第51話 秘密の共有
私に出来ることはとにもかくにも山を堀り、鉄を作ること。
これは何度も、何度も自分に言い聞かせ、そして実行させてきたことだ。残念ながら私には剣を振るうことも、魔法で敵を倒すことも、軍団を指揮することもできない。
私が持つ鉱石の知識も、応用できるのは限られているし、さらに言えばこれらの知識はすぐさますべてに転用できるわけじゃない。
結局、今状況が整っている製鉄に力を注ぐしかないし、あと期待できるのは今までに金を出し、支援をしてきた科学者たちが何か思いついてくれるかどうかだ。
これに関してはちょっと期待はしている。なぜなら、この世界、妙に技術力がある。すでに火薬は発明されているし、製鉄だって元から高い水準で出来ていた。
私がしたことはほんの少しの後押し。ほうっておいてもいずれこの世界の住民ならたどり着くはずの結果を先に頂戴して、独占したに過ぎない。
「全工場に通達しなさい。プリンセス・グレースより各従業員の奮闘に感謝、そして期待するとのお言葉があったと」
そして使えるものは使う。
今のグレースの肩書は何にも勝る栄養剤だ。なんせ、今を時めくプリンセスからの激励のお言葉だ。それはつまり、国家の為、名誉なことをしているという誇りを彼らに与える。
「コスタ、火薬を至急買い集めて。多少強引でもいいです。集めた火薬は即座に騎士団へ。次期王妃のお言葉である。こうなれば多少のバラマキも許します。持てるルートを使って、ハイカルンを締め上げる!」
準備していた対ハイカルンの経済戦争を強めるように指示をだす。もとより大国であったサルバトーレである。この声は大きい。
いかにハイカルンの背後に第三勢力が関わっていようとも、この大陸からの供給が全くないというわけではないはず。
即効性のある作戦ではない。じわじわと指先から腐らせるように、少しづつプレッシャーをかけていくことになる。
「……どうした、昨日から馬鹿に気合が入ってるじゃないか」
作業が一段落すると、アベルが昼食を持ってきた。今日のはお肉が挟まれたサンドイッチだ。マスタードが塗られていて、サラダも添えてある。それとふかした芋みたいなもの。
私はサンドイッチを頬張る。マスタードが多めでピリッとするけど、それが逆に頭を覚醒させる。
「私の懸念が確信に変わったからよ。今は、何が起きても対処できるように動くしかないわ」
「そりゃそうだが、件の和平交渉までは時間があるんだろう? それに、ここにはどーいうわけかプリンセスまで滞在している」
アベルの言う通り、グレースはまだこのマッケンジー領にいる。お忍びはいつの間にか公務にすり替わっていて、奨励、激励、視察という名目があれば彼女はたいてい、どこにでもいけた。
なおかつ、私のそばにいるということが対外的なフォローにもなっている。少なくとも浮気だなんだとかいう下世話な話は出てこない。
それに、話題性も大きい。平民から貧乏貴族へ、そして王家の妻に駆け上がったシンデレラと一代で大工場を手にしたこの私。この組み合わせは民衆にとっても何か湧き立てるものがあるらしく、概ね好意的に映っているとか。
「グレースには色々とみて回ってもらうわ。騎士団の人たちもプリンセスの護衛ともなれば気合が入るでしょうし、この領内にいてくれるだけで各地の工場の作業効率は大体十パーセントアップしているってコスタが言っているもの」
「プリンセスまで利用するかい」
「お互い様よ。彼女は、彼女で、誰に相談していいのかわからない問題を、よりにもよって私に持ってきた。頼られたら、舞い上がっちゃうでしょう?」
「わっかんねーなぁ。お前、昔、プリンセスをいじめてたって言うじゃねーか」
私というか、入れ替わる前のマヘリアがね。
「若かったの。世界がなんでも自分の思い通りにいくと思っていた。輝く未来しかなくて、私はそれを何の疑いもなく享受できると思っていたわ。そこに、何もないはずのあの子がやってきて、自分の庭を土足で踏み込むように見えちゃったのよ。今に思えば卑しい人間だったのよ」
という風に、それらしい理由をつけて返す。
実際の、マヘリアがどう考えていたかなんて知らない。でもたぶん、この理屈はそう間違ってはないと思う。
んん、それにしても喉が渇く。
疲れがたまってきているようだわ。
「おい、そんながぶ飲みしていいのか?」
氷で冷やした紅茶を一気に呷る私を見て、アベルはちょっと怪訝そうな顔をする。
「朝から何も食べてないの。あ、そういえば水分もちゃんと取ってなかったわね」
グレースの手助けをしてやると決めてから、私はもう細かい指示を出し続けている。生産される鉄や鋼の分配方法なんかも考えなくちゃいけないし、全力稼働の関係で疲労が蓄積する従業員のルーチンも考えないといけない。
各所にお風呂は無理でもサウナなどを設置させる手はずも整えないといけないし、出来上がった鉄鋼の加工を行う為にこれまた技術者たちを配置しないといけない。
やるべきことは多い。それも、酷く閉鎖的なことだ。
本当ならもっと手広く、色んなことを、自由にさせたいけど、今は取り除かないといけない問題が多い。
「お前なぁ、従業員には絶対に水を取れって言ってるくせに、自分がそれってのはしめしがつかねぇだろ」
私は工場に必ず休憩を取り入れさせている。昔のように根性とか昼夜休まずの作業は無駄の極みだと知っているからだ。現代人としての感覚というよりは従業員の充実度や幸福度を考えた結果である。
大量生産を支えるのは一時期の熱量じゃない。持続できることなのだから。
「医者の不養生って奴よ」
「んだぁ、それ。どこの言葉だ」
「……気にしないで。昔、何かの本で読んだ言葉よ」
「お前が、なんか色んなことを知ってるのは俺もわかるが、背負い込みすぎじゃないか? 前もそうだったが、それでも自制はしていたぜ? だが、今は無理に働いてるように見える」
「えぇ、そうね。多少の無理はあるわ。でも、次期国王陛下が危ないとわかれば、そうも言ってられないでしょう」
私はその時、口を滑らせたと自覚した。
思わず、「あ」とつぶやいて、口元を抑える。それを見逃すアベルじゃない。
彼はぴくりと眉をひそめた。




