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第64話 捏造される伝説

 ガーフィールド王子、奇跡の生還。その陰にプリンセス・グレースの献身があった。

 二人の愛の深さは時空を超え、永遠のものであることを証明してみせた。神の祝福によって結ばれた二人に恐れるものなどない。

 サルバトーレ王国に栄光あれ。サルバトーレ王家に栄光あれ。

 偉大なる王、ガーフィールド。偉大なる王女グレースに祝福あれ。


 そんな歌がサルバトーレの各地で吟遊詩人たちによって奏でられる。

 ガーフィールド救出及び撤退戦からかれこれと一週間が経った。かいつまんで説明すれば、私たちは何とか逃げきることに成功。

 伝令兵による増援要請もあり、大至急、動ける本国の部隊が集結予定地点であるマッケンジーに集っていた。

 魔法によるジャミング効果範囲外に出ればいくらでも念話は飛ばせる。それも、王子の危機となれば、各領地から我さきにと援軍を出すのは当然であった。

 間に合う、間に合わないではない。やるのだ。その行為にこそ意味があった。


 もちろん敵が調子に乗ってそのまま攻めてきた場合、大損害は免れなかったが、彼らとしても長距離遠征を想定した装備ではなかったようで、国境近くまで接近するととたんに進軍速度が低下した。

 それでも突出する連中はいたけど、それらはみんな、ロングボウやボウガンの餌食になり、散っていったのが見えた。


『ハイカルンの被害総数は、詳しくはまだわかりませんが、二千とも三千とも言われています。無謀な追撃を敢行した連中が殆どですがね』


 騎士ベルケイドからの報告は以上だった。

 彼にはまだやるべきことがある。敵の被害も大きいが、こちらも無傷ではない。総数二千の部隊は、直接戦闘を避けたとしても死者数は八百人も出た。その大半が難民だった。


『……できる限り、遺体を回収してあげて。無理なら、そうね……頭髪を。そして、謝礼金もね。名誉国民にしてあげてもいい。私から王家には伝えます。決して、粗末な扱いをしてはいけません。それと……戦死したものたちの名前、書きだしてもってきてね』


 去り行くベルケイドに私はこう伝えた。

 私が、それを覚える必要はないと思う。でも、けじめはけじめだ。

 私が扇動した戦いで死んだのだ。グレースを煽り、領民を煽り、難民を煽った。でも、それは必要なことだったと胸を張るしかない。

 間違いなく、それで、王子は助かった。サルバトーレが瓦解することもなくなった。

 同時に、本国も我が領地、および奮戦した難民たちへの支援と保護をさらに強めるという約束も取り付けることができた。

 それで、彼らの悲しみが癒えるとは思わないけど。


***


「対ハイカルンへの制裁が各国との協議でまとまったみたいだぜ」


 屋敷のベッドの上で、私はぼんやりと報告を聞いていた。寝間着姿で、そばには侍女たちが控えて、フルーツをカットしている。

 まぁ、なんというか。私、疲労で倒れてしまい、熱を出したのだ。とてもきつい。戦争の熱が、そのまま体を蝕んでいるようで、気分が悪い。ふらふらする。

 多分、徹夜のせいもある。

 そこから少し離れた位置で、アベルが書類片手に立っていた。


「あぁ、そう……ま、当然よね。サルバトーレの慈悲に泥を塗って、さらには王子と姫を害そうとした連中ですもの。ところで、国内の裏切者については?」

「大方の目星をつけたらしい。さすがは騎士団長のゲヒルトだ。あいつは狙った獲物は逃がさないからな。ドウレブ・フォン・ブランフルーク。聞いたことあるだろ?」

「誰それ……?」


 記憶からすっかり抜け落ちている名前だ。

 いや本当に覚えていない。誰だ? フォンが付いているということは貴族だ。それも結構な地位だと思う。

 でも、知らない。興味がなさすぎる。

 少なくとも取引相手にはいないはずだわ。


「お前なぁ、一応、自分のオヤジの友人だった男で、お前を身請けしようとしてた奴だぞ?」

「……?」


 首を傾げる。


「……まぁ、いい。クソみてぇな男だったってことだけ覚えていてくれ。どうにもこいつの周りでおかしい金の動きと人のやり取りがあったようだ」

「なんで今までバレなかったの?」

「こいつもこいつで独自の流通ルートを持っていた。俺たちは競合しないものだったし、はたから見れば問題はなかったんだとさ。で、どうにもこいつ、その流通の中であれこれとやり取りをしていたらしい。仲介業者を挟んで、ハイカルン側への情報提供が疑われている」

「ふーん。じゃ、どっちにしろ磔ね」

「怖いこと言うねぇ。まぁ反逆罪でしょっ引かれるだろうさ。以前のような、お前さんの両親みたいにトンずらはできないはずだ。それより、体は良いのか? 報告しろっていうから、してきたが……話、頭に入ってるか?」

「はんぶんぐらい」

「呂律回ってねぇ……いいから寝てろよ。あとのことは心配するな。それと、王子と姫から見舞いの品も届いている。じゃあな」


 アベルが行ってしまった。

 ……もう少しいてもいいと思うだけど。


「あなたたちも下がっていいわよ」


 私は面倒を見てくれる侍女たちを下がらせる。

 彼女たちは「ですが……」と口ごもっているけど、それでも出ていかせた。


「はぁ……だるい。あんなことを決意した矢先にこれかぁ……」


 体、鍛えないといけないかも。

 こんなことで倒れるなんてね。そもそもこの世界には栄養ドリンクも滋養強壮剤もないから当然か……あれらをがぶ飲みしてる記憶飛ぶまで働いてた頃に比べればマシかも。


「……時代は動き出すかな?」


 静かになった部屋。用意されたフルーツを齧りながら、私は一人ごちるように言った。

 サルバトーレは大義名分を掲げてハイカルンと戦うだろう。ダウ・ルーは同盟国として、これに賛同。他の諸外国もこれらに共鳴。一部、保留を続ける国もあるけど、それらはこの際無視を決め込むようだった。

 同時に国内では奇跡の生還を果たしたガーフィールドを称え、それを手助けしたグレースの事も称える。同じように、グレースの命令を受け、見事ガーフィールドを助け出したマッケンジー領の評価もうなぎのぼりだ。

 これらは宣伝を続けさせている。とにかく美談に仕立て上げている。

 これで、王国の歴史書に記される内容が増えることは間違いない。まさかそれが、私とグレースによる盛大な博打であったことなど、今を生きる人たちが知る由もないだろうなぁ。

 のちの世の人たちは、これをどう見るだろうか。

 出来すぎた八百長試合? 冷酷な魔女が裏で手を引いた? それともグレースが悪女になるのかしら?

 まぁ、どっちでもいいわ。


「……戦争は、間違いなくこちらが勝つ」


 もう、それはゆるぎない。ハイカルン一国で抗えるものではない。

 背後に誰がいようと、もうそれも関係ない。

 全てはここからだ。

 ここから、サルバトーレにはさらなる躍進を遂げてもらう。その為に必要なことは……。


「蒸気機関……」


 石炭の優位性を確実のものとする技術。

 本来なら数百年も待たねばならないはずの代物。

 果たして、私のつたない知識でどこまで説明ができるかはわからない……でも、これが出来なきゃ、意味がないのだから。

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