第90話 大地と海の同盟
「ガーフィールド王子が来る?」
ダウ・ルー滞在から一夜明けて、舞い込んできたのはそんな情報だった。
はて、王子たちの外交は今のところ、予定はなかったはずだけど。
しかも、その情報を持ってきたのが、領地に残っていたはずのゲラートだった。いつの間にか、ダウ・ルーにして、さも当然のようにアルバートの家で朝食をごちそうになっていた。
私たちも呆れたものだった。この男は本当に神出鬼没だった。
「父上がな、まぁ色々と手回し、根回しを進めていた。内陸の覇者がサルバトーレであるならば、海の覇者はダウ・ルーだ。この二つの国力はほぼ同等。ならば、併呑するとかではなく、同盟関係を維持させた方が有益だということはわかるだろ」
他人の国で、なかなか凄いことを言ってる気がするのだけど、それを全く気にせずに淡々と報告しながら、ゲラートはタコの足を齧っていた。
「噛み切れん」
「生焼けじゃない、それ」
「生でも食えると聞いた」
よく見ると、うねうね動いているように見える。
それを見たせいで、アザリーは軽いめまいを起こしていた。アデルも目をそらしている。この人たち、意外と苦手なものが共通しているのね。
「で、だ。同盟を結ぶと、お前さんの動きもある程度は公認事業となる。ということで父上からの提案だ」
「……なに?」
ゲヒルトは頼りになるけど、何考えてるかわかんなくて怖いのよねぇ。
一体どんな無茶ぶりをしてくるやら。
「王子夫婦と一緒に、聖女イスズも同行させるということだ」
「え、嫌よ」
「即答だな。だが、お前がここにいることはすでにダウ・ルーにも知れ渡っていることだし、お前の評判も当然、広まっている。行かない、ではなく、行かざるを得ないだ」
最初からそのつもりだったように聞こえる。
「イスズ、行っとけ。こういう行事はとりあえず出るだけでも意味がある」
「わかってるわよ、ちょっとわがまま言ってみただけ」
アベルとしても、同情するといった感じの視線を送ってくれるけど、止めはしない。
実際、一国の王からお招きを拒否するというのは難しいことだし、しかも今回は個人ではなくサルバトーレの王家も関わる。これに泥を塗ると、反発が生まれちゃう。
先のハイカルンでの戦い、そしてガーフィールド王子の奇跡の生還劇の関係で、サルバトーレ王家の支持率は圧倒的だ。これに対して無礼を働くと、国民感情の刺激が怖い。
「でも、アザリー……ラウは連れていけないわよ」
王族相手だと顔がばれるかもしれないし。
「それが良いだろうな。似合ってますよ、ドレス」
「誉め言葉として受け取ります」
ジョークに対しても、鮮やかな返し。ラウは完全にアザリーになり切ってるわね。
これで私より子供だっていうのだから、凄いことだわ。彼の心のうちは故国復興と復讐で煮えたぎっている。
一時の恥などどうでも良いというわけなんだろう。
逆を言えば、それだけの仕打ちを敵はしたということだし。
「ザガート、勝手に食事を始めて!」
ややすると、アルバートが姿を見せた。
食事をしているザガートに対して、アルバートは食って掛かる。この二人、こういう部分ではそりが合わないようだった。
「用意をされたんだ。冷めないうちに食べるのが礼儀だ」
「だとしても、家の主を待つべきだろう」
「だったら、先に食事を出す方が悪い。俺はてっきり、食ってもいいのだと思ったよ」
「お前なぁ!」
「おい、家の者が客の前で怒るなよ」
アルバートは結構、直情的な性格らしい。
ガーフィールド王子とアルバートはゲーム的なキャラメイクで言えば似たような性格だけど、ガーフィールド王子が若干、天然よりだと考えると、アルバートは快活、熱血系っぽいわね。
一応、子供っぽい性格という設定もあったような気がする。でも、この世界では失恋を経験して、成長していると見えた。
そういえば、この世界にはあともう一人、グレースに心を奪われた男がいるはずなのよね。
王子であるガーフィールド、外国の大貴族の息子アルバート、未来の騎士団長候補ザガート、担任教師のケイン、そして……年下、だったはずよね。アルバートがじゃれついてくる子犬だとすればそのキャラクターは距離を取る子猫……って先輩は言ってたっけ。感情を表に出さない子とかそういう話を聞いたことがある。ただ、登場が遅くて、一番最後に出てくるから、実は私、よく知らない。
まぁ、今はどうでも良いかしらね。
「フン……それで、イスズ。話は聞いているだろうが」
「ダウ・ルーの国王陛下への謁見でしょう? やるわよ、さすがにそれを断れるような身分じゃないし」
「同盟を結ぶというが、この二つの国は元からそんな関係だ。結びつきをさらに強くする、二大国家の威光を知らしめるという側面が強い。だから、王族同士の対面もあるし、聖女と呼ばれるお前を呼んでいるというわけだが」
「私としては権利とお金が入るならそれで充分よ。大手を振って、作業に取り掛かれるもの。それより、私がいない間、アベルとアザリーをよろしくお願いしたいのだけど」
「アベル殿は護衛もあるし、マッケンジー家の長男、ゴドワン殿の代理という形で出席した方がいい。ダウ・ルーの王族や貴族に顔を覚えてもらうことは損ではないはずだ。アザリー嬢もついていくのではないのか?」
「……この子、ちょっと波の揺れにまいっちゃったようだから、休ませるわ。あと、タコがね?」
私のアドリブに対して、アザリーは見事応えてくれる。少し気だるげな表情を作った。
「だから、悪いのだけど、面倒を見てあげて欲しいのだけど」
「わかった、我がバルファン家が面倒を約束する。大丈夫かい、アザリー嬢?」
アルバートはどこまでも優し気な目を向けていた。
それを見て、ザガートがきょとんとした表情を見せて、その次の瞬間には吹き出しそうになっていた。
私は彼を睨みつける。黙っていろという合図だ。
どうせ、アルバートにも共犯になってもらう予定だから、ここでばらしてもいいのだけど。
正直、このタイミングではややこしいので、やめておく。
「それじゃあ、私たちは準備をしてくるわ」
「ドレスなどを用意させる。化粧もいるだろう?」
「ありがと、お言葉に甘えるわ」
そういうことになり、私は謁見へと向かうことになる。
状況は、私たちに味方をしていた。




