19話 社長業は柄じゃない
いすず鉄工、初めの仕事。工場の清掃及び再構築は滞りなく進んでいた。
三十人規模というのが逆に功を奏したというべきか、言ってしまえば学校のクラス単位であり、人数も名前も把握しやすい。
しかし、人数はさておき私がやってる事はいわゆる管理者、もっと言えば社長業だ。しかも起業したてで、ノウハウもない。
今やってできることは本当に小規模な製鉄作業のみ。
とにかく、今は文句も言わずやるしかないし、私が愚痴を言えば士気にかかわる。ただでさえ、余裕がないっていうのに、これは中々にストレスだった。
作業を始めて一週間。ここに至り、私たちはやっと鉄の精製を始めた。それまではコークスの準備、破損した炉の修理に追われて、中々手が回らなかった。
石炭はさておき鉄の原料になる鉄鉱石などはアベルから回してもらえるけど、その量はどうしても少ない。もともとの契約主に送る分も考えれば当然だ。
むしろ、横流しになっているのだから、違約金などもあるはず。そこはどうするつもりだろう?
一応、アベルたち炭鉱夫の本隊、そして鉱山をどうするかについては話が動いているようだけど、その詳細はまだ私たちの方には降りてきてない。
気にはなるけど、私たちがやるべきは鉄を作り続けることだ。最悪、それさえ確立すれば生活に困ることはない、はず。
「社長」
工場内に無理やり設置した事務所スペースで私は石炭や鉄鉱石の分量を計算、同時に製鉄作業の大まかなマニュアルを作成していた。
すると、若い炭鉱夫がひょっこり顔を出す。煤だらけの顔だ。
「ディバ? なにどうしたの?」
「先輩たちが、今日の分の鉄を作り終えたらどうするんだって聞いてきてるんですけど」
なんでもいいけど、私は彼らに社長と呼べなんて一言も言っていない。気が付けばそういう呼び方になっていた。
「え? えぇ、鉄ね。型に流してインゴットにしておかないといけないから、まずはその通りにして。明日、マッケンジー伯爵に届けるわ」
「はい、わかりました。あのぉ、それと」
「なに?」
「あぁ、いえ、そのぉ……なんか、錆びた農具とかめっちゃ出てきたんですよ。多分、投棄された奴じゃないかって言われてて」
「農具?」
はて、そんなもの片付けの時にあったかしら。
「工場の裏地になんか捨ててありました。じいさんたちが言うには工場に畑でも作ろうとしたんじゃないかって」
「何十年前のものかしら。といっても、農具ねぇ、今私たちが使う意味が殆どないけど……ふーむ」
農具、ってことは一応鉄が使われているはずだから。
「いいわ。それも溶かして使っちゃいましょう。木の部分は何か燃料でもなんでもいいわ。そうね、そっちの溶かした鉄は私たちで使っちゃいましょう。確か、鍛冶できる人いたでしょ。確か、グレージェフ、彼を呼んできて」
「はい」
ディバは頭を下げて、たたっと走り去っていく。数分後、入れ替わるようにグレージェフが顔を出す。口ひげを蓄え、丸太のような四肢を持つ巨漢の男だ。
「お呼びですかい、お嬢さん……おっと社長の方がいいですかな?」
「呼び方は好きでいいです。農具の件は聞きましたがね、具体的にはどうします?」
「フライパンでも包丁でも鍛冶用のハンマーでも」
「ふーむ、そこはあなたに任せます。臨時収入のようなものですから」
「はぁ、それはまぁ、俺は構いませんが、よろしいんですか?」
「良いのよ。私たち、農業をしにきたわけじゃないもの。それに捨てられてるものを使ったところで誰も文句は言わないでしょう……そうだ、明日、鉄インゴットを運ぶついでに周辺で廃品回収をしましょう」
物がないなら、作るか、貰うかすればいいのです。
物乞いだとかなんだとか言われようが知ったこっちゃないわ。今の私たちに落ちるようなプライドなんてないし。
「とにかく、農具の方はあなたに一任するわ。それと、若い子たちにもいくらか鍛冶を叩きこんで欲しいのよ。技術職は多い方がいいから」
「了解。それじゃその通りに」
「お願い」
そしてグレージェフが出ていくとまた入れ替わるように人が入ってくる。
今度は元娼婦の方々だ。手にはスープがあった。
「あの、お食事が」
「ありがとうございます、そこのテーブルに置いてください。彼らにも配ってやってください。みなさんも休憩をお願いします」
「はぁ、ありがとうございます。ですが……」
「なんです?」
娼婦……うーんもう違うし、奥様でいいか。
奥様たちは不安そうに顔を見合わせてから、一応代表格の女性が前に出る。
確かテリダさんだったかしら。
「あの、他のお仕事とかは……今の所、お食事だけですし」
「と言いましても、いまの所はそれ以外にないんですよね。うーん……うん?」
ふとひらめく。
そういえばさっき農具の鉄が出たと言っていたし……そうだわ。
「すみません、夫人。さっき出ていった大男を呼び戻してくれません? あ、それが終わったら休憩でいいですよ」
「はぁ、わかりました」
こうなってくると本当に忙しいわね。
私はスープを飲みながら、作業を続け、グレージェフを待つ。
「なんです?」
しばらくしてグレージェフが顔を出す。
「何度もごめんなさいね。あなた……針は作れる?」
「針? うぅん……道具がないことには何とも」
「それじゃあ釘は?」
「それも厳しいなぁ。やっぱり、道具だな。あぁ、何か作るっていうんですかい?」
「農具の鉄をね、こっちじゃなくてどこかに加工して売りたいと思ったの。針なら、需要もあるだろうと思ったんだけど……そうよねぇ、道具よねぇ」
うーん、思いつきはいいと思ったんだけどなぁ。
「小銭稼ぎですかい?」
「そうよ。別にそれをやっちゃいけないとは言われてないし。おいしいご飯、食べたいでしょう?」
「そりゃ、まぁ。お嬢さん、それなら別に農具を作り直せばいいんじゃないんですかね。形はちょいと悪くなりますが」
「ふーむ……やっぱりそれが一番ね。お願いできるかしら? 片手間でいいから」
「へい、それじゃあ仰せの通りに」
街の中心部ならさておき、周囲の農村であれば買い手は多いはず。中には錆びてろくにつかいものにならないのもあるでしょうから、それを回収しつつ、売ればこっちは儲けしか入らないという私なりの、単純な考えだ。
奥様方にはそれらを売ることをお願いしてもいいかもしれない。女性だけだと不安だし、何人か若い子たちをボディーガードに据えようかしら。
「鉄が熔かせるようになればできる事も増える。石炭掘って、鉄を作る以外のお仕事にも手を伸ばさないと……」
あぁこうやって生きていると、元いた世界ってどれだけ幸せだったのか身に染みるわ。社会性が安定してて、会社があって、私は研究員で。
でも、今の私では無理。それを求める為には自分で作っていかないといけないのだから。




