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14話 直談判

「マヘリア」

「なに?」


 屋敷内に足を踏み入れた時、アベルは小声で私に耳打ちをした。


「これから何が起きても驚くなよ」

「はぁ?」


 何言ってるのかしら。

 男の人ってどうしてこう、はぐらかすような会話が好きなのかしら。

 わかり辛いったらありゃしない。本当、そういうの嫌。

 第一、何が起きてもっていうけど、何が起こるかなんて大体想像がつくってもんよ。


「アベル、私からも一つだけ言っておきたいことがあるの」

「なんだ?」

「殴られる前から力んでいても、意味がないってことよ」

「え?」


 私がそれを伝えたのは、アベルが大きな扉を開いたと同時だった。

 その時のアベルの顔は、なんというかものすごく間抜けだった気がする。

 がちゃりと大きな扉が開かれる。それと同時にアベルの横っ面は飛んできた拳で面白いぐらいにゆがんで見えた。


「よくもおめおめと戻ってきたな!」

「え、親じ……ぶっ!」


 扉の向こうから姿を現したのは、禿頭とくとうの男性。年齢によるものか、しわを刻み、彫りの深い顔立ちはただ歳を重ねたようには見えない。とても老人とは思えないようながっちりとした体つきに、先ほどの拳を繰り出す筋力。

 私、というよりはマヘリアの記憶にある貴族の父親像というのは大体でっぷりとしたお腹を揺らして、金銀財宝をちらつかせているものだが、そこにいた男はそんな過度な装飾はなく、ビロードのマントを翻しているだけだった。


 恐らく、この人がアベルの父であり、ここマッケンジー領の領主である、ゴドワン・マッケンジー伯爵なのだろう。

 親子の感動の再開は父親による渾身の右ストレートによる一発KOと言ったところか。


「うっ……いってぇ」


 アベルは私の足元で、わずかに痙攣していたが、すぐさま意識が戻ったようで、殴られた頬を軽くなでながら、立ち上がる。口を切ったのかうっすらと血がにじんでいたけど、それを指先でふき取ると、普段のどこか余裕を感じさせる表情は鳴りを潜めて、どことなく愛想笑いな感じになった。


「感動の再会にしちゃ、ちょっときついんじゃないか、親父」

「黙れ。この出来損ないめ、今頃なんのようだ」


 ゴドワンは吐き捨てるように言いながら、マントを翻し、背を向けたまま叫ぶように言った。


「それも、女連れか。ハッ、みすぼらしい女だ。今の貴様には確かに似合いの女だろうよ。いくらで買った?」


 そのまま広間のテーブル、その奥に用意された豪奢な椅子に腰かけて、再びこちらをにらみつける。

 それにしてもえらい言われようね、私も。まぁそれは仕方ない事だとして、聞き流そう。あれは結構かっかして頭に血が上ってるからこその暴言だろうし、ゴドワンの言ってることはあんまり間違いじゃないし。

 マヘリアとして逃げ出していた時のドレスなんて既に燃えるゴミとなって、今の私は無理やりサイズを調整したチョッキ姿だし。


「あいにく、こいつは娼婦じゃないし、俺の連れでもねぇよ……」

「だっだらなんだ。貴様の飼い主か?」

「よくもまぁ次々にそんな言葉が出てくるな、親父。そんなことより、俺の話を聞いてほしんだよ」

「話だと? 必要ないな。とっとと失せろ、二度とその顔を見せるな」


 これは取りつく島もないって奴だ。

 ゴドワンはかたくなにアベルとは口をきこうとしない。けれども、こうして直に顔を会わせているという事は本心としてはアベルの顔を見たかったのではないだろうか。

 ぶん殴ってきたり、罵倒するのは当然の行動として。


「まぁ、そういわれても仕方ねぇことはしてきたが……時に親父よ、最近、稼業の方はどうなんだ? 色々と厳しい事になってきたんじゃねぇか?」


 なおもマイペースで話を続けるアベル。これはこれで肝が据わりすぎている気がする。

 一方のゴドワンはアベルの一言でピクリと右の眉を吊り上げた。


「貴様に経営の事がわかるとは思えんがな?」

「あぁ、細かいところはさっぱりだ。だが、ちょっと考えりゃわかる。親父は輸入とかには手を出してないだろうしな。土地の山の木、なくなってきたんだろ?」


 したり顔で言ってるけど、そのことを指摘したのは私なのだけど、まぁいいか。

 なんだか気分よさそうだし。


「そりゃうちは結構な土地もあったし、山だって持ってる。これにはご先祖様に感謝だ。そのおかげで俺たちは山の民から、こうして立派な貴族様になれた。まぁ、俺は出ていったけどもさ」

「そうだ。貴様は我らが偉大なる祖の顔に泥を塗ったのだ」

「そうかい? ご先祖様は汗水ながして山を切り開いて、この国の建国に尽くしてきたんだぜ? 俺がやってる事だってかわんないさ。王国の為、山を掘っている」

「屁理屈だな。過去と、今では我らの在り方は違う。今の我らは貴族だ。ならば、それにふさわしい方法で国家、ひいては王に忠誠を示すものだ」


 何だろう。ものすごく難しい話が始まってきて私、混乱しそう。

 世界史は嫌いじゃなかったけど、こういう政治的な話は好きじゃないのよね。

 そして今の所、私は蚊帳の外。こういう激論に混ざりたいとも思わないけど、そろそろ暇を持て余してきた。

 さっさと結論から入ればいいのに、やっぱり男の人ってもったいぶるのが好きなのね。


「んん! アベル、早く本題に」


 小さく、そしてわざと咳ばらいをして、アベルに話を促す。

 その時、ゴドワンが「話に割り込むな」みたいな目で、ぎろりとこっちを睨んできたけど、無視よ無視。こっちは親子喧嘩を眺める趣味はないし。


「アベル、その小娘は」

「あぁ、こいつに関してもそうだが、まずは俺の話を聞いてくれ。最近はこの国も大きくなってきた。まさしく発展の波が来てるんだろうさ。だが、国がでかくなると物資が足りねぇし、いの一番に使われるのは木材、そうだろ?」

「それは道理だな」

「だが、その木材が足りなくなってきたんじゃねぇか?」


 アベルの(というか、全部私の)意見にゴドワンは無言を返答とした。


「どこの貴族も商売人も、こぞって木材をかき集めている。それは別にいいさ。だが、あと数年……いやもっと早くにこの国の森林のたいはんは消える。そう考えている奴がいる」


 アベルはそう言いながら私の背中をドンと叩いてきた。


「きゃっ!」


 突然の事に私は驚き、思わずアベルへと視線を向ける。

 すると、彼は慣れてないのか変なウィンクをしてきた。両目が閉じてるウィンクなんて久しぶりにみた。たまに思うのだけど、アベルって結構、子どもっぽい。


「それを俺に教えてくれたのはこいつだ」


 お構いなしにアベルは私をゴドワンの矢面に立たせるように肩を掴んで押し出してくる。

 うわぁ、ゴドワンの鋭い視線がさらに私に突き刺さってくるんだけど。

 私は思わずアベルを睨みつけるが、彼はへらへらと笑っていた。


「覚えてなさいよ」


 そうつぶやき、私はゴドワンと対面する。


「では、ご説明させていただきます」

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