第62話 それぞれの、なすべき使命
さて、思いがけないことだけど、今後の世界の行く末を決めたところで、本題に戻る。ガーフィールド王子の救出。とにかくこれが成功しないことには私たちも躓くことになる。
最悪、死んでくれてもいいし、いくらでも利用できるけど、私、そこまで落ちぶれちゃいないわ。どちらにせよ、助けておいた方が私たちの扱いもよくなる。
これはさらなる事業拡大に必要なことだしね。
それに、裏切り者の炙り出しにしても心強い力となるはず。
私たちの部隊は騎士団たちからの要請により、クロスボウを多数用意して、槍や投石器も簡易的なものだけど用意している。
とにかく直接戦闘を避ける装備というわけだ。
そして撤退用の道具、カルトロップと呼ばれる金属製の、日本でいうまきびしのようなものを用意した。これらはスラグ、ようは鉄などを作る際に出るゴミなどを再利用した安価で質の悪いもの。でも、足止めには効果があるはず。
大砲などの火薬を使う装備もなくはないけど、かなり小型で射程距離もない。当たれば被害を出すだろうけど、そこまでの距離に近づかれちゃ数で押し切られる。でも敵を驚かせるぐらいは可能。
とにかく、私たちはこの戦闘に勝つ必要はない。
「むっ、見えてきたか……?」
アベルが何かに気が付いた様子だった。
にわかに部隊先頭が騒がしくなる。戦闘準備という号令が次々と部隊全体に広まっていく。それと同時に私たちを乗せた籠は立ち止まり、後方で待機の形となる。当たり前だけど、私たちは戦えないからね。
ただグレースがこの場にいるという事実だけが重要なのだ。
「ついに始まったかしら」
投石器が前に押し進められていく。
兵士たちの号令がさらに強まる。鼓膜を震わせるような雄叫び。数が減って、今は千四百余の兵力なれど、勇猛果敢に見えた。
すると、一頭の派手な装飾の馬に乗った、フル装備の騎士が私たちのそばまで近寄ってくる。
騎士は兜を上げると、そこにはベルケイドがいた。
「準備完了でございます。敵はここより八百メートル前方に確認できました。それが中心部隊と仮定して、両翼にも。これは情報通りです」
「ご苦労様です。それで、敵の総数は?」
「目視で確認できる限りでは……約八千ほど。ちょっとありえない数値ですね。ハイカルンにそんな予備兵力があったとは」
「思ったより少ないわ。万はいくかと思ったもの」
「それはあり得ません。万の部隊を運用するにはもっと時間がかかります。我々サルバトーレであればまだしも、ハイカルンではいくら支援を受けようと、国土と資源が圧倒的に足りませんので」
保有できる戦力に限りがあるということかしら。
それとも、第三勢力からは戦力を渋られたのか。もしくは……いえ、それ以上を考えるのは無駄ということね。
「それで、報告は以上かしら?」
「はっ、報告はこれにて。ですが、一つ、お頼み申し上げたいことが」
ベルケイドはそういって後ろに控えさせていた若い騎士を呼び寄せる。数は六人。鎧は軽装で、剣しか持っていない。
「こ奴らは部隊でも戦闘魔法の手練れとして連れてきたものです。ですが、詠唱も出来ず、そのような暇もないので、別の用途に使うことにしました」
そういってベルケイドはグレースに向き合い、頭を下げた。
戦術、戦略的に魔法を使う場合はたった数人では意味がないと以前、ベルケイドに教えてもらった。
例外を除き、極端な話をすれば、この世界の魔法は詠唱が長ければ長いほど、効果がある。下準備が必要で、詠唱中は集中力を必要とするから、何かを行いながら同時進行は厳しい。
できる人は数が少ない。
個人戦闘であるならば、小さな簡易魔法でも十分な効果を発揮するらしいけど、大規模な戦闘なると炎を出すとか電撃を出すとか、『その程度』では意味がない。
一人、二人を倒してもその間に多くの兵士がなだれ込んでくるからだとか。
「プリンセス・グレース。号令をお願いいたします。あなた様のお声を全軍にお伝えください。そして、敵にもサルバトーレはここにありと宣言するのです。声は偉大な武器でございます。大声を上げれば時に大の大人も肩を震わせます。威厳のある声はどのような権力者も屈服します。ゆえに、どうか!」
「え、えぇ!? 私が、ですか?」
当然ながらグレースは驚くし、慌てる。まさか自分がそんなことをする羽目になるなんて思ってもみなかったでしょうしね。
でも確かにベルケイドの言う通りだわ。
「やりなさいなグレース。ここまで来たらもう恥も何もかも捨てて思い切り叫ぶといいわよ」
なんせこっちには必要最低限の武器しかない。いくら最新鋭の鋼の武器と鎧を身に着けたとしても無敵の防具じゃないのだ。
仮に、本当に仮にだけど、錬金術師たちが天才ばかりで架空金属、例えばミスリルやオリハルコンとかいうものを用意できたとしても、多分大量生産はできないし、指揮官や腕の立つ兵士に装備させてもやはり縦横無尽な戦いは不可能だろう。
