第48話 それぞれの義務と覚悟
「怖いか……」
私はジュースを飲み干しながら、続ける。
「ご存じかしら。我が国の名産である水晶。これと金や銅を使えば魔法なんて使わなくても遠くの人と会話ができるようになるかもしれない。ダイヤモンドを利用すれば硬い物質を加工できるようになるかもしれない。私たちがまだ見ぬ地下資源を利用すれば、もっと便利なものが生まれるかもしれない。そう考えると、楽しくなりません? 人々はより遠くへ、より高みを目指せるというのに。なんの進歩もなく、享楽にふけるなんて、それこそ、破滅ではなくて?」
「それは……」
「変わるのが怖いのかしら。新しい生活が怖い?」
私の指摘に、グレースはうつむき、黙る。
図星か。確かに、私が目指す世界ってようは元いた世界、科学技術の発達した機械化、情報社会なわけだけど、それは正直、私が生きているうちには無理ね。
無理やり、私がアイディアを出して、この世界の科学者が思いつけば電話や、あと無音の映画ぐらいはできそうなものだけど……ふーむ。
「確かに、あなたは色んなことをしている。新しいなにかを作った。山を崩して、鉄を作って、そして今は武器を作っている……でも、それで戦争が続きます」
「心外ね。まさかあなた様は、私が戦争を煽っていると?」
「そうは思いません。ですけど、そうなってしまう動きがあるように思えます」
「それこそひどい誤解ですこと。私は戦争なんてくだらないことはまっぴらごめんですわ」
戦争をすることで技術が発達するという論調を聞いたことがある。
皮肉にもそれは正しいのだろうけど、私としてはそんな哲学に片足突っ込んだ理論をはいそうですと認めたり、理解するほど深くは物事を考えていない。
自分の身に危険が迫るようなことを誰が好き好んで選ぶものですか。
いえ……私、結構選んでるわね……ま、まぁそれは置いとくとしましょうか。
「火薬も鉄も鋼ももっと平和的に使うべきよ。私がここで進めているのは全て人々の豊かな生活の為。多少の格差は出るでしょうけど、それは致し方のないこと。ですが、平民であろうとも実りある豊かでゆとりのある生活を手に入れれるかもしれない。貴族も、その名誉は残り、義務と責務を果たすことで地位を約束されるかもしれない。私は今の社会構造を打ち壊そうなんて思っていませんわ。形は変わっても、残るのですから。そのためには、今の戦争を早く終わらせてほしいとも思っていますけれどね」
正直、こういうのを考えるのは私じゃなくてあなたたちだと思うんだけどなぁ。
私としては山を掘って、石炭使って、宝石掘って、アクセサリー売って、鉄を作って……鉄道ぐらいは実現して、その範囲で好き勝手したいとは思っているけど。
この中で打算的なこともそりゃ考えますけども。
「あなたはどうお考えなの? そもそも、私に何を聞きたくてここまで?」
「……近々、サルバトーレはハイカルンに使者を出します。平和の使者、休戦の申し出です」
「……ふぅん」
「とても素晴らしいことだと思います。戦争なんて、早く終わるべきです。でも……何か、嫌な予感がするのです。本当に、このままでいいんだろうかって。私も、よくわからないんですけど……でも、それを相談できる人なんて……なぜか、あなたしか思いつかなくて」
「旦那様がいらっしゃるじゃない」
「ガーディは……ガーフィールド殿下も今は国務で忙しいんです。お手を煩わせたくなかった……国王になる為にはやるべきことが多くて……」
そりゃそうでしょうとも。
ふーむ、しかしこれはあれね。お花畑とかのんきとか言ってしまったけど、ある程度認識を改める必要があるかしら。彼女たちもやっぱり国の未来のことを考えてはいるようだわ。
ただ、踏ん切りがつかないんだろうなぁって。一歩先へ進む勇気。責任を取る、何か不名誉を被るという覚悟がない。だから、思い切った行動ができない。
私? 私だって嫌よ、責任は取りたくないし、痛い目にも怖い目にもあうのはもう嫌。だからせこい真似もしている。
でも、王様とかになっちゃうとそうもいかないでしょう。国のトップなのだから。
今、私、ものすごく無責任なこと言ってる気がするけどね。
「とにかく、今はことの成り行きを見守るしかないんじゃありません? 和平もよろしいですわ。うまく行けばですけど。ですが、ダウ・ルーからの情報は、あなたもご存じでしょう?」
「え? えぇ、遠い外国のお船が来ていたとか……」
「それとハイカルンの謎の軍事力」
「和平は不可能ということですか?」
「今はね? 私たちが完膚なきまでにハイカルンを打ちのめし、平定することでしか、この戦いは終わりませんわ。私は従業員たちに人を殺せなんて命令できません。そんな権利もない。それができるのはあなたたち王族よ。というかガーフィールドよ。早くそういう覚悟を持ってもらわないと……こっちが迷惑だわ」
実際、国を焼かれた人たちもいる。
理由はどうあれ、ハイカルンという国は後に引けないことをやってしまった。
その背後にいるかもしれない皇国とやらもだ。
だったら、私は私のできる範囲では協力する。この領地に愛着も出てきているし、多くの従業員を抱えてしまった社長だし、なによりこの世界の鉱石をまだ発掘しきれてない。
まだ見ぬ鉱物資源もあるし、それを利用した事業も、できていないんだから。
「でなきゃ、次に死ぬのは、私たちなんだから。私はごめんよ。もし、死ぬかもしれないとなれば、この技術、敵に売り渡してしまうかも」
「そんな! それは脅しです!」
グレースは立ち上がり、自分でも驚くような大声を出してしまったようで、叫んだ後、少し固まってしまう。
私は彼女を見上げたまま言った。
「何度も言ってるでしょう。私に、軍隊や戦争をどうこうする権力はないって。私たちの命運は、あなたたち次第なの。あなたたちが覚悟を決めてくれなきゃ、私たちは自分で助かる道を模索するしかないじゃない」
「そ、それは……」
ひどいこと言ってる自覚はあるわよ。私は下の立場から好き勝手言ってるだけだし。
どうあっても責任の所在は国のトップに行きつく。
そして、グレースはついこの間まで平民だった女の子。彼女も、いっぱいいっぱいなんだろうなって。
でも、あなたが選んだ男は、そういう責任を一身に背負う立場にいた。だったら、妻となってしまったのなら、それを一緒に背負うぐらいはするしかないのよ。
「……だから、できる限り、私たちも協力している。国の為に私は山を掘って、鉄を作っている。それしかできないから。でもね、これだけは理解して。私のやることは戦争を加速させるだけじゃない。戦争以上に可能性を切り開けるかもしれないことなのよ。でもね、そのためには邪魔をしてくる人たちは必要ないの。新しい時代に適応できないものは、消えていくものなのよ」