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第33話 マッケンジー夫人のご挨拶

 領内の製鋼体制が整い始めると、マッケンジー領の立場は国内でも無視できないものとなった。もともと、森林伐採禁止などの煽りを受けて製鉄が滞っている中、安定した供給を行っていた我が領内ですもの、そりゃ重要度が変わってくる。

 何より面白いのは領地に人が集まってくる事だ。発展し、稼げる場所があるなら仕事を求めて多くの人々がやってくる。

 やってくるのが長男ではなくて仕事がない次男、三男などが大半だった。

 本来なら移住の権利はないはずだけど、そもそも家を継がなくてもいい、継げない、明日のご飯も怪しい。そんな人たちからすれば、我が領地の目覚ましい発展は魅力的だろう。元の家にしても無駄な頭数が減るならそれでいいという暗黙の了解があったのかもしれない。

 まぁ、この辺りは政治の話だ。私にはあまり関係ない。


 ただ、そして集まってきた従業員たちには悪いけど、大半は炭鉱に放り込ませてもらう。

 それか領地拡大のための建築業とかかしら。もちろん手に職を持つ人たちは優遇できる。料理人や医者とかね。

 でも安い賃金で雇っているわけじゃない。働けば働いた分だけお金は出すし、休日だって設けている。

 人が多くなれば効率は上がる。だからといってそれを全部総動員するわけにもいかないし、管理が難しい。

 ここでゴドワンの見事な所は開発した土地に住居することを許していることだろう。山であれ、川であれ、それらは重要な拠点となる。そこに人がいなければ意味がない。

 人がいて、町が出来て、その管理権を持つなら、それは良い事だ。

 同時に、これらの人の集まりはゲットー建設の促進にもなる。


 ゴドワンはこれらの動きは推奨し、国にも提案をした。こうなれば国策だ。国家の後ろだてがあるのは良い事である。

 で、こうなってくると土地が拡大しすぎる。そうなるとさすがに他の領主たちも面白くはないだろう。

 とはいえ、こっちは開発できるだけの力があり、成果を出している。なおかつ今国は諸外国の戦争衝突という火薬庫を抱え、さらには資源不足にあえいでいる。

 貴族たちはいまだ優雅かもしれないけど、各地の民衆からすればたまったものじゃない。

 隣の芝生は青く見えるとは言うけど、実際我が領内は栄えてるのだから、なぜあっちはこうで、こっちはこれなんだという不満も出てくる。

 そして他の領主たちはその火消に躍起になるわけだ。


 さらに言えば領内同士の戦争だってやる意味がない。まず、徹底的にこっちが有利だからだ。なんせ、国防を担う騎士団様たち御用達の領地ですもの。ここを襲うということは騎士団、ひいては国家に弓引くものであるから。

 なるほど、ゴドワンの立ち回りはうまいものだ。なんであれこの世界、というか世界観の時代背景はまだ武力がものをいう時代だし、権力も重要だから。


 で、その権力者とのコネを維持するためにはやらないといけないことってたくさんあるのだけど……私、この世界にきて一番のピンチに陥っています。


「絶対に嫌です」

「無茶をいうな。挨拶しないわけにもいかんだろ」


 ゴドワンがこめかみを抑えながらため息をついていた。

 とある日の事である。

 ゴドワンはこれまでの功績を認められて王との謁見が許され褒美をもらう事になった。位があがるわけではないけど、名誉を得て、何か色々と勲章とか授与するみたい。

 階級が上がるかどうかは正直、今は時期ではないといった所かしら。

 そこらへんのあれこれは置いといて、当然そうなるとゴドワンは王都に向かわないといけないわけで……しかも、再婚したのだからその報告も兼ねないといけない。

 つまり、私も、いかないといけないのである!


「いーやーでーす! 私、正体ご存じでしょう!?」

「しゃーねーんじゃねぇの? そこまで考えてなかったのか?」


 アベルもやれやれと首を振っている。

 うー、そのことをすっかり忘れていたのは事実だわ。そりゃ領主の嫁ともなればそういう場所に出なきゃいけない事もあるわよね。

 あぁもう、私も他の人ことをとやかく言えないわ。目先のことに囚われて全体的な視点を忘れていた。

 元研究者としては恥ずかしい事だ。結果だけを見すぎていたんだ。


「病気で欠席とはできないんですか?」

「先延ばしになるだけだ」

「出産が控えてる!」

「子供を見せろと言われるぞ」

「顔を隠す!」

「不敬だろ」


 どん詰まりだぁ!


