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第37話 魔女は静かに嗤う

 たとえ戦時下にあっても社交界というものは絶えることのない恒例行事というものになっているらしい。

 むしろ戦時下であるからこそ、大国の意地と力を見せつける為にわざわざ同盟国から貴族たちをかき集めて盛大なパーティーを開こうというのだ。

 大陸随一の王国サルヴァトーレ。つい数か月前も大規模な戦争に勝利し、その力を見せつけた国である。

 といっても、戦争は戦争。莫大な予算と資源と人員を消費する。本来ならこんなことをしている暇などないのだが、戦勝国というのも、それはそれで難儀なものらしい。


「もう少し笑顔にはなれんのか、お前は」


 あきれた風に、ため息をはきながら壮年の男が私に向かって言ってくるが、とうの本人もワインを口にしつつもあまりおいしそうな顔はしていない。

 なぜなら彼もまた私と同じく「面倒くさい」と感じているからだ。

 男の名はゴドワン・マッケンジー。戦争勝利の立役者の一人であり、今ではサルヴァトーレの製鉄業を牛耳る男であり、そして……私の、表向きの夫でもある。


「旦那様も、お口が引きつっていますわ」

「ぬかせ、お前の鉄面皮よりは柔らかい」


 このような会話を交わせば、夫婦らしくも見えるのだけど、そうじゃない。

 私と彼の間に、愛はない。

 それでも友好的な関係ではある。

 いわゆるビジネスパートナーに近い間柄であり、お互いにそのことは割り切っているということ。

 つまり偽装結婚、私は製鉄業に携わるゴドワンの権力を求め、そして彼は私の持つ知識を求めた。この二つを十二分に使うには、形だけでも結婚しているという状況が手っ取り早かったのだ。

 ただ、それだけの話なのである。

 それをお互いが了承して、お互いが利用している。


「あなただって、くだらないと思っているのでしょう?」

「伝統の名の下、進歩のない、陰口をたたき合うだけの催しの何が楽しいのか、わしにはさっぱりだからな。ま、それでもお前と違ってうわべの付き合い方は理解しているつもりだが?」


 ゴドワンはパーティーが始まってから、さっそく多くの貴族たちと面合わせをしていたのを知っている。人脈を作る為とか、今現在サルバトーレの貴族にはどのような派閥があるのかを知っておくためなのだとか。

 その間、私が何をやっていたかと言えば、壁の花である。ノンアルコールのカクテルの入ったグラスを片手に、会場の隅っこにただ立っているだけの存在。

 それなりに理由もあるけど、一番は面倒くさいから。

 どうでもいいけど私は下戸である。お酒、好きじゃない。


「ま、なんだ。適当に貴族のお嬢様方と話しておけ。こういう場ではコミュニケーションは大切だ。いじめられるからな」

「まぁ怖い。助けてはくださらないの、旦那様?」

「それぐらいは自分で処理しろ」


 実はこういった場では、壁の花とはかなり失礼なものに値するらしいのだけど、正直どうでもよかった。

 だって、私、元の世界にいたころから飲み会とか大嫌いだったから。


「はいはい。それじゃあ、愛しい旦那様の為におしゃべりをしてきますわ。次期王妃様と」

「……失礼のないようにな」

「わかっていますわ」


 私はカクテルを飲み干して、空のグラスを給仕に渡すと、会場の中央で人だかりを作っている場所へと歩を向けた。

 人だかりの中央にいるのは、他の誰よりも美しく、そして愛らしく輝いている少女。まだあどけなさの残る、しかして身に着けた気品は誰にでも伝わる確かなもの。

 かつては平民、そして貴族になり、今では王子と婚姻を交わしたシンデレラ。この国の次期王妃。

 彼女の名はグレース。乙女ゲームの主人公だった女の子。


「ご機嫌麗しゅう、グレース様。中々、ごあいさつができず、無礼をお許しください」

「あっ、マヘ……い、イスズ様」


 人だかりをかき分け、私はグレースへと対面する。途中、他の貴族の娘さんたちが怪訝な表情を浮かべるが気にしない。

 そしてグレースは私が近づいてくることに気が付くと、みるみるうちに瞳に動揺を浮かべていた。


「嫌でございますわ、グレース様。私ごときにそのような……イスズとお呼びください。本来であれば、私はこのような場所にいられるような女では、なかったのです」


 私は飛び切りの笑顔を向けた。

 するとなぜかグレースはほんの少し青ざめたように見えた。しかし、すぐに平静を取り戻し、ぎこちない笑顔を返す。


「いえ、イスズ。あなたはこの国を救う為、奮闘してくれたのを知っています。夫をよく支えたその姿は、私も見習うべき所は多いですわ」

「もったいなきお言葉でございます。私、これからも愛する我が国の為、より一層力を入れることをお約束しますわ」


 社交辞令もいいところな挨拶を交わし、私はにこやかにその場を去る。

 その間、ずっとグレースが引きつっていたのを知っているが、まぁ、それはどうでもいい。彼女にしてみれば怖いことなのかもしれないけど、今の私にはそんな事は問題ではないのだ。


(悪役令嬢マヘリアはもういないのよ、グレース。ここにいるのは、転生者。ゲームの世界の、悪役になってしまった三十路手前の女なのよ。そして物語の舞台から引きずり降ろされた女。でもね、カーテンコールはまだなのよ、マヘリアではない、いすずにとってはね)


 そう、私は転生者。かつては鉱業に携わるアラサー独身の女研究員だったいすずという女。それが今では、どういうわけか乙女ゲームに登場する悪役令嬢、しかも序盤で消えるお邪魔キャラとして転生し、そして今現在は……ゴドワンの下で製鉄業を営む女社長兼領主の妻として生きている。

 異世界に来てしまって、断罪を受ける直前に逃げ出した私は、生き残りをかけて自分にできる知識を総動員して、肉体酷使した。具体的に言えば徹夜を連続して、鉄を作り続けた。

 でも、これはほんの小さな一歩に過ぎない。私の、やりたいことのスタートをやっと踏み出したに過ぎない。

 私の目的?

 そうね、産業革命ぐらいは起こしてみたいわね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 産業革命を起こしたら、次は鉄の大量生産による銃器やら大砲による近代戦争の時代になりそうでワクワクしますよね。 もう、騎士とか英雄がいる時代は銃と大砲で幕引きにして殺るという意思がヒシヒシと感…
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