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第59話 星詠みの姫君

 極秘の作戦が決まり、あとは成り行きを見守るだけとは言え、私たちのやることは変わらない。騎士団たちはできる限り隠密的な行動に徹してもらっているが、会談の現場に近くなくては意味がない。

 だからといって近すぎでもいけない。このあたりの采配は現場に任せるしかないのが歯がゆいところ。

 素人の私たちは事の成り行きを見守るしかないのだから。


「今朝がた、使者団が発ったと報告があった。そこで、我らマッケンジー領や他の領地からも護衛の兵力を出すという条件が取り付けられた」


 動きがあったのは二日後の事。

 ゴドワンからの報告を受けて、ついに運命の日がやってきたのだと私は息を飲んだ。


「だけどよ、オヤジ。護衛はあくまで護衛。途中からは離脱しちまうって話なんだろ?」


 アベルが質問を付け加えていく。

 そう、今回の王子たちの目的は和平交渉。立場としては大国が「和平を与えてやる」という状況なのだ。

 ならばこそ、こちらは余裕を見せつけ、相手を刺激しないように……なんてちょっとでも考えれば甘いというか不用心だってわかりそうなものだけど、それがゴドワンの語る保たれていたバランスの弊害なのかもしれない。


「ゆえに、プリンセス・グレースがおられるのだ……あのお方、初めて見たときは大人しいだけの少女かと思ったが、ずいぶんと大胆なことをする。イスズ、お前に似ていると思うよ」


 ゴドワンはあきれたような、感心したような顔で苦笑いを浮かべる。


「それはプリンセスに失礼ですわ、ゴドワン様。あのお方は、なるべくしてなった人よ。たとえ、プリンセスではなくとも、彼女は他の多くの可能性を秘めていた。それをするだけの胆力のある人なのよ」


 彼らが驚いているのは今回の件に関するグレースの動きだ。


「彼女は責任を取ると言った。だから、その言葉を果たす為に王宮の奥底ではなく、現場にいてくれるというのです。ならば私たちも兵たちを出す名目があります。あのお方はプリンセス、そして次の次、王国の礎を築くお方を生むかもしれない大切なお方。何かがあっては困るというものでしょう?」


 これは私も驚いたことではあるのだけど、同時に彼女ならそれぐらいはやるとどこかで思っていた。

 グレースは正式な視察と激励という公務をいつの間にか引っ張ってきたのだ。マッケンジー領の製鉄産業は今やサルバトーレが誇るもの。前回はお忍び、そして領内への観光であった。

 それが今度は明確に国政としての仕事となるのだ。こちらもそれ相応に対処をするという義務が生じる。

 対外的にも問題はない。難民保護という観点からもハイカルンへのバリアーになる。諸外国へのメッセージ性も強くなるという意味も込められているらしいが、これが建前であることは誰だってわかることだ。


「彼女からは、自分の行いをどうとでも美談にしてもいいと聞いています。愛する夫の危機を察知し、処罰される覚悟で独断で軍を動かした……もちろん、何も起きなければそれでよし。起きてしまっても、大義名分はこちらにある。同情も集まる、プリンセスの愛の深さも伝わる。あの方は、自分にとって都合のよくなる選択肢を選ぶ力があります。才能です」


 ゲームがどうのという理屈を抜きにしても、一介の少女が一国のお姫様になったのだ。その力は決して侮れるものじゃない。神様の加護、才能、良いじゃない使えるものは全て使ってこそよ。


「さぁ、私たちも動きましょう。剣は握れずとも、私たちにできることはあります。まずはプリンセス・グレースのお出迎え、視察への同行。それに……」


 私たちの、生き残りをかけた二回目の戦争が始まる。

 だけど、この戦争で重要なのは勝つことではない。私たちが戦ってもいいという理由を作りだすことにある。

 グレースの予知が的中してくれるという前提の動き。でもそういうスタンスで動かなけば遅くなる。

 私たちがグレースを出迎える。これが合図なのだ。この動きはすぐさま他のゲットーや工場に通達させ、彼らは即座に進軍できるように手はずが整っている。

 対外の作戦はまだ結果を出せていないのが辛いところだけど、これは仕方がない。経済の動きに関しては即座に結果が出るわけがない。

 だけど、その代わりを務める直接的な武力準備だけは、不服ながらも勧めた。今や末端に至るまで鋼の武器を取り揃え、旺盛な士気とそれなりに動ける訓練された兵士。

 不安要素が皆無というわけじゃないけど、もうこれ以上、この場でできることはない。あとは、祈るだけ。


「ようこそ、お越しくださいました。プリンセス・グレース」


 そして数時間後。前回とは違い、王族専用の籠に揺られて、正式な場にふさわしいドレス姿でグレースは現れた。たくさんの侍女、親衛隊を引き連れたその姿はかつての少女の面影を一気に大人のものへと変える。

 これには思わず私も感動した。


「よしなに」


 たった一言。それだけでその場にはグレースの支配が高まる。

 全く、凄いわね本当に。


「はい、ではさっそくご案内いたします。民も歓迎することでしょう」

「このようなご時世です。我が夫がなすべきことをなすなら、私も妻としてできることをする。それが夫婦というものだと認識しています」

「えぇ、とても素晴らしいお考えですわ。それに、グレース様の慈悲の心は広く伝わっています。難民……彼らもきっと喜ぶでしょう」

「それを保護に努め、今日まで支えてきたあなたも。国王陛下と王子に代わり、感謝を伝えます」


 この儀礼的なやり取りにも多少の意味はある。

 私たちは深々とお辞儀をして、グレースを通す。


「責任は取ります。お願いします」


 その時、グレースがぼそりとつぶやいた。


「えぇ、わかっているわ」


 私もそう答えた。

 そして……私たちが移動を始めたと同時に。知らせが入った。


「奇襲ー! 奇襲ー! ハイカルン軍であります!」


 始まってしまったのだ。

 私たちの戦いが。

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