別だ。じゃあな。気が変わって誰かの嫁になる気になったら歓迎する」
曖昧に笑ってやり過ごした。
彼も返答は求めていないだろう。
「姫は、何か助けが必要なら絶対に頼りなさい、ってさ」
「承知しました」
隊長の元婚約者で、今までずっと未婚だったご令嬢に勘違いされて、詰られて、誤解だとお茶と酒を飲んだのは良い思い出、だと思う。
恋する乙女はかわいいものだ。
裏口を出て背伸びをする。
「さて、どこに行きますか」
吟遊詩人は旅をする者なのだから。