「……髪型変えたらどうだ? あとは化粧でどうにか……」

「そんな特殊メイクみたいなことできないわよ……」

「特殊メイク……? 言葉の意味は分からんが、まぁ確かに変装は難しいわな」


 肩をすくめるアベル。このーこっちは真剣に悩んでるってぇのに。


「まぁとにかく、こっちもできる限りの言い訳はするさ。それに、マヘリアという女は死んでいるのだろう? たまたま顔立ちの似た女がいた。それだけだ。髪型も当時とは違う、それに、今は肌が焼けている」


 長い金髪はバッサリカットしたし、よく外に出歩くおかげか私の肌はほんのり小麦色に近い色合い。この時代、日焼け止めクリームなんてないし。あと工場にいたこともあってか多少体に筋肉がついている。ムキムキとかそういうのではなく、女性にしてはかっちりした程度って感じ?

 まぁ、確かに、これなら別人と押し通せるかもだけど……。


「出席するのは王家と諸大臣が数人。それに間近で見るわけでもない。なんとかなるだろう。基本的に顔を下に向けておけばよい。慣れてないなどは通用するだろう」


 などとゴドワンが言う。ってこれ、やっぱり出席は決定事項なのかしら。


「腹をくくれ、いすず。どうせ遅かれ早かれやる事になるんだ。どんと構えておけよ」


 アベルはバシバシと私の肩を叩く。

 そのたびに私は気が重くなるのだ。

 あぁ、失敗した、失敗した。ちょっと調子に乗りすぎた。しかも出席者の中に王族がいるってことはつまり、あのガーフィールドもいるってことになる。多分だけど。

 元同級生だと案外顔を覚えているもんじゃないのかしら。

 しかもガーフィールドはマヘリアのことを憎む勢いで嫌っていたしなぁ。

 まさかの大ピンチだわ。

 ここで私が元マヘリアだとばれると色々と面倒かもしれない。

 でも、いかないわけには、いかないのよねぇ……。


「わかりました。でも、あまり発言はしませんので」

「それでいいだろう。当日はなるべくこちらも気を付ける。やれやれ、私もこんな苦労をするとは思わなかったよ、まったく」

「すみません……」


 もう平謝りだよこんなの。

 でもゴドワンは小さく笑うだけだった。


「なに、くすぶっているよりは面白い。それに、バレたとして、国も今更私から全てを取り上げることはしないだろう。いまそんなことをすれば立ち行かなくなることは明白だからな」


 それも、そうね。

 今や国内の五パーセントの鉄を賄う領地。それが稼働不能になったらどうなるかはわかりやすい。

 よし、堂々といこう。きっと何とかなる。なんとかして見せる。


「行きましょう、王都へ。私も覚悟を決めました」


 望まない再会だけど、ある意味では因縁の相手の顔を見に行きましょう。

 そういえばふと思ったけど、ここにきてもうそろそろ一年が経とうとするけど、この世界……ゲームの主人公であるグレースは誰を選んだのだろうか。

 確か先輩は一年でエンディングを迎えるって言ってたような……ま、いっか。それに関してはどうでもいいことだもの。

 マヘリアはもうゲーム本編から除外されたキャラクターだしね。私自身にガーフィールドに対して未練もなにもないもの。


***


 でも、さすがにこれは酷いのではなかろうか?


「初めまして、イスズ殿。お噂はかねがね。実に聡明な瞳をしていらっしゃいますね。今後とも、マッケンジー殿を、そして我が国を盛り立ててください」


 さわやかなイケメンスマイルを見せつけながら、紳士的な笑みを浮かべるのは何を隠そう今を時めくサルバトーレ王国の第一王子のガーフィールド。

 その隣には恥ずかしそうに顔をうつむかせつつも、ひときわ目立つ美しさを誇るグレースが寄り添っていた。

 つまり、これはあれだ。あのグレースって子はガーフィールドと結ばれたってことかしら。ゲームのエンディングなんて知らないけど、まぁそういう事なんだろう。


 で、それよりも。この初対面のような対応よ。

 にこやかな笑みを浮かべる貴族諸君。今あなたたちの目の前にいるのは国家反逆罪をなすりつけられた娘ですよ?

 いえ、バレない事に越したことはないけど、いくら何でも忘れすぎじゃないかしら。もう顔も思い出したくないって感じ?

 都合良いのは嬉しいけど、色々と複雑ね。たった一年でそう簡単に人の顔を忘れるなんて。


「はい、王子様。夫と共に、この国をもっと豊かにします。お約束いたしますわ」


 できる所まではもちろんやりましょう。

 そして、その時、私の正体を知ったら、ここにいる人はどんな顔をするかしら。

 いけないわ、また一つ、楽しみが増えたかもしれない。

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