そんなものを用意するならそれこそ鋼をもっと量産させて、その後はアルミニウムやマグネシウムなんかを利用した合金なんかを研究させた方が絶対に後々の為になる。
戦力はどう考えてもこっちが低い。ならば、もうこういう感情論や根性論でカバーするしかないのだ。
状況は、私たちが奇襲をし返した形になるのだから。
「……いじわるなことを言うけど、あなたの号令は、今まさに敵兵を殺せというものになる……あなたは、今から人を殺す命令を下すわ」
これは嘘じゃない。でも、今はそれをしてもらわないといけない。
こんな、心優しい少女に戦争開始の合図をさせようって言うのだから、私たちは悪党だなと思う。
でも、悪党で結構。
「……承知しています。責任を取ると言ったときから、それは覚悟していました。それに、私は、今は王子の妻。国の為に、何をするべきかは理解しています」
グレースは軽く深呼吸をしてから、前に出た。魔法使いの少年たちが傅く。
グレースは頷く。少年たちが詠唱を唱える。その瞬間、グレースの目の前に光球が出現した。それが、拡声器のような働きをするというらしい。
「全将兵に伝えます。和平交渉の為、危険を顧みずに出向いたガーフィールド王子を、卑劣な罠で陥れた人たちを許すわけにはまいりません。必ずや王子を助け出し、この悪逆非道を各国に伝えるのです。ですから……」
後半、グレースの声は震えていた。
「ですから……全軍、進めぇ!」
それは、彼女ができる最大の言葉だった。
それは演説ではない。本当はそんな言葉も吐きたくない、でも言わなくてはいけないという自覚。
彼女はそれを叫んだ後、涙を流していた。
戦端が開かれる。投石器から岩が射出され、兵士たちの雄叫びが平野を震わせた。騎馬隊の蹄の音が大地を揺らす。砂塵を巻き上げ、兵士たちが突撃していく。
それを、グレースは涙を流し、その場に崩れて、でも、目を背けなかった。
「お疲れ様、プリンセス。下がりましょう。ここにいては、もう危険よ」
だから私は彼女に肩を貸す。
あぁ、全く。なんてひどいことをさせているんだろうか私。私は、何もしていない。私は命令を下さない。ただ武器と資源を与える。提案をする。それだけ。でも実行するのはいつも別の人たち。
でも、彼らが実行する背後には私がいる。まるで彼らを、グレースを操るのは私のようだ。
だから、魔女なんだろうと思う。
でも、それでいいわよ。魔女でもね。
「グレース。あなたは祈って。王子の無事を。あとの事は、私たちがやるわ」
「う、うぅ……私は、私は……姫だから……王女に、なるから……」
「そうよ、でも、安心して。こんなこと、すぐに終わらせるわ。終わらせてあげる。だから、ね、今は自分の幸せを願いなさい。あなたにはそれができるわ」
そう伝えながら、私はグレースを下がらせた。兵士たちに付き添われ、彼女は後方に下がっていく。
でも、私はその場に残った。戦場が見える。まだ遠くても、もしかしたら大砲が飛んでくるかもしれない。怖い距離だ。
「お前も下がってもいいんだぞ」
傍らに立つアベルはすでに剣を抜いていた。
「そうもいかないでしょう。ここで戦ってるのは私の領民よ。そして従業員。何より、あそこで使われている武器は、私たちが作ったものだもの。一度は、責任をもってこの目で確認しておかなければね……」
遠くで爆発が起きる。絶叫も聞こえる。
体が震える。
「あの子にだけ、こんなひどいこと押し付けるわけにもいかないでしょう……! 私にだって、責任と義務があるわ……!」
そして、私はこれから、もっとひどいことをするつもりなんだから。
「私はね、アベル。サルバトーレを統一国家にするわ。そう決めた。そうでなきゃ、連中みたいな奴らは大人しくならない。せめて、この大陸だけでも一つにまとめあげなきゃいけない……!」
「……そうだな。お前は、魔女で、悪女だからな。だけど、それが、平和の為だってことは、俺はわかっているつもりだ。お前は、多分、悪にはなり切れないよ」
アベルはそういって、私の肩を抱いてくれた。
不思議と、震えが収まっていく。彼の手を握る。でも、視線は戦場を向ける。背けちゃ駄目。逃げちゃ駄目。
だから、もっと鉄を作る。もっと山を掘る。私が知る限りの未来の技術を提案する。
私が楽をしたいから。それ以上に、こんな世界にしてしまった、自分なりのけじめもある。
それはうぬぼれかしら? 私が転生して、製鉄技術を向上させたから、戦争が起きたなんて考えるのは。
ただ鉄を作るだけ、山を掘るだけで、終わるわけがないなんて、ちょっとでも考えればわかることだったのね。
宝石を採掘して楽に儲けよう、岩塩を削って商売をしよう。
地底、海底資源の採掘? 巨大鉄道網? えぇ、全部やってやるわよ。
こんなくだらない小競り合いを全て終わらせてからね。




