第49話 雪解けのように、近づいて
「あなた、かき氷って食べたことあるかしら?」
「え?」
お風呂上りの事だ。
ちょっと長話ついでに長風呂になってしまって、二人そろって顔は真っ赤で、若干のぼせているので、薄着のローブを羽織って涼むついでに冷えたスィーツでもと思ったのだ。
「まぁあれよ、ジェラートみたいなものよ。氷をそのまま砕いて、その上からシロップをかけるの。単純だけど、冷たくておいしいのよ」
この世界、元が乙女ゲームなおかげなのか妙にお菓子関係の技術は発展している。それと魔法という存在もあってか一年中、冷えたお菓子、それこそ氷菓とかお手の物だ。
氷を作り出す魔法はものを保存するという貴重な役割もあるので、これが使える人は結構、重宝される。
ただし、やはりというべきか魔法という特別な力を市井に使うという発想はあまりないらしく、多くは貴族、王族への催しに使われるぐらい。
このあたりはどの魔法も同じだけど、そりゃそうなるよねと言うのが私の率直な意見。
魔法が使える貴族の総数は少なくて、使えない平民はその何十倍もいる。
それじゃその何十倍もの平民の為に少ない魔法使いが延々と駆けずり回って魔法を使うなんて、そりゃあ物理的に不可能というものよね。
「この為だけに、ろくに覚えてもいなかった魔法を練習したのよ。氷を作る為だけにね!」
そう、たまに忘れるのだけど、私というかマヘリアも貴族。つまり魔法が使える。どうやらマヘリア自身もそれなりに才能はあったらしく、覚えるという点に関しては身体がすんなりと受け入れてくれた。
なので、私が一応使える魔法は傷を治す治癒と冷蔵庫代わりの氷魔法だけ。
「全く。貴族連中はちょっとケチなのよ。魔法なんて使えるものなら道具と一緒。もうちょっと楽しくおかしく使わないと損じゃない! 平民がもっと知恵を持てば魔法使いの権力は消えてなくなるわよ。むこうの方が数が多いんだからね!」
この世界の魔法は地味というか、派手じゃない。例えば炎を使うとしても、呪文一つで大規模な火災を巻き起こして敵を倒すというのは……まぁ、できなくはないけど、時間がかかるし、そんなことをしていては攻め入られる。
魔法の威力イコール呪文詠唱の複雑さみたいなところはあるらしい。
なのでこの世界の戦争は中世さながら、弓と大砲、そして騎馬兵による突撃が基本となってくるとかなんとか。
火縄銃が使えるようになるとさらに様変わりすることだろう。鉄、鋼の量産が整い始めた今、銃の研究開発は行うべきなんだろうけど、今はそんな難しい話はどうでもいいわ!
私はね、お風呂上りに冷たいものを食べるという快楽にふけりたいのよ!
「グレース様は何がいいかしら。ベリー系? それともレモンとかもあるけど、私のおすすめはこのはちみつをかけて砂糖とミルクを煮詰めたものを混ぜて、シナモンを少々……」
「ね、ねぇ、そんなにかけたら味が混ざるような」
「いいのよ。好きにシロップをかけて食べられるんだから、これでいいの。ほら、どうぞ、お好きなものを」
かき氷の神髄ってそこにあると思うのだけどねぇ。小さい頃から、イチゴとレモンメロンとブルーハワイをいっぺんにかけたら~なんてこと、誰だって一度は考える。絶対に考える。
「はい、これ器ね。それと、これが、氷を削る機械。ハンドルを手でぐりぐりするのよ」
私が取り出したのは昔ながらな形状をしたかき氷機、難しく言うと削氷機だ。
ただし、昔ながらといってもレトロチックな四角いものじゃない。まぁこれは私個人のどーでもいいノスタルジーと好みとついでに面白そうという悪戯心の産物なのだけど。
「赤い……猫?」
「クマよ」
「クマ? これ、が? あ、言われてみるとそれっぽく……いえ、これ猫でしょう?」
「クマよ! クマ! デザインは私じゃなくて作った奴にいいなさい!」
そう、なんというか子供向けの玩具にありそうなデザインに仕上がっている。ただし表面は鉄だ。この世界、まだプラスチックないし。
グレースは猫と言い張るけど、この赤いデフォルメされたようなクマの奴。頭のてっぺんにはハンドルがあって、ふたを外して、氷を入れて回す懐かしいあれ。
ただし、これ、試作段階も良いところなので、実はちょっとハンドル部分が硬くて、重い。正直、商品としては難あり。
世の中、軽量化、小型化の時代よ……絶対成功させてやるわ。
「ほら、ここに氷入れて、ハンドルを回すの。すると、固定された氷が下に設置されたカッターで削られて出てくるのよ」
「へぇ……凄いですね……氷が、こんな風に。まるで雪みたい」
削り落され、白く積み重なっていくかき氷にグレースはまるで童心に帰ったように目がきらきらと輝いていた。
氷を削ったデザートぐらいはこの世界にもあるし、ジェラートまで存在する以上、氷菓とはそう珍しいものじゃない。
それでも、見知らぬ機械で作るという行為は珍しく映るのだろう。
「雪みたいにふわふわしたものも作れるようにするわよ。今は薄く、削るだけしかできないけどね。まぁ、任せなさいな。いずれ、魔法を使わなくても、いつでも氷やジェラートが食べられる世界にもしてあげるわ。その頃までに私たちが生きてるかは知らないけど」
「そんなことが、可能なの?」
「できる。断言するわ。できる。でも、それをやるにはもっと先の話よ。逆立ちしたって、今は不可能。魔法でもできることとできないことはある。さ、そんな面倒な話は置いておきましょう」
私は器に積もったかき氷を手渡してあげる。
そして各種にシロップだ。私は当然、さっきの奴をトッピング。
グレースはシンプルにベリー系のシロップをかけていた。そして、スプーンで一口。ジェラートのようなしっとりとした食感ではなく、氷そのものの硬さとそれでいてふんわりと溶けていく感覚は彼女にとっては未知の体験だったようで、目に見えて、驚いていた。
「あ、凄い。はじめてかも。氷を削っただけなのに……」
「ふふん、でしょう? お手軽で、冷たくて、おいしいのよ。食べ過ぎたら色々と痛くなるけれど」
「あはは! そうかもしれませんね。あなたは、色んなことを知っているのね。こういうものまで、思いつけるだなんて」
「かき氷はたいてい、どこの国でも似たようなものはあるわよ。私のこれ、もっとシンプルで簡単にしたものってだけ」
「でも、私は初めて食べたわ」
「そりゃよかったですわ」




