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第63話 撤退戦

 状況はわからない。遠くでただ戦いを見つめているだけで、戦況というものがわかるほど、私は戦いというものには慣れていない。

 ただ順次入ってくる情報によれば、意外や意外、我が方は健闘しているというのだ。

 なぜそんなことになるのはわからないけど、どうやら敵の練度、士気はそう高いものではないらしい。数だけは多い、所謂烏合の衆という奴か。


「なんつーか、プリンセスを狙った連中もそうだが、浮足立っているな」


 相変わらず、剣を握ったままのアベルだけど、その声音はどこかあきれた様子があった。


「数が多いというのは、純粋に武器になるのではなくて?」

「それはそうだが、俺も軍人じゃないんだ、何がどうなってるかさっぱりだ……こっちが奇襲を仕掛けたという形になっているのは確かだし、それで相手もびっくりして、腰を抜かしているだけだと思いたいが……」


 都合がよすぎるのではないだろうか?

 正直、あまりにも敵が弱すぎる。なんだろう、この違和感。私の警戒のし過ぎ? それとも敵には思いもよらない秘策でもあるというの?


「プリンセスの予知で、なにかわからないのか?」

「そんなに便利なものでもないと思うわ。彼女の場合、漠然とした未来予測しかできないようだし……それか、特定の事に対してだけは効果を発揮するか……とにかく戦いの行く末を握るような予知は無理よ」

「そうかい……しかし、これは、いけるかもしれねぇな」


 投石器から石が発射され、ハイカルンの部隊を蹴散らしていく。散り散りになった敵兵に対してロングボウによる斉射がなされて、次々と兵士たちが倒れていく。

 とにかく敵は大混乱をきたしている。予想外の攻撃だったのかもしれないけれど、まさかここまでとはね。


「まるで桶狭間……そうでなくても一ノ谷の戦いみたいなことになってるわね」

「何か言ったか?」

「いいえ……ただ、むかし、本で読んだことのある軍記で、似たようなものをみたなって」


 適当にはぐらかしつつ、私は、戦いってのはこういうことも起こりうるのかもしれない程度に考えた。

 歴史は、まぁそこそこ知っている。パッと思いつく限り、この状況に当てはまる戦いを記憶から掘り出すとその二つが出てきたというだけだ。

 状況も、軍数も全く違うのだけれども。


「敵が慌ててくれるなら好機よ。この調子で、部隊を前に出せるなら、この戦いは勝てる」


 私の思いと呼応するように、兵士たちは前進を続ける。道中では射程の届かない小型の大砲をやたらめったらに、敵の部隊に向かって放ち、敵の混乱をさらに加速させる。

 ついには王子が率いていた部隊との合流に成功した。それらの情報はすぐさま私たちの下へと届けられることになる。


「伝令! ガーフィールド王子の確保に成功! これより撤退を始めるとのこと!」


 そう、私たちの目的はただ王子をこの場から生きて返すだけ。こうなれば後は逃げの一手。カルトロップをまき散らし、ロングボウで引き撃ちして、槍を構えて下がる。

 ややすると、ベルケイド率いる部隊が王子を連れて私たちの下まで帰ってくる。


「マッケンジー夫人! これ、一体どういう……あ、いや、命を助けられたことにはまず感謝ではあるが……!?」

「王子、ご説明は後程致します。今はどうか、国へお戻りください。すでに伝令兵を走らせ、本国から本隊を差し向けるように伝えました」

「て、手際が良いのだな?」

「グレース様の愛の力ですわ」


 私はそれだけを伝えて、王子を伴い、後方へと下がらせた王室専用の籠へとなだれ込むようにして乗り込んだのだ。


「ガーディ!」

「グレース、君までもこのようなところに!」

「あぁ、ガーディ……よかった、無事で……」

「い、一体何がどうなっているんだ。なぜ君が、マッケンジー夫人がここにいて、これほどの兵力が……」


 抱き合う二人だが、ガーフィールド王子はいまだに混乱が解けない様子。


「愛のお力だと説明したでしょう! 馬を走らせて、早く! 国境まで逃げ切ればこちらの勝ちよ!」


 とにもかくにも、私たちの目的は果たされた。

 王子が無事、こちらに確保された時点で私たちの勝ちだ。あとはただ逃げるだけ。


「くそっ、連中め。こんどは良い気になって攻めてきやがった!」


 アベルが吐き捨てるように叫ぶ。

 私は籠の窓から身を乗り出し、ハイカルン側を確認する。さっきまで恐れをなして下がっていたのに、今度は勝てるとでも思ったのか馬鹿正直に進んでくる。

 しかし、そんなことをすれば、私たちがばらまいたカルトロップに足の裏を串刺しにされるだけだし、引き撃ちのボウガンや弓の餌食になるだけだ。

 そして何より、敵が近づいてくるのだから、小型の簡易大砲でも十分な効果が得られる。

 次々と打ち上げ花火もかくやと言った規模の砲弾が発射されていく。小型かつ、旧式で、射程距離も短いが、音だけは大きく、腐っても大砲、当たればひとたまりもない。


「心配はいらないでしょう。こちらは少数。それに装備も軽装です。対してあちらは重武装があだとなっています」


 随伴するベルケイドが言う通り、ハイカルンの軍勢はがっちりとした鎧をフルプレートで装備している。

 装備に関して言えばこちらもそう変わらないけれど、殆どが飛び道具。もっと言えば敵に対して少数であるから移動に負担がかからないとかなんとか。

 このあたりは本職の軍人たちにしかわからない何かがあるらしい。


「それに、連中はどうにも足並みがそろっていません。数は多いですが、練度がなさすぎる。我が方も精鋭とは言えないにしても、あれはそれ以下です」


 そうなんだろうか。もう私には何がなんだかわからない。

 とはいっても、ここからが正念場。ここから抜け出さないといけない。仮に、つかまるようなことがあればそれだけで終わる。


「逃げろ、逃げろ! 馬鹿正直に戦ってやる必要はないわ! 本国に戻って、本隊部隊と合流、速やかな補給と休息もよ!」


 私たちはただひたすらに逃げる。しんがりも、捨て石になる兵士も必要ない。いらない武器は捨ててしまって構わない。どうせ、どこの国も使っている武器だ。目新しいものはない。鋼の装備だって解析しようがしまいが、ただの鋼。作ればいい。敵が作っても、こっちはもっと多くを用意できる。

 だから捨ててもいい。


「火炎弾を使え! もったいないが、酒を浴びせろ!」


 ベルケイドが叫ぶ。

 気付け薬の代わりとして安いお酒を持ってきていたようで、酒を浸した布で石をくるんで、簡易魔法で着火。投石器で射出というぜいたくな使い方。投石器もそのまま燃やして破棄とのこと。


「これでマッケンジー領の被害総額は目も当てられないわね」


 私は苦笑しながらも、もっとやれと伝えた。

 お金は、また稼げばいいのだから。

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