第47話 湯浴みの密談
アルバートとの商談が終わって二日が経つ。そのぐらいの短い期間で劇的な変化が訪れるわけでもないけど、稼働率を上げさせた各地の工場では鉄と鋼の生産量が向上している。
それらをどんどこ輸出、献上することで騎士たちの装備を充実させるという目的は一応進みつつはある。
まずは前線の騎士たちへ、その後、一度遠回りとして本国へ、そして各地の領地、および難民兵たちに行き渡るという流れだ。
各種の優先順位は仕方がないけど、今のところ、滞るということはない。
まぁこのあたりは特に心配ないわね。
一方で経済戦争の方はそれこそ長い、長い目でみるしかない。長期戦だ。一応、アルバートたちを通して各地への交易ルート開拓は進みそうだし、周辺各国も進んだ私たちの技術は是が非でもほしいところらしい。
森林資源の不足はどこの国も同じだとか。もし、私が石炭製鉄を早くに実現させなかったら、ハイカルンだけじゃない。もしかすると、この大陸ではもっと大きな内乱が起きていた可能性が高いわね。
結局、戦争の理由は単純。領土、資源、限りあるものを取り合うからそうなる。
なので、石炭の登場、活用はある意味では首の皮一枚繋がったという部分でもあるのだ。
「そのあたりの事、お分かりになっていただけましたか、グレース様?」
などというあれこれを私は、かなりかいつまんで、かつ一部をぼかしながら、なぜかグレースにしていた。
しかも、大浴場で。
「あぁ、お風呂で長話をすると少し、くらくらしますね。失礼、飲み物を」
少し生ぬるくなった塩入り果実水で喉を潤す。
大理石を敷き詰めて、ちょーっと贅沢にお金を使わせて、水を引かせて、炉を改良したかまどで湯を沸かして、大浴場に流し込む。
実は、マッケンジー領にはもう一つ、特色があった。できたというべきか。
それが、お風呂だ。温泉、テルマエ、名称はどうでもいいか。とにかく公衆浴場を設置させた。ただし衛生面の関係でそう毎度、毎度開くわけじゃないし、混浴厳禁。
代わりと言ってはなんだけど、工場の出す余熱などで石を熱して、それをサウナの火種に使うことはある。こっちの方は工場勤務者たちの疲れをいやす為に各地でも推奨させている。
「それよりいかがです。この大浴場。私としても、少し贅沢をしすぎたと思うのですけど、やっぱりこう、お風呂は大きい方が解放感があって気持ちがいいでしょう?」
ちなみに、このお風呂は領主夫人特権ということで私のプライベートだったりする。
まぁ、プライベートと言ってもいすず鉄鋼第一工場の真横についてたりするので、たまに炭鉱からの長い付き合いになりつつある奥様たちにも使わせていたりするけど。
あの人たちも今は娼婦から工場の食堂担当だったり私のメイク係だったりと中々、忙しく働いてくれている。
あ、ついでに我が領内、売春とか風俗は禁止させている。ま、まぁ男女のお付き合い程度なら別にいいけど、その、風紀の乱れに傾くようなのは、ちょっと……ということで。そのあたりは厳しくしている。
ところで、グレースってば、ぼーっとしてるけど大丈夫かしら。
「……ねぇ、のぼせてる?」
「あ、いえ、違うんです。お城でも、こんな立派なお風呂は、なくて」
「あら、そうなの?」
このあたり、たいして不利益になるようなものじゃないし、どうやらこの異世界、お風呂という技術そのものはかなり高水準でまとまっていたりする。
大がかりな機能施設の湯舟がないだけで、薬湯なんかは結構、種類が多かったり。
「お城の改修工事って、色々と制約があるとかで」
「ふんっ、歴史ある城を壊したくないって奴ね。わからなくもないけど、別荘なり他の土地なりで建てればいいじゃない」
まぁ王族とはいえ、そう好き勝手出来るわけじゃないか。
公共事業ということで民衆にも提供する傍らという意味ならまだ動けるのかもしれないけど。
それに、今は時期が時期か……。
さて、なぜにグレースがここにいるかと言えば、お忍びの査察のような形でここにきているとか。
査察といっても堅苦しいものじゃない。名目上、友人に会いに来たとか、マッケンジー領内の娯楽施設を見に来たとかその程度のことだ。
プリンセスなら、さして問題のある行動ではないし、王族が領地を見に来るのは当然といえば当然の行動。
「あなたは、新しいことに躊躇がないのね」
「なぜ躊躇する必要が? それに、誤解もあるわね。私は、今できることと、将来できるかもしれないことを天秤にかけて進めているの。現時点で不可能なものにどれだけお金をつぎ込んでも意味がないじゃない」
現時点で恐らく実現可能なのは蒸気機関の発明。原理は私も、まぁわからなくはない。でも、それじゃあその設計図を私が引けるかというとこれがわからない。私には工学系の知識はほぼ皆無。水蒸気の理論も学校の理科の授業で習った程度の事。基礎中の基礎を知っている程度だから、このあたりはこの世界の科学者たちに丸投げして、理解してもらうしかないのだ。
「私には、わかりません……あなたが見ている世界と私たちが見えている世界は、何かが違う気がする……私には、それが……とても怖いわ」
あぁ、なるほどね。
うすうす感じてはいたけど、彼女の私に対する怯えの正体はこれか。
かつて、マヘリアだった私の急変もそうだけど、この世界の住民にとっては未来の技術を生み出す私は確かに、魔女なのかもしれない。




