第52話 いすずの休息 その1
「王子が危ない? どういうことだ。俺は聞いてないぞ」
「誰にも、言ってないわよ。私はこれをプリンセスから聞いただけ」
「待て待て、話が見えん」
「……プリンセス・グレースには漠然とだけど、未来を見る力があるわ」
「予知……いや、星見か?」
「わかんないけど、まぁ、そういう類じゃない?」
アベルは驚きつつも、どこか納得もしている。
魔法という力がある世界ってのも大きいのか、この世界、予知というものに対しては比較的理解を示している。相談役として占い師たちが結構な地位にいたりするのだけど、実際は彼らは未来を予知しているというよりは色んな計算を行って、予測を立てているという。
だけどグレースのはそうじゃない。
彼女のはもっと超常的な予知だ。私がプレイしていた範囲で、彼女に予知とかそういう特殊能力があったかどうかは定かじゃない。それに、私がこの考えに至ったのはどっちかと言えばメタな理由が大きい。
「あの子は、多分だけど、未来が見えるのよ。ただし、漠然としたものだけど。変だとは思わない? いくらかの幸運があったとはいえ、つい一年前まで平民の娘だった子が、今や、プリンセスよ。努力もしたでしょうし、人付き合いも頑張ったでしょう。でも、それだけで、可能になると思う? 相手はガーフィールド。お互い、望まないにしても正当な理由でも婚約者がいた。それを覆して、彼女はそこにいる」
私視点からすれば、そういうゲームだからで説明はつくけど実際にこの世界で生きてる人達からすればそうはいかない。本当に、奇跡としか言いようのないことが起きているわけなのだから。
「彼女の友好関係、調べてみると結構面白いわよ。彼女の周りには、目が飛び出すような超有名人がそばにいる。ダウ・ルーのアルバートもその一人ね」
「おいおい、冗談だろう?」
「ほんとの話。彼女は、ほぼ無意識だろうけど、予知で、自分の幸せなルートを選択してこれたのよ。まぁ、これは私のひがみ根性がきっとそうに違いないって思いこんでいたのもあるんだけど、そうじゃなかったの」
別に、アベルには隠す必要がないと思って、私はある程度を説明した。
「なるほどなぁ。それで、王子の身に危険が迫っていることがわかったってのか」
「私としては、彼女の予知は信じてもいい。いえ、これまでの彼女の動きを間近で見てきた人間として、これは絶対に信じるべきことなの。それは今まで、彼女の周りの小さな影響でしかなかったけど、今回のはあまりにもことが大きすぎるわ。彼女の力だけで、乗り切れる問題じゃないのよ。国が潰れたら、私たちも困るしね」
「……まぁ、そうだな。でも」
アベルは深いため息を吐きながら、立ち上がり、私のそばまでやってきた。
「……?」
なんだろうと不思議に思っていると、アベルはその大きな手を私の頭にのせて……わしゃわしゃと大きくかき乱した。
「な、なに!?」
「あのなぁ、お国が大事なのはわかる。俺も、この立場になってオヤジの大変さを理解したし、上に立つ人間ってのは責任重大だって理解した。だからこそ、上に立つ奴はどこか、余裕を持ってなくちゃいけねぇ。上がそういう態度を取らないと下も緊張する。腐っても俺は炭鉱を仕切っていた。規律は必要だが、固めすぎちゃ野郎どもはついてこない。ハメを外させることだって必要だった」
そう続けながら、アベルは羽ペンを取り上げ、書類を裏返しにする。
「ちょっと、まだ整理しないと」
「聞こえねぇな。お前は一度、大きく休むべきだぜ。もうじきオヤジも帰ってくる。お前は今まで張り詰めすぎてんだ。外にぱぁーっと出かけるのもわるくないと思うぜ? いや、むしろするべきだ」
アベルは私を強引に連れ出そうとする。抵抗なんてできない。体格差の関係もあったから。それでも私は一応の抵抗を試みている。ずるずると引きずられていくけど。
「ちょ、ちょっと私どっちかといえばインドア派なんだけど!」
「うるせぇ! ちったぁお日様の光を浴びてこい!」
「デスクにも窓はあるわよ!」
「ばぁか、直接じゃねぇと意味ねぇだろ。ずっと座ってたら尻にアレができるぜ!」
「破廉恥!」
「がはは! 元炭鉱夫舐めるなよ。そんな話ばかりだぜ!」
ぎゃーぎゃーと言い争いを続けていると、私はまんまと会社の外に連れ出された。
うぅ、太陽がまぶしいわ……。
「部屋にこもって、色々考えてくれるのはありがたいが、こうして街に出て、お前がやったことの結果をみていくのも悪いことじゃないだろう?」
手回しのいいことで、アベルはすでに馬車の用意もしていた。
どうやら始めからこうする予定だったみたいね。
「わかったわよ、降参。それで、私はどこに連れていかれるの?」
「どこでもいいぜ? 好きなところに」
ふぅ……ま、言われてみれば私、ここ最近は領内を見て回ることも少なかったわね。市井の意見をどうこう言っておきながら、直接見て回ることがなかったのは、悪いことだわ。
他人に言っておいて、自分はやってないのだし。
「いつまでも、研究員気どりは駄目ってことね」
私は、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
腹をくくったとはいえ、意識の改革はまだ終わっていなかったようだ。
私自身も、認識を改めて、適応していかなくちゃいけないんだわ。
「男が女を連れだすのだから、おいしいランチをごちそうするのが、礼儀ではなくて?」
「まだ食うのか? 俺は構わないが、それでいいんだな?」
「えぇ、いいわよ。仕事を放り出してさぼるのなら、目いっぱい楽しませてもらうわ」
まるで戦時下とは思えない活気を見せるマッケンジー領。
ふと思う。これを自分が作り出したのだとすれば、私はこれを維持する義務がある。
だからこそ、もっと見て回らないといけないんだろうって。
馬車に揺られながら、市街地へと向かう。心地よい、振動は少し眠気を誘ってくる。工場から街へは十分とかからない。
けれど、私は、少し疲れていたので、体を預けた。アベルの肩に頭を乗せていたことに私は気が付いていなかった。
カタカタと揺れる馬車。あぁ、そういえば、炭鉱からこっちに来るときも、こんなんだったっけ?